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第8章

命を賭けた選択1*

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 満月が姿を現した。朔夜や日向と同じ二十代後半の姿で朔夜とよく似た容姿をしている。黒いタキシードに身を包み、拳銃を手にしていた。

 右のふとももと右肩を撃ち抜かれ、銃創を負った日向は、満月の足元で痛みに悶絶している。

 人を見下したような笑みを浮かべながら満月は、日向の身体を自らの胸に抱き、朔夜のことをあざけり笑う。

「てめえ! なんで……動けねえようにしたはずなのに!?」

「愚かだな、朔夜。おまえが言う『黒坊主』は、俺の影で作ったもの。いわば仮の姿。本体ではない」

 満月の言葉を受けた朔夜はギリッと歯ぎしりをする。両の拳は血管が浮き出るほどに強く握りしめられ、小刻みに震えている。

「もちろん本体は、今、おまえと対峙している【俺】だ。どうだ? 自分に似た容姿をした男が魂の番であったオメガを胸に抱く姿を目にするのは?」

「んなもん、胸くそ悪いに決まってんだろ! 満月、いますぐ日向を放せ!」

「いやだ、絶対に手放すものか」と満月は、朔夜の言葉を聞き入れようとはしなかった。

「何しろ五十年以上も待ったのだ。日向は俺が目を付けた獲物オメガ。もとより、おまえのものではない。それにしても――残念だったな、朔夜。せっかく、かっこいい姿を日向オメガに見せようとして、失敗した。その結果、ひどい醜態をさらす羽目になるとはなあ」

「っ!」

「……醜態なんかじゃない」

 全身に脂汗をかきながら日向は蚊の泣くような小さな声で、満月の言葉を否定する。

「さくちゃんを……馬鹿にするな……」

「おまえは黙っていろ」

 ぱっと満月は日向の身体から両手を離した。

 いつの間にか、日向の身体には黒い糸が絡みついていた。天井から伸びている黒い糸は日向の体を無理矢理起こし、足が宙に浮いたままの状態で、立っている姿勢をとらせる。

 満月の足元の影から触手が出てくると、痛みでまともに動けなくなっている日向の首に巻きつき、首を絞め上げた。

「てめえ、何を……!?」

「『何を』? 見ての通りだ。首を絞めている。おまえをたぶらかす男娼に罰を与え、仕置きをしている」

「日向をおとしめるようなことを言うな! 罰だったら俺に与えればいいだろ!?」

「何を言う? こいつは俺を裏切った憎い男と、あばずれの子孫だ。曲がりなりにもおまえは、俺の大事な、大事な孫。“馬鹿な子ほど可愛い”というもの。このような罰をおまえに与えるなど、できぬ」

「嘘つけ! てめえがただ単に日向を痛ぶりたいだけだろ!? 今すぐ日向を解放しろ!」

 怒号を発して朔夜は、日向の救出へと向かう。

 満月は銃を構えると朔夜の足元へ二発、かく射撃を行う。それでも朔夜が動くので、銃の照準を朔夜の頭へと変え、さらにもう一発弾丸を撃ち込んだ。銃弾は朔夜の耳たぶをかすった。耳から血しぶきが飛んだ。

 それでも朔夜は臆することなく、魂の番であるオメガを――宝物のように大切にしたかったた唯一無二の人の窮地を救おうと走る。死を恐れることなく勇敢に【亡霊】へと立ち向かったのだ。

 だが、朔夜が幼児だった頃から彼の身体へ寄生していた満月は、彼の心理や行動原理を知り尽くしていた。銃口の先を日向のこめかみに当て朔夜の動きを封じる。

「動くな! 動いたら日向を撃つぞ」

 さも愉快だといわんばかりに満月が笑う。

 戦況が一変した。

 朔夜が自分に向かってこないとわかると満月は、日向の首を絞める触手の力を弱めた。

 ひどく咳き込んで日向は力なくうなだれた。重力に従ってポタポタと血が滴り落ちて、足元の床に血溜まりを作っていく。

 灰色の瞳には苦しそうに息をしている日向の姿が映っていた。

 朔夜の瞳孔は完全に開ききっており、口元の筋肉が固く強張っていた。

「日向……今度こそ助けるから……もう少しの間、辛抱してくれ」

「……さくちゃん……」

 血の気の引いた顔色をしている日向は、自分を助けようと考えている朔夜を黒曜石のような瞳に映した。彼は怪我を負っている自身のことよりも、朔夜の身を案じた。

 朔夜も、日向も互いを心配し、互いを目に映していた。彼らの目には満月は映っていない。眼中になかったのだ。

 ふたりから無視をされた満月は大きく舌打ちをし、あからさまに面白くなさそうな態度をとる。

「それほどまでに、このオメガが大切か? おまえと番うこともできず、子を宿すこともできぬ役立たずのオメガだ。アルファだけでなく、同族であるオメガや一般のベータも見境なく誘う異常者だぞ。魂の番などとは名ばかりの……」

「ごちゃごちゃ、うっせぇな……目の前で苦しんでいるやつがいるのに放っておけるわけねえだろ! 日向を返せ!」

 まるで目障りな害虫でも見るような目付きで、満月は朔夜のことを見据えた。

「二言目には『日向、日向』とギャンギャンえおって……まるで犬だ。……ああ、そうだ。おまえは、アルファの中の負け犬。出来損ないの失敗作だ!」

 吐き捨てるように言うと満月は、乱雑に銃を床へ置き、足で蹴って朔夜のほうへ滑らせる。朔夜が履いている黒い革靴の先にコツンとぶつかった。
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