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第7章

絶望と希望の二律背反7

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 明らかに狼狽した様子で黒坊主は『なんだこれは!?』と喚き散らした。

「暁は、日向を幸せにすることも、笑顔にすることもできるんだ。無様だろうとなんだろうと最後まで運命に抗って、もがき続けるあいつと日向が結婚するほうが、一千倍ましだ!」

 黒坊主は宙吊り状態となり、朔夜のことを罵ろうとしたが、触手の猿ぐつわのせいで、まともにしゃべれなくなってしまう。何か、もごもご言って、身体を振り子時計の振り子のように揺らしている。ふたたび廊下のろうそくがすべてつくと、黒坊主はうめき声をあげて苦しんだ。

 一連の過程を眺め、あっけにとられていた日向は、はっと意識を取り戻すと朔夜に駆け寄った。

「叢雲さん、お怪我は? どこか痛むところはありませんか!?」

「大丈夫だ。無茶はしてねえからさ」

「よかった……無事で何よりです」

「それよりさ、手、出してくれねえか?」

 クエスチョンマークを浮かべながら日向は、両の手の平を朔夜に向けて出す。

 廊下の両サイドにあるろうそくの中から、赤と金の装飾が施された丸い和ろうそくをひとつ、朔夜は選び取る。そのまま日向の手の平の上にろうそくを載せた。

「おまえと暁が幸せになる姿を見届けてえけど、ご覧の取りの有り様だ。式には参列できねえ」と朔夜はもがいている黒坊主を一瞥した。「あいつがいなくなっても、おまえを助けられなかった事実も、満月を止められなかった現実も変わらねえ。そのせいで、おまえは満月に長年苦しめられた。だから、もうこれっきりだ。会うのはこれで最後にしよう」

 何か物言いたげな切ない表情を浮かべて、日向は唇を震わせた。すぐに顔をうつむかせて「それでも、あなたは僕を助けようとしてくれました」と小さな声で語った。

 そんな日向の様子に朔夜は苦笑しながら、マジックのように濃紺の布を虚空から取り出す。

「過ぎたことを、あれこれ言ったってしょうがねえだろ。おまえを助けたい思いだけが先走って、後先考えなかった俺にも非がある。偉そうに『守る』だなんだ言って結局、何ひとつしてやれなかった」

 布を日向の頭にかぶせて朔夜は指を鳴らした。ぼふん、という音とともに白い煙と色紙や星の形をした金色の折り紙が、日向の周りを舞う。日向の身体は傷ひとつない状態へと戻り、ここへ来たときと同じ服を着ていた。ちゃんと靴も履いているし、ヒムカから譲り受けた刀を手に持っている状態になる。

 まさしくそれは、日向が幼少期から夢に描いていた魔法だった。

 朔夜は白い歯を見せ、「おまえの大好きな『魔法』な!」と快活に笑う。「心がすべてを決める、この精神世界だからこそできる『魔法』だ。魔法は使えなくてもマジックなら! って、こっそり練習してたけど……結局、おまえの目の前で見せられるくらいに上達はしなかった。何百回、何千回って練習したんだけど、手先が不器用なせいか最後まで上手くできなかった。どうだ? 痛むとこはねえか」
 
「大丈夫です。怪我をしていたのが嘘みたいに痛く有りません。……すごい……ありがとうございます」

「礼なんかいい。どうせ、これも泡沫の夢だ」

「そんなことはありません! ……あなたにしていただいたことは全部忘れません。忘れていません」

 朔夜は目を大きく見開いてから、一瞬眉を寄せ、今にも泣きそうな顔をした。だが、すぐに目をつぶり、両の拳をぎゅっと握りしめ、緊張感のある真剣な顔つきへと戻す。

「さっさと行け。絶対に後ろを振り返るんじゃねえぞ。出口まで、まっすぐ走るんだ」

「でも、」

「少しは、俺にもかっこつけさせろ。花を持たせてくれねえか? 最後なんだから、その気持ちを少しは汲んでくれよ」

「……さくちゃん……」

「日向、幸せになれよ」

 朔夜の言葉を聞き、日向は朔夜に背を向ける。そして出口へ向かって走り始めた。

 その背中を見送り、朔夜は劇場へと戻り、扉を閉じようとした。瞬間、朔夜は凍りついた。宙吊りにしておいたはずの黒坊主がいなくなっているのだ。

 瞬間――どこからともなく銃声がする。

 何事かと思い、朔夜は廊下に出る。

 出口に向かっていた日向が手にしていた刀を赤い絨毯の敷かれた床へ落とし、地面に身体を打ちつけた。

「日向っ!?」

 急ぎ、朔夜は倒れ込んだ日向のもとへと向かおうとする。

 日向の倒れた地面からにゅっと黒い触手が生えてきて、日向の身体を拘束した。

 明かりがすべて消えて暗闇が訪れる。廊下の天井が突然崩れ始め、扉がけたたましい音を立てて閉まる。朔夜と日向はガラス片や壊れた機材が綺麗サッパリなくなり、照明のついた舞台の上に立たされていた。



「そう、容易く俺が消えると思ったか? 愚か者」
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