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第7章
絶望と希望の二律背反6
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「親父とお袋の悪口を言ってんじゃねえ! 俺の口の悪さは、じいちゃん譲りだ!」
『ああ……なるほど。梓の夫であるあの愚かな男に似たのか。忌々しい』
「『忌々しい』だあ? てめえが、ひいばあさんに種づけして生まれた本家の連中じゃなく、オメガとして唯一腹を痛めて生んだ娘の恩人だぞ? そんな人に対してまで最低なことを言うつもりなのか!?」
朔夜の言葉を訊くと黒坊主はざわざわと蠢かせていた触手を止め、口を薄く開けたまま動かなくなった。
「ひいばあさんの言葉に負けて、ばあちゃんを手放さなきゃいけなくなったとき、あんたは後悔したんだろ? 忘れたのかよ!? 親戚のうちに預けた後も手紙を送って、ばあちゃんに贈り物を送り続けた。一番に可愛がってたんじゃねえのかよ……」
『梓も頭が悪いな。それは、昔うちにいた女中が俺の代わりにやったこと。俺じゃない』
「満月!」
『俺は、どの子どもも愛した。だが【亡霊】として、この世をさまよううちに、すべて忘れた。望むことはひとつ――俺に恥をかかせた連中への復讐。梓は一族の中でも一番出来の悪いアルファだった。いつも兄弟たちにのけものとして扱われているというのに、自分からは何もしない、何も言わない。透明人間であることを選んだ。生きる価値のない人間のくせに、こちらに助けを請うような目ばかりして、じつにわずらわしかった。だから――捨てた』
「……自分の子どもに対して、よくそんなことが言えるな。だったら、てめえが、ひいばあさんと育てた本家のじじいどもはどうだ? ガキどもを盤上の駒としか思ってねえ。自分の私利私欲のためなら、じつの子どもですら利用して、価値がなくなったら切り捨てる。あれが立派な大人だとでも言うのかよ!? 笑わせんな!」
『やれやれ……』と黒坊主は肩をすくめるような動きを触手で行って、首を左右に振った。『にこんな人間が生まれるようじゃ、叢雲の家も終わりだな。アルファとして、貴族の血を引いた人間としての矜持はないのか? この恥知らず』
「うるせえ、時代錯誤も甚だしいんだよ! 今は二十一世紀の平成だ。昔、貴族だったことにしがみついて、その次はアルファであることに執着する。そんなに地位や名誉が大切かよ!? そのためなら、人殺しを構わねえだなんて、どうかしてる。頭ん中、ちったぁアップデートしとけ!」
『口だけは達者だな。あれだけ目を掛けてやったのに、恩を仇で返すのか?』
朔夜は拳を構え、いつでも黒坊主に立ち向かえるように姿勢をとった。
「嘯くな! おまえは俺を利用して、日向やお袋たちを傷つけさせただろ!」
『何を言うんだ? 俺は、おまえの望みを叶えてやっただけだ』
「望み?」
『ああ、おまえの中にあった、ほの暗い望みだ』
黒坊主は、ずるずると身体を引きずって、ふたりの前に立った。
『おまえをアルファでなく、オメガとして生んだ母親への恨み。おまえをべつの男の子どもだと誤解した父親への軽蔑。そして、おまえを弟として認めず、おまえが苦しんでいても手を差し伸べなかった兄への嫌悪。本心では、やつらの死を望んでいた。だが、気弱なおまえは、不快な思いをさせた連中に手を出せない。だから、俺がおまえのかたきを討ってやる』
「ただ、てめえがお袋たちを殺してぇだけだろうが! さも俺が、おふくろたちの死を願っているようなことを言うんじゃねえ!」
『嘘をつかない人間など、この世にいない。おまえは自分が本当に何を望んでいるのかを知らないだけだ』
今すぐにでも黒坊主に飛びかかり、ろくなことを言わない口を塞いでやりたいと日向は思った。刀がなくなり、武器がない状態なのに【亡霊】のもとへ向かおうとする日向を、朔夜は腕で遮る。「下がっていろ」と小声で伝えた。
『さあ、茶番は終わりだ。さっさと死んで俺の人形になるんだな。それがいやなら、土下座でもして日向を寄こすんだな』
朔夜は無言で走り出し、黒坊主の頭部目掛けて上段蹴りを食らわせた。
「てめえの言うことなんて聞くわけねえだろ!? 俺はおまえと違う。家族や大切な人を傷つけたり、死に追いやったりしねえんだよ!」
大人しく朔夜が自分のもとへ戻るつもりがないことを悟った黒坊主は、すぐさま劇場へ逃げようとする。
なんとかしてその場を離れようとして黒坊主は、触手を朔夜に向けて放出する。
だが、朔夜は自分に向かってくる触手の攻撃を捌いていく。黒坊主の間合いを詰め、彼の腹部の辺りに拳で渾身の突きを入れる。
黒坊主の身体が吹き飛び、一階観客席の椅子の上へと落ちていった。
「日向が、てめえみたいなクソ野郎の所有物になるって考えただけでも虫酸が走る! そんな不愉快極まりねえ話に俺が加担するわけねえだろ」
『ぐっ、朔夜……貴様あああぁっ!』
「たしかに暁は、魂の番がいるオメガを好きになった、ただの一般人だ。大馬鹿野郎だよ! けどなあ、あいつは、俺やおまえじゃ、絶対にできねえことができる」
そうして朔夜が腕を上げ、人差し指で上空を指差すと天井からピアノ線が降りてきた。ピアノ線は黒坊主の身体を捕ら、宙へ浮かばせる。
すかさず黒坊主が触手を朔夜に向けようとするが、なぜか触手は黒坊主の身体を縛りあげてしまう。
『ああ……なるほど。梓の夫であるあの愚かな男に似たのか。忌々しい』
「『忌々しい』だあ? てめえが、ひいばあさんに種づけして生まれた本家の連中じゃなく、オメガとして唯一腹を痛めて生んだ娘の恩人だぞ? そんな人に対してまで最低なことを言うつもりなのか!?」
朔夜の言葉を訊くと黒坊主はざわざわと蠢かせていた触手を止め、口を薄く開けたまま動かなくなった。
「ひいばあさんの言葉に負けて、ばあちゃんを手放さなきゃいけなくなったとき、あんたは後悔したんだろ? 忘れたのかよ!? 親戚のうちに預けた後も手紙を送って、ばあちゃんに贈り物を送り続けた。一番に可愛がってたんじゃねえのかよ……」
『梓も頭が悪いな。それは、昔うちにいた女中が俺の代わりにやったこと。俺じゃない』
「満月!」
『俺は、どの子どもも愛した。だが【亡霊】として、この世をさまよううちに、すべて忘れた。望むことはひとつ――俺に恥をかかせた連中への復讐。梓は一族の中でも一番出来の悪いアルファだった。いつも兄弟たちにのけものとして扱われているというのに、自分からは何もしない、何も言わない。透明人間であることを選んだ。生きる価値のない人間のくせに、こちらに助けを請うような目ばかりして、じつにわずらわしかった。だから――捨てた』
「……自分の子どもに対して、よくそんなことが言えるな。だったら、てめえが、ひいばあさんと育てた本家のじじいどもはどうだ? ガキどもを盤上の駒としか思ってねえ。自分の私利私欲のためなら、じつの子どもですら利用して、価値がなくなったら切り捨てる。あれが立派な大人だとでも言うのかよ!? 笑わせんな!」
『やれやれ……』と黒坊主は肩をすくめるような動きを触手で行って、首を左右に振った。『にこんな人間が生まれるようじゃ、叢雲の家も終わりだな。アルファとして、貴族の血を引いた人間としての矜持はないのか? この恥知らず』
「うるせえ、時代錯誤も甚だしいんだよ! 今は二十一世紀の平成だ。昔、貴族だったことにしがみついて、その次はアルファであることに執着する。そんなに地位や名誉が大切かよ!? そのためなら、人殺しを構わねえだなんて、どうかしてる。頭ん中、ちったぁアップデートしとけ!」
『口だけは達者だな。あれだけ目を掛けてやったのに、恩を仇で返すのか?』
朔夜は拳を構え、いつでも黒坊主に立ち向かえるように姿勢をとった。
「嘯くな! おまえは俺を利用して、日向やお袋たちを傷つけさせただろ!」
『何を言うんだ? 俺は、おまえの望みを叶えてやっただけだ』
「望み?」
『ああ、おまえの中にあった、ほの暗い望みだ』
黒坊主は、ずるずると身体を引きずって、ふたりの前に立った。
『おまえをアルファでなく、オメガとして生んだ母親への恨み。おまえをべつの男の子どもだと誤解した父親への軽蔑。そして、おまえを弟として認めず、おまえが苦しんでいても手を差し伸べなかった兄への嫌悪。本心では、やつらの死を望んでいた。だが、気弱なおまえは、不快な思いをさせた連中に手を出せない。だから、俺がおまえのかたきを討ってやる』
「ただ、てめえがお袋たちを殺してぇだけだろうが! さも俺が、おふくろたちの死を願っているようなことを言うんじゃねえ!」
『嘘をつかない人間など、この世にいない。おまえは自分が本当に何を望んでいるのかを知らないだけだ』
今すぐにでも黒坊主に飛びかかり、ろくなことを言わない口を塞いでやりたいと日向は思った。刀がなくなり、武器がない状態なのに【亡霊】のもとへ向かおうとする日向を、朔夜は腕で遮る。「下がっていろ」と小声で伝えた。
『さあ、茶番は終わりだ。さっさと死んで俺の人形になるんだな。それがいやなら、土下座でもして日向を寄こすんだな』
朔夜は無言で走り出し、黒坊主の頭部目掛けて上段蹴りを食らわせた。
「てめえの言うことなんて聞くわけねえだろ!? 俺はおまえと違う。家族や大切な人を傷つけたり、死に追いやったりしねえんだよ!」
大人しく朔夜が自分のもとへ戻るつもりがないことを悟った黒坊主は、すぐさま劇場へ逃げようとする。
なんとかしてその場を離れようとして黒坊主は、触手を朔夜に向けて放出する。
だが、朔夜は自分に向かってくる触手の攻撃を捌いていく。黒坊主の間合いを詰め、彼の腹部の辺りに拳で渾身の突きを入れる。
黒坊主の身体が吹き飛び、一階観客席の椅子の上へと落ちていった。
「日向が、てめえみたいなクソ野郎の所有物になるって考えただけでも虫酸が走る! そんな不愉快極まりねえ話に俺が加担するわけねえだろ」
『ぐっ、朔夜……貴様あああぁっ!』
「たしかに暁は、魂の番がいるオメガを好きになった、ただの一般人だ。大馬鹿野郎だよ! けどなあ、あいつは、俺やおまえじゃ、絶対にできねえことができる」
そうして朔夜が腕を上げ、人差し指で上空を指差すと天井からピアノ線が降りてきた。ピアノ線は黒坊主の身体を捕ら、宙へ浮かばせる。
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