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第7章
絶望と希望の二律背反5
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そして【亡霊】となった満月を鎮める鍵になるかもしれない情報を手に入れたのである。
しかし、それは確証のないものだった。一歩間違えれば全員満月に殺される。そんな最悪のシナリオを実現してしまう可能性が非常に高い。
「今度は暁の手を借りずに、俺ひとりで抑え込む。この命が尽きるまで、あいつのことを縛りつけてくつもりだ。その間におまえは暁 のところに戻って、国外で式を挙げろ。そうすれば満月も、そうやすやすと手を出せなくなるはずだ」
「だから……そんなことをしても、その場しのぎにしかならないって言ってるんです!」
悲鳴のような声を出して日向は、朔夜に物申す。
「【亡霊】を鎮めなければ、あなたが苦しみ続ける。あなたが、僕のことを心配してくれるように、僕だってあなたのことが心配なんです。これ以上、傷ついてほしくない。苦しい思いなんかしてほしくない……それなのに、どうして自分ひとりで、全部背負おうとするんですか!」
日向が必死で思いを告げても、朔夜の意志は揺るがなかった。
「世間は、俺が思っているほどに温かいものじゃないし、人はそんなに優しい生き物じゃない。たとえ、おまえの導き出した答えが最適解で、満月を墓の中へ戻す方法だとしてもタイミングが悪過ぎんだよ。本当におまえが【亡霊】を鎮めることに成功して、忘却のレテの効果を中和できたとしても、俺といるところを記者にすっぱ抜かれたらマジでヤバいんだぞ!?
こっちは今、本家の連中たちのせいで週刊誌でも話が持ちきりだ。たとえ暁や暁の家族、おばさんたちがおまえのことを信じても、おまえの上司や仕事仲間、上層部の連中はどうだ? この大事な時期に企業のイメージダウンもいいところ。バッシングを受けて、その上あることないことまで書かれたら、どうする? 変な噂を立てられて居場所がなくなったら、研究を続けられなくなったら困る人たちがいるんだ。おまえんところで作ってる新薬が世に普及するのを待ってるオメガたちを、俺の命と引き換えに全員見捨てるつもりか!? 自分のやるべき仕事として果たすべきことがあるだろ!」
真剣な顔つきで話す朔夜の剣幕に負けた日向は、朔夜の胸倉を摑んでいた手を名残惜しげに放した。廊下を突き抜ける風を受け、不安げに揺れるろうそくの明かりへとやった。
「あなたにご迷惑はお掛けしません。そのようなことが起こらないよう注意を払って……」
「そうじゃねえ。俺のことなんか、どうでもいい。だれに何を言われようと、どうなろうと平気だ。構わねえ。けど、おまえはどうだ? せっかく叶えた夢を投げ出すのか」
朔夜は気難しい顔をして、日向の両肩に手を置いた。
「第一、おじさんのやってきたことや死因を、根掘り葉掘り、蒸し返されるかもしれねえんだぞ。そうしたら、おばさんはどうなる? 番であるアルファの夫を失って独り身になって、薬でなんとか精神をもたせてる状態だぞ。これ以上、心労が重なったら、おばさんの命が危ないって、わかってるだろ」
母親のことを引き合いに出されて日向は何も言えなくなってしまった。
「それだけじゃねえ。義理のご両親になる人たちが親戚から誤解されたり、暁の妹にまた何かあったら、おまえは責任を取れるのか? どんなに暁が俺らのことを理解して弁解してくれても、周りはそうじゃねえ。一歩間違えれば、なんもかんもが水の泡になっちまう」
口を真一文字に結び、日向は眉間にしわを寄せた。黒曜石のような瞳が揺れる。
そんな日向の姿を見た朔夜は、聞き分けのない子どもにやさしく諭すような口調で「大丈夫だ」と言い聞かせた。「俺が隣にいなくても、おまえはやってきた。この先も暁や暁の家族やおばさん、出会ってきた人たちとやっていける。自分の守るべき世界と大切にしなきゃいけねえ人たちのもとへ戻ってやれ。結婚を控えているおまえに、危ない橋を渡るようなことは絶対にさせられねえよ。せめて――全部終わってからにしろ。それまでは、俺がなんとか持ち堪えるから」
両の拳を強く握りしめながら日向は、悔しげに桃色の唇を噛みしめた。
『ふたりで仲よくお喋りとは、ずいぶんナメた真似をしてくれるな、ガキども!』
どこからかまた、【亡霊】の苛立った声が聞こえてくる。
思わずふたりは顔を見合わせ、日向の胸元にある指輪へと視線を移した。いつの間にか指輪の光は薄らぎ、消えかけている。
先ほど朔夜が開けた大扉が勢いよく開き、ごうっと爆風が吹き込んだ。廊下にあった蠟燭の火が一斉に消えて辺りは暗くなる。
ズルズルと地を這いながら黒坊主が舞台のほうからやってくる。
即座に朔夜は、日向を自分の背に隠し、鋭い目つきで黒坊主のことを睨みつけた。
「マジでしつけえな。日向が何をしたっていうんだよ!? てめえを捨てたアルファと勘違いしてんじゃねえぞ、クソじじい!」
『まったく、口が悪いだけでなく、頭も悪いのだから困ったものだ。おまえを見ているとつくづく頭が痛くなるよ。耕助と真弓が役立たずで無能なカスだから、おまえの育ちまで悪くなってしまった……』
しかし、それは確証のないものだった。一歩間違えれば全員満月に殺される。そんな最悪のシナリオを実現してしまう可能性が非常に高い。
「今度は暁の手を借りずに、俺ひとりで抑え込む。この命が尽きるまで、あいつのことを縛りつけてくつもりだ。その間におまえは暁 のところに戻って、国外で式を挙げろ。そうすれば満月も、そうやすやすと手を出せなくなるはずだ」
「だから……そんなことをしても、その場しのぎにしかならないって言ってるんです!」
悲鳴のような声を出して日向は、朔夜に物申す。
「【亡霊】を鎮めなければ、あなたが苦しみ続ける。あなたが、僕のことを心配してくれるように、僕だってあなたのことが心配なんです。これ以上、傷ついてほしくない。苦しい思いなんかしてほしくない……それなのに、どうして自分ひとりで、全部背負おうとするんですか!」
日向が必死で思いを告げても、朔夜の意志は揺るがなかった。
「世間は、俺が思っているほどに温かいものじゃないし、人はそんなに優しい生き物じゃない。たとえ、おまえの導き出した答えが最適解で、満月を墓の中へ戻す方法だとしてもタイミングが悪過ぎんだよ。本当におまえが【亡霊】を鎮めることに成功して、忘却のレテの効果を中和できたとしても、俺といるところを記者にすっぱ抜かれたらマジでヤバいんだぞ!?
こっちは今、本家の連中たちのせいで週刊誌でも話が持ちきりだ。たとえ暁や暁の家族、おばさんたちがおまえのことを信じても、おまえの上司や仕事仲間、上層部の連中はどうだ? この大事な時期に企業のイメージダウンもいいところ。バッシングを受けて、その上あることないことまで書かれたら、どうする? 変な噂を立てられて居場所がなくなったら、研究を続けられなくなったら困る人たちがいるんだ。おまえんところで作ってる新薬が世に普及するのを待ってるオメガたちを、俺の命と引き換えに全員見捨てるつもりか!? 自分のやるべき仕事として果たすべきことがあるだろ!」
真剣な顔つきで話す朔夜の剣幕に負けた日向は、朔夜の胸倉を摑んでいた手を名残惜しげに放した。廊下を突き抜ける風を受け、不安げに揺れるろうそくの明かりへとやった。
「あなたにご迷惑はお掛けしません。そのようなことが起こらないよう注意を払って……」
「そうじゃねえ。俺のことなんか、どうでもいい。だれに何を言われようと、どうなろうと平気だ。構わねえ。けど、おまえはどうだ? せっかく叶えた夢を投げ出すのか」
朔夜は気難しい顔をして、日向の両肩に手を置いた。
「第一、おじさんのやってきたことや死因を、根掘り葉掘り、蒸し返されるかもしれねえんだぞ。そうしたら、おばさんはどうなる? 番であるアルファの夫を失って独り身になって、薬でなんとか精神をもたせてる状態だぞ。これ以上、心労が重なったら、おばさんの命が危ないって、わかってるだろ」
母親のことを引き合いに出されて日向は何も言えなくなってしまった。
「それだけじゃねえ。義理のご両親になる人たちが親戚から誤解されたり、暁の妹にまた何かあったら、おまえは責任を取れるのか? どんなに暁が俺らのことを理解して弁解してくれても、周りはそうじゃねえ。一歩間違えれば、なんもかんもが水の泡になっちまう」
口を真一文字に結び、日向は眉間にしわを寄せた。黒曜石のような瞳が揺れる。
そんな日向の姿を見た朔夜は、聞き分けのない子どもにやさしく諭すような口調で「大丈夫だ」と言い聞かせた。「俺が隣にいなくても、おまえはやってきた。この先も暁や暁の家族やおばさん、出会ってきた人たちとやっていける。自分の守るべき世界と大切にしなきゃいけねえ人たちのもとへ戻ってやれ。結婚を控えているおまえに、危ない橋を渡るようなことは絶対にさせられねえよ。せめて――全部終わってからにしろ。それまでは、俺がなんとか持ち堪えるから」
両の拳を強く握りしめながら日向は、悔しげに桃色の唇を噛みしめた。
『ふたりで仲よくお喋りとは、ずいぶんナメた真似をしてくれるな、ガキども!』
どこからかまた、【亡霊】の苛立った声が聞こえてくる。
思わずふたりは顔を見合わせ、日向の胸元にある指輪へと視線を移した。いつの間にか指輪の光は薄らぎ、消えかけている。
先ほど朔夜が開けた大扉が勢いよく開き、ごうっと爆風が吹き込んだ。廊下にあった蠟燭の火が一斉に消えて辺りは暗くなる。
ズルズルと地を這いながら黒坊主が舞台のほうからやってくる。
即座に朔夜は、日向を自分の背に隠し、鋭い目つきで黒坊主のことを睨みつけた。
「マジでしつけえな。日向が何をしたっていうんだよ!? てめえを捨てたアルファと勘違いしてんじゃねえぞ、クソじじい!」
『まったく、口が悪いだけでなく、頭も悪いのだから困ったものだ。おまえを見ているとつくづく頭が痛くなるよ。耕助と真弓が役立たずで無能なカスだから、おまえの育ちまで悪くなってしまった……』
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