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第7章
絶望と希望の二律背反4
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「人聞きの悪いことを言わないでください。あの人を悲しませるようなことはしていません! 彼だって、あなたが【亡霊】から解放されることを心から願っています」
「だとしても、あいつが、こんなふうにおまえを危険に晒す真似をするわけがねえ! どうせ詳しいことは何も伝えないで、あれこれ言ってはぐらかしたんだろ。で、暁の言葉も聞かずに、ひとりで黙って来た――違うか!?」
「それは、その、まあ……そうです」と日向は、歯切れの悪い返事をする。
「やっぱり、そうか。長年一緒にいたから、おまえの考えそうなことくらい、わかるんだよ」
日向は、朔夜の言葉に口ごもる。まずい料理を食べたときのような顔をして、口を噤んだ。
「図星か。――ったく、危なかっしいところは変わらねえな! つーか、大人になって、余計ひどくなったんじゃねえか!?」
「心外です!」と日向は、朔夜の言葉に反論する。「あなただって……無鉄砲で、無理をするところは、ちっとも変わってないじゃないですか!? 死んだら元も子もないんですよ! 少しは周りの人間の気持ちを考えてください!」
朔夜は、劇場の赤い大扉を器用に片手で開けた。
扉の先には、どこまでも果てしなく続く一本の長い廊下があった。
床の両サイドには溝が走り、水が流れている。その水の中には無数のろうそく立てが置かれており、大小さまざまな色とりどりのろうそくが、飾られていた。暗い廊下を、いくつもの小さな明かりがゆらゆらと照らしている。
上り坂は緩やかな傾斜となっており、何か小さな白い点のようなものが見える。なんだろうと思い、日向は両目を細めて白い点を見定めようとした。
大扉が締まると朔夜は日向の身体を下ろし、白い点のある方向を指差した。
「この道をまっすぐ行った先に、白い大扉があるんだ。その扉を開けば現実世界に戻れる」
「ちょっと待ってください。何度も言っていますが僕は帰る気なんて、さらさらありません。帰るときは、あなたも一緒です」
「ガキみたいに駄々こねてんじゃねえよ。満月が現れねえうちに、早く行け」
頑なに朔夜は日向の意見を聞こうとせず、満月から逃がそうとする。
まるで、おまえは戦力外だからいらない。そんなふうに言われているような気がした日向は、険しい表情を浮かべて朔夜へ問いかける。
「……そこまでして僕を帰らせたいというのなら、あなたの考えを聞かせてください。 何か【亡霊】を足止めする策でもあるというのですか?」
「いや、そんなもんねえよ」と朔夜は真顔で即答した。
そんな答えが朔夜から返ってくることを予想していなかった日向は、我慢ならないと言わんばかりに朔夜の白いワイシャツの胸倉を両手で摑んだ。
「あなた、ふざけているんですか?」
一見すれば冷静な声色で質問を投げかけているが、わなわなと身を震わせ、頬を引きつらせる。
真面目くさった顔つきをして「ふざけてなんかねえ」と朔夜は答える。「満月は、なんとしてでも、ここで俺が食い止める。あいつは目覚めてからガキである俺の精神世界に干渉してきて、俺の心を縛りつけてきた。だったら――その逆もできるかもしれねえ」
「では、あなたの精神力で、あなたに取り憑いている【亡霊】を抑え込み、叢雲朔夜という人間の身体から出ていけないように封じ込めるというのですか?」
「そうだ。俺も、もうガキじゃねえ。あいつと同じ大人だ。力や知恵じゃ勝てねえ。けど、おまえを思う気持ちとオメガを守りたいと思うアルファの本能でなら、あいつに負けない。一時的に【亡霊】の力を無力化できるかもしれねえ」
「やめてください! そんなことをしたら、あなたの精神がどうなってしまうかわかりません。……ただでさえ、あなたの身体は限界を迎えてるんですよ。今も現実世界で医師や看護師の方が、あなたを救おうと懸命に動いてます。その人たちの気持ちを無駄にしようって言うんですか!?」
「それ以外に方法がないだろ。いままで暁の力を借りながらも、なんとか食い止めてきた。それを、もう少しだけ長く続ければいい。おまえと暁が結婚すれば、満月も手を出せなくなるはずだ。満月は、魂の番であるヒムカさんが自分じゃなくて琴音さんを選び、結婚したときに身を引いた。だから同じような立場である俺たちが同じことをやれば、あいつもおまえのことを諦めて消えるはずだ」
だが、日向は朔夜の意見に反対した。この世に未練を残し、怨霊のように人を恨み、呪おうとしている存在がそんな子ども騙しが通用するとは毛頭思えなかったからだ。
「僕はそうは思いません。それでは曽祖父たちと同じ過ちを繰り返すだけです」
満月の存在を思い出した日向は、【亡霊】だけでなく、叢雲満月が何者かについてを洗いざらい調べあげた。そして、朔夜の曽祖父だった人物であることを突き止めたのだ。彼の出生から死亡に至るまでの記録をかき集めていく過程で、満月が生前記した日記を手にし、【亡霊】となるまでの経緯を知ってしまった。
「だとしても、あいつが、こんなふうにおまえを危険に晒す真似をするわけがねえ! どうせ詳しいことは何も伝えないで、あれこれ言ってはぐらかしたんだろ。で、暁の言葉も聞かずに、ひとりで黙って来た――違うか!?」
「それは、その、まあ……そうです」と日向は、歯切れの悪い返事をする。
「やっぱり、そうか。長年一緒にいたから、おまえの考えそうなことくらい、わかるんだよ」
日向は、朔夜の言葉に口ごもる。まずい料理を食べたときのような顔をして、口を噤んだ。
「図星か。――ったく、危なかっしいところは変わらねえな! つーか、大人になって、余計ひどくなったんじゃねえか!?」
「心外です!」と日向は、朔夜の言葉に反論する。「あなただって……無鉄砲で、無理をするところは、ちっとも変わってないじゃないですか!? 死んだら元も子もないんですよ! 少しは周りの人間の気持ちを考えてください!」
朔夜は、劇場の赤い大扉を器用に片手で開けた。
扉の先には、どこまでも果てしなく続く一本の長い廊下があった。
床の両サイドには溝が走り、水が流れている。その水の中には無数のろうそく立てが置かれており、大小さまざまな色とりどりのろうそくが、飾られていた。暗い廊下を、いくつもの小さな明かりがゆらゆらと照らしている。
上り坂は緩やかな傾斜となっており、何か小さな白い点のようなものが見える。なんだろうと思い、日向は両目を細めて白い点を見定めようとした。
大扉が締まると朔夜は日向の身体を下ろし、白い点のある方向を指差した。
「この道をまっすぐ行った先に、白い大扉があるんだ。その扉を開けば現実世界に戻れる」
「ちょっと待ってください。何度も言っていますが僕は帰る気なんて、さらさらありません。帰るときは、あなたも一緒です」
「ガキみたいに駄々こねてんじゃねえよ。満月が現れねえうちに、早く行け」
頑なに朔夜は日向の意見を聞こうとせず、満月から逃がそうとする。
まるで、おまえは戦力外だからいらない。そんなふうに言われているような気がした日向は、険しい表情を浮かべて朔夜へ問いかける。
「……そこまでして僕を帰らせたいというのなら、あなたの考えを聞かせてください。 何か【亡霊】を足止めする策でもあるというのですか?」
「いや、そんなもんねえよ」と朔夜は真顔で即答した。
そんな答えが朔夜から返ってくることを予想していなかった日向は、我慢ならないと言わんばかりに朔夜の白いワイシャツの胸倉を両手で摑んだ。
「あなた、ふざけているんですか?」
一見すれば冷静な声色で質問を投げかけているが、わなわなと身を震わせ、頬を引きつらせる。
真面目くさった顔つきをして「ふざけてなんかねえ」と朔夜は答える。「満月は、なんとしてでも、ここで俺が食い止める。あいつは目覚めてからガキである俺の精神世界に干渉してきて、俺の心を縛りつけてきた。だったら――その逆もできるかもしれねえ」
「では、あなたの精神力で、あなたに取り憑いている【亡霊】を抑え込み、叢雲朔夜という人間の身体から出ていけないように封じ込めるというのですか?」
「そうだ。俺も、もうガキじゃねえ。あいつと同じ大人だ。力や知恵じゃ勝てねえ。けど、おまえを思う気持ちとオメガを守りたいと思うアルファの本能でなら、あいつに負けない。一時的に【亡霊】の力を無力化できるかもしれねえ」
「やめてください! そんなことをしたら、あなたの精神がどうなってしまうかわかりません。……ただでさえ、あなたの身体は限界を迎えてるんですよ。今も現実世界で医師や看護師の方が、あなたを救おうと懸命に動いてます。その人たちの気持ちを無駄にしようって言うんですか!?」
「それ以外に方法がないだろ。いままで暁の力を借りながらも、なんとか食い止めてきた。それを、もう少しだけ長く続ければいい。おまえと暁が結婚すれば、満月も手を出せなくなるはずだ。満月は、魂の番であるヒムカさんが自分じゃなくて琴音さんを選び、結婚したときに身を引いた。だから同じような立場である俺たちが同じことをやれば、あいつもおまえのことを諦めて消えるはずだ」
だが、日向は朔夜の意見に反対した。この世に未練を残し、怨霊のように人を恨み、呪おうとしている存在がそんな子ども騙しが通用するとは毛頭思えなかったからだ。
「僕はそうは思いません。それでは曽祖父たちと同じ過ちを繰り返すだけです」
満月の存在を思い出した日向は、【亡霊】だけでなく、叢雲満月が何者かについてを洗いざらい調べあげた。そして、朔夜の曽祖父だった人物であることを突き止めたのだ。彼の出生から死亡に至るまでの記録をかき集めていく過程で、満月が生前記した日記を手にし、【亡霊】となるまでの経緯を知ってしまった。
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