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第7章
絶望と希望の二律背反1
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突然、日向の胸元にあった指輪についている透明な水晶が光を放ち始める。
異変に気付いた【朔夜】は、とっさに身体を起こして逃げようとした。
だが、指輪の光は【亡霊】を逃さない。指輪から発されているとは思えないほどのまばゆい光が、辺り一体を照らす。
【朔夜】は、断末魔のような悲鳴をあげた。すると朔夜の背中から黒い影が勢いよく出ていき、霧散する。
同時に日向の手首をぐるぐる巻きにしていた糸も、跡形もなく消える。
糸が切れた操り人形のように、朔夜は雪の上へ横たわった。
何が起きているのか理解できないまま、日向がまばたきをしていると雪景色は、嘘のようになくなった。自分が、照明のガラスがあちこちに落ちている劇場の舞台の上にいたことに、日向は気づく。
『琴音えええっ! あんのあばずれが……また、俺の邪魔をするというのか!? 一度ならず、二度までも……許さん、許さん……許さんぞ!』
黒坊主の世にもおぞましい怨嗟を耳にしながら、緩慢な動作で日向は身を起こす。ネックレスのチェーンに通してあった――星のようにきらめく指輪を手に取った。
しだいに指輪の光が収束し、蛍の光のように小さくなって日向の胸をほのかに照らした。
しんと場内が静まり返る。日向は神経を研ぎ澄まし、黒坊主の気配を探った。
だが黒坊主の気配を感じられない。指輪が光りを放っている限り、黒坊主は姿をあらわせないようだ。
以前よりも満月が【亡霊】としての力をつけていることは、たしかである。朔夜の心や、生命力といったものを養分として、現世にも現界するようになった。朔夜たちの身体を器として媒介にしなくても平気なように、自身の身体を手に入れた。そして人々の記憶に少しずつ【叢雲満月】という本来なら存在しなかった人間の存在を植えつけている。
そして日向は、ヒムカからもらった刀では【亡霊】の攻撃から身を守り、攻撃を仕掛けることはできても、本来の目的である【亡霊】を鎮めることができないのだと気づいてしまった。
「絶対にひとりで行くな」と再三婚約者から言われていたたのにもかかわらず、朔夜を助けたい――その一心で衝動的に満月のもとへ向かった。だが、それはあまり得策でなかったことを日向は後悔していた。
満月が【亡霊】になったきっかけを作ったのは、日向の曽祖父であるヒムカと曽祖母である琴音だ。そしてヒムカとうりふたつの日向が明日香のもとに生まれ、その後を追うようにして満月の器にもっとも適した朔夜が真弓のもとに生まれた。
まるで過去のできごとをやり直し、再演するかのように――だから琴音の血を濃く受け継いだ人間も役者として必要だったのだ。それが日向の婚約者である。
そんな理由からか、満月は日向の婚約者である男には手を出せない。彼が日向や朔夜のそばにいると現界できないし、たとえ現界できてもなんの力ももたないただの人間になってしまう。その不可思議な事実に疑問をもつと同時に、彼がおまじないと言って無事を祈ってくれたことに、日向は感謝した。ほのかな光を放っている指輪に、そっと指先で触れる。
「離れていても思いは同じだ」と男がエールを送ってくれているようで、日向は胸がいっぱいになる。
嵐が過ぎ去ったかのように発情期の症状がピタリと収まった。
身体は朔夜でも、中身は別個の意思をもった人間にもてあそばれた身体をぎゅっと抱き締め、目をつぶる。震える身体と、ざわつく心を落ち着かせるため、日向は息をついた。
落ち着け、落ち着くんだ。動揺して、どうする? まだ【亡霊】を鎮めたわけじゃない。一時的に追い払っただけ。こんな状態じゃ、いつまでたっても、さくちゃんを取り戻せない。もとの世界に連れ帰ることなんかできないよ。しっかりしろ……。
背後から朔夜のうめき声がして日向ははっとする。心臓が、せわしなく音を立てる。ぎこちない動作で日向は振り返り、朔夜のほうへ身体を向けた。
二日酔いでもしたみたいにガンガンと痛む頭を手で押さえながら、朔夜はゆっくりと身を起こす。舞台の床の上であぐらをかき、鳶色の頭を掻いた。
「あー、クッソ! マジで頭いってえな……」
気がつくと日向は両目から涙を零していた。足の裏を割れたガラスで切ったり、壊れた機材で怪我をするのも構わずに走り、衝動的に日向は朔夜に抱きついた。
「……日向?」
朔夜は、いまだ覚醒しきらない頭で、また自分は日向の夢を見ているのかと思った。夢の中で日向と出会えたと勘違いした朔夜は、抱きついてきた日向を抱きとめ、背中に腕を回す。
朔夜は自分の胸元が生暖かいもので濡れていくことに気づき、日向に声を掛ける。
「日向、泣いてるのか?」
顔を上げて日向は泣き笑いをした。光の加減によって色を変える朔夜の灰色の瞳を見つめる。
「あなたにもう一度会えて、うれしいんです」
「はあ? 何、言って……っ!」
息を詰めると朔夜は日向の顔へと震える手を伸ばした。黒坊主の攻撃を受け、負傷している頬の傷を凝視する。
はっとすると日向の背中に回していた腕を両肩へと置き直し、自分から引き離した。
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