毒を飲んだマリオネット

鶴機 亀輔

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第3章

桃8

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 すかさず耕助が燈夜と朔夜の間に割って入った。

「燈夜ー、いくらなんでも言葉尻がきついぞ。言い過ぎだ。朔夜も、嘘をついていると将来、泥棒さんになっちゃうぞ。いい子だから、お兄ちゃんにごめんなさいをしような」

 まだ何か言いたげな様子で燈夜は唇を嚙みしめた。

 朔夜も朔夜で、嘘つき呼ばわりされるのは心外だと顔を真っ赤にし、地団駄を踏む。

「嘘じゃねえ! 桃だって全部食ってねえよ!」

 朔夜が自分の非を認めずに、意固地になって嘘をつき通そうとしているのだと思った燈夜は、侮蔑の眼差しを朔夜へ向ける。

「しつこいぞ、おまえ。母さんの言うことを聞かずに桃を食べたりするから苦しい思いをするんだろ。自業自得だ」

「違う! 嘘じゃねえ! ほんとだもん……ほんとなのに……」

 大粒の涙をこぼし、朔夜はわあわあ泣き始めた。

「やめろよ。俺が、おまえをいじめてるみたいじゃないか……」

 悔しげな顔をして泣いている弟のことを見つめてから燈夜は、父親へ声を掛けた。

「父さん。悪いけど、夜間にやってる病院を探して。俺は朔夜の保険証とお薬手帳を準備するから。着替えも取ってくる」

「あ、ああ……急いで調べる!」

 耕助が慌ただしく和室を出て行き、黒電話のある廊下のほうへ走っていった。

 燈夜は、じめじめして蒸し暑い和室の中を見回す。押入れの近くにあったクーラーのリモコンを手に取ってクーラーの電源を入れた。押入れからくたびれた座布団を一枚取り出して朔夜を座らせた。

「兄ちゃん……?」

「仮病で蕁麻疹は出ないからな。俺は苦しんでいる病人を目の前にして、駄々をこねるガキとは違う」

「ちょっと、燈夜。そういう言い方は、いくらなんでもひどいんじゃない? 朔夜に謝りなさい」

「っ! だって……」

「『だって』じゃないわよ! どうしてなの? 他の子にはやさしいのに、なんでじつの弟には、冷たい態度しかとれないの?」

 真弓が朔夜のことを擁護すると燈夜は、迷子になって帰り道がわからなくなった子どものような顔をした。

「そんなの母さんが一番よくわかっているだろ」

 しぼり出すような声で言い、ふたりに背を向ける。

「とにかく母さん。朔夜のことをお願い。こっちはこっちで準備をするから」

「えっ? ええ、わかったわ。ありがとう、燈夜」

 ところどころに染みのある、雲の絵が描かれた襖を静かに閉めて燈夜も和室から出ていく。

 朔夜は座布団の上で三角座りをして燈夜への恨み言を口にしていた。

 真弓は朔夜の隣に座り、紺色のエプロンのポケットからポケットティッシュを出し、朔夜に手渡した。

 鼻を嚙みながら朔夜は「母ちゃん、俺……嘘つきじゃねえ。……信じてくれよ」と神にすがるような心持ちで訴えた。

「もちろんよ。私は、あんたのことを信じるわ」

 朔夜は泣くのをぴたりとやめ、そろそろと頭を上げて母親の灰色の瞳を見た。瞳を不安げに揺らして、言葉だけでは読み取れない彼女の真意を探る。

「なんで……?」

「当たり前でしょ。あんたが、嘘のつけない馬鹿正直な子だって私が一番よく知ってるんだから! あんたが嘘をついているとは思わない。でもね、耕助や燈夜が言っていることも嘘じゃないの。あんたからちゃんと話を聞かないと、どうなっているのかわからないわ。ゆっくりでいいから何があったのか、よく思い出してみて」

 朔夜は頭を横に振る。

「駄目だ、何も思い出せねえよ……」と頭を抱える。

「そう……じゃあ、お母さんの覚えていることを話すわね。そうすれば何か思い出すことがあるかも」

 真弓は、項垂れている朔夜の肩を抱き寄せた。

 朔夜は、母の話に耳を傾ける。

 自分が母の言うことを聞き、デザート用のフォークを出し、うさぎとまんげつの絵が描かれた皿を机に並べたことを思い出す。

 ――

 朔夜は顔を勢いよく上げ、「そうだ!」と叫んだ。

「あいつ、つきって名乗ったんだよ。あいつとは、リビングで出会ったんだ。満月さんは『桃をもらいに来た』って言ってたよ!」

「叢雲満月? そんな名前の子がいたかしら? でも、まさか――」

 それっきり真弓は口を閉ざした。人差し指を唇に当て何事かを思案していた。

 少しずつ、朔夜の中で満月の顔がはっきりしてくる。もう少しで黒いクレヨンがなくなると意識を集中させる。

 不意に窓を引っかく不快な音がして、朔夜は掃き出し窓のほうへ目を向けた。そこに映っているものを見るなり、仏壇のほうへと目線をやる。

 仏壇の前に例の黒いのっぺらぼうが立っていた。

 黒いのっぺらぼうは足音も立てずに、真弓の背後へすばやく移動し、触手を伸ばした。

 朔夜は「やめろ!」と叫ぼうとして、ひゅっと息を呑んだ。

 瞬間、朔夜の身体に異変が生じる。

 視界がぐにゃりと歪み、身体中のありとあらゆるところが痛痒くなったのだ。咳が止まらなくなり、喉に圧迫感を感じて息ができなくなる。ナイフで刺されているかのような激痛が腹部に走る。

 猛烈な痛みにたえきれなくなった朔夜は座っている体勢を崩し、畳の上に倒れ込んだ。

「朔夜、どうしたの!?」
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