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第3章
桃7
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しかし真弓は「まったく耕助は、ろくなことを言わないんだから」とぼそりとつぶやいて横を向いてしまう。
耕助が今にも泣きそうな声で呼んでも、無視を決め込んだ。
「朔夜、ごめんな。お父さんが言ったお化けの話は、迷信なんだよ」と耕助がおろおろしながら言う。
だが朔夜は「本当にいたんだよ!」と主張して父親の話をちっとも聞こうとしない。
「みんな、どこに行っていたんだよ! 停電が起きたのに、だれもいなくて……」
「何言ってるんだよ? 停電なんか起きてないぞ」
燈夜は、朔夜の態度に苛ついていた。
「こっちは、おまえがいなくて大騒ぎだったのに嘘をつくなよな」と舌打ちをする。
頬を引き攣らせ、朔夜は「停電がなかった? そんな馬鹿な話があるかよ!?」と大声で言う。
真弓が「本当よ、朔夜」と不安げな調子で告げる。
「私たち、ずっと家の中にいたわ。停電なんか一度も起きてないわよ。あんたがいつまでも返事をしないし、姿を見せないから、みんなであんたのことを探してたのよ」
「そうだな、かれこれ一時間近くは探したか? 真弓にいたっては、家の鍵が掛かっているのに『誘拐されたんだわ』って、110番通報までしようとしたんだぞ」
何がなんだかわからない。
狐につままれたような気分に朔夜はなる。
朔夜が黙り込んでいると燈夜は大きくため息をついた。やれやれと肩を竦める。
「おまえ、夏休みになってからお化けとか、ネズミの化け物が出てくる絵本や、妖怪が出てくる漫画ばっかり見ていたから、現実と夢をごっちゃにしたんだよ。まったく人騒がせなやつだな」
燈夜の言葉に朔夜は愕然とする。耕助の手を放し、パジャマの上着の裾を握り、目線を床へとやる。
視界の端に映った自分の手首や足首の皮膚が赤く腫れ上がっていた。朔夜は、がばっとパジャマの上着をまくって腹部を見た。胴回りも同じように赤くなっている。首を触れば、皮膚が凸凹している。
これを見せれば、俺がお化けに襲われたって証明できる!
「母ちゃん、これ」と朔夜は真弓に手首を見せる。
「お化けが俺のことを捕まえていた証拠!」
真弓は朔夜の手を取り、手首を凝視した。それから顔色を真っ青にして悲鳴をあげた。
「あんた……身体中に蕁麻疹が出ているじゃない! 何よ、桃アレルギーだったわけ!?」
「アレルギー……」
母親の言葉を耳にすると、へなへなと力をなくして朔夜は崩れ落ちた。
「あれだけ口を酸っぱくして、つまみ食いをするなって言ったのに! 全部食べたりするからよ!」と真弓は涙ぐむ。
「やっぱりな。勝手に桃を食べたのを母さんに叱られるのがいやで、こんなところへ隠れていたんだな」
冷たい口調で燈夜に問い詰められ、朔夜は慌てふためいた。
「兄ちゃん、ちょっと待ってくれよ! たしかに俺、みんなのことを待ちきれなくて、桃を一切れ食っちまった。けど全部は食ってねえよ! 押入れの中にいたのも、気がついたら入っていただけで……」
「じゃあ、おまえ以外に誰が食べるんだよ。ネズミや、ゴキブリが食べたとでも言うのか? 押入れだって自分で入る以外にないだろ。『だれかが俺をここへ閉じ込めた』? そんなわけないだろ。言い訳はよせよ、見苦しい」
「そうじゃねえよ! 叢雲の家の子がこの家に来たんだ。そんで桃を全部食っちまったんだよ!」
朔夜以外の三人は、思わず顔を見合わせた。真弓も、耕助も険しい顔つきをする。
燈夜はヒステリックな笑い声をあげ、朔夜の言葉を笑い飛ばした。
「冗談でもそんな言葉を口にするなよ。じゃあ訊くけど、その子の名前は、年齢は、顔は、特徴は? 玄関の鍵は俺が掛けた。母さんも戸締まりをしている。風呂場には俺と父さんと母さんの三人がいて完全な密室状態だったんだぞ。しかも叢雲の親戚連中は、ここの住所を知らない。それのに、どうやって来るんだよ? 魔法使いがこの家に入れたとでも言うのか?」
「あいつは……あれ……?」
朔夜は、ズキズキと痛む頭を押さえた。
自分と同年代の少年と出会ったことは覚えていた。だが彼とは、この家のどこで出会ったのか、どんな話をしたのか、詳細を一切思い出せない。
何よりも、彼の顔をまったく思い出せないことに、朔夜は言葉を失った。
口頭で人の名前を聞き取り、覚えることは不得意でも、人の顔は一度見てしまえば絶対に忘れない。忘れられない。
それなのに少年の姿を確認しようとすると――少年の頭部全体が、黒いクレヨンを塗りたくったようになっていてわからない。
こんなことは今まで一度だってなかったのに……。どうしよう……なんでわかんねえんだよ!
堪忍袋の緒が切れた燈夜に「ほら、さっさと喋れよ」と急かされる。
焦燥感に駆られた朔夜は口の中がからからに乾き、喉が詰まったような状態で言葉を紡いだ。
「あいつは……気づいたら家の中にいて……桃を欲しがったんだ……それから、それから――」
「わかった、もういい」
燈夜は、朔夜がまだ話している最中なのにもかかわらず、話を遮った。
「おまえの作り話に付き合ってられないよ。本当、おまえって人に迷惑をかける達人だよな。嘘をつくなら、もっと上手くつけ」
耕助が今にも泣きそうな声で呼んでも、無視を決め込んだ。
「朔夜、ごめんな。お父さんが言ったお化けの話は、迷信なんだよ」と耕助がおろおろしながら言う。
だが朔夜は「本当にいたんだよ!」と主張して父親の話をちっとも聞こうとしない。
「みんな、どこに行っていたんだよ! 停電が起きたのに、だれもいなくて……」
「何言ってるんだよ? 停電なんか起きてないぞ」
燈夜は、朔夜の態度に苛ついていた。
「こっちは、おまえがいなくて大騒ぎだったのに嘘をつくなよな」と舌打ちをする。
頬を引き攣らせ、朔夜は「停電がなかった? そんな馬鹿な話があるかよ!?」と大声で言う。
真弓が「本当よ、朔夜」と不安げな調子で告げる。
「私たち、ずっと家の中にいたわ。停電なんか一度も起きてないわよ。あんたがいつまでも返事をしないし、姿を見せないから、みんなであんたのことを探してたのよ」
「そうだな、かれこれ一時間近くは探したか? 真弓にいたっては、家の鍵が掛かっているのに『誘拐されたんだわ』って、110番通報までしようとしたんだぞ」
何がなんだかわからない。
狐につままれたような気分に朔夜はなる。
朔夜が黙り込んでいると燈夜は大きくため息をついた。やれやれと肩を竦める。
「おまえ、夏休みになってからお化けとか、ネズミの化け物が出てくる絵本や、妖怪が出てくる漫画ばっかり見ていたから、現実と夢をごっちゃにしたんだよ。まったく人騒がせなやつだな」
燈夜の言葉に朔夜は愕然とする。耕助の手を放し、パジャマの上着の裾を握り、目線を床へとやる。
視界の端に映った自分の手首や足首の皮膚が赤く腫れ上がっていた。朔夜は、がばっとパジャマの上着をまくって腹部を見た。胴回りも同じように赤くなっている。首を触れば、皮膚が凸凹している。
これを見せれば、俺がお化けに襲われたって証明できる!
「母ちゃん、これ」と朔夜は真弓に手首を見せる。
「お化けが俺のことを捕まえていた証拠!」
真弓は朔夜の手を取り、手首を凝視した。それから顔色を真っ青にして悲鳴をあげた。
「あんた……身体中に蕁麻疹が出ているじゃない! 何よ、桃アレルギーだったわけ!?」
「アレルギー……」
母親の言葉を耳にすると、へなへなと力をなくして朔夜は崩れ落ちた。
「あれだけ口を酸っぱくして、つまみ食いをするなって言ったのに! 全部食べたりするからよ!」と真弓は涙ぐむ。
「やっぱりな。勝手に桃を食べたのを母さんに叱られるのがいやで、こんなところへ隠れていたんだな」
冷たい口調で燈夜に問い詰められ、朔夜は慌てふためいた。
「兄ちゃん、ちょっと待ってくれよ! たしかに俺、みんなのことを待ちきれなくて、桃を一切れ食っちまった。けど全部は食ってねえよ! 押入れの中にいたのも、気がついたら入っていただけで……」
「じゃあ、おまえ以外に誰が食べるんだよ。ネズミや、ゴキブリが食べたとでも言うのか? 押入れだって自分で入る以外にないだろ。『だれかが俺をここへ閉じ込めた』? そんなわけないだろ。言い訳はよせよ、見苦しい」
「そうじゃねえよ! 叢雲の家の子がこの家に来たんだ。そんで桃を全部食っちまったんだよ!」
朔夜以外の三人は、思わず顔を見合わせた。真弓も、耕助も険しい顔つきをする。
燈夜はヒステリックな笑い声をあげ、朔夜の言葉を笑い飛ばした。
「冗談でもそんな言葉を口にするなよ。じゃあ訊くけど、その子の名前は、年齢は、顔は、特徴は? 玄関の鍵は俺が掛けた。母さんも戸締まりをしている。風呂場には俺と父さんと母さんの三人がいて完全な密室状態だったんだぞ。しかも叢雲の親戚連中は、ここの住所を知らない。それのに、どうやって来るんだよ? 魔法使いがこの家に入れたとでも言うのか?」
「あいつは……あれ……?」
朔夜は、ズキズキと痛む頭を押さえた。
自分と同年代の少年と出会ったことは覚えていた。だが彼とは、この家のどこで出会ったのか、どんな話をしたのか、詳細を一切思い出せない。
何よりも、彼の顔をまったく思い出せないことに、朔夜は言葉を失った。
口頭で人の名前を聞き取り、覚えることは不得意でも、人の顔は一度見てしまえば絶対に忘れない。忘れられない。
それなのに少年の姿を確認しようとすると――少年の頭部全体が、黒いクレヨンを塗りたくったようになっていてわからない。
こんなことは今まで一度だってなかったのに……。どうしよう……なんでわかんねえんだよ!
堪忍袋の緒が切れた燈夜に「ほら、さっさと喋れよ」と急かされる。
焦燥感に駆られた朔夜は口の中がからからに乾き、喉が詰まったような状態で言葉を紡いだ。
「あいつは……気づいたら家の中にいて……桃を欲しがったんだ……それから、それから――」
「わかった、もういい」
燈夜は、朔夜がまだ話している最中なのにもかかわらず、話を遮った。
「おまえの作り話に付き合ってられないよ。本当、おまえって人に迷惑をかける達人だよな。嘘をつくなら、もっと上手くつけ」
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