毒を飲んだマリオネット

鶴機 亀輔

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第3章

桃5

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「何?」

『俺も叢雲の人間だよ。おまえの親戚だ』

 朔夜は、満月が叢雲の人間だと知るやいなや憤った。

「てめえ、ここへ何をしに来た? また母ちゃんたちに嫌みを言いに来たのか!? おまえらのせいで、こっちは何回も引っ越しをさせられたんだぞ! お盆にはまだ早い。さっさとこの家から出ていけよ!」

 怒りで熱くなっている朔夜とは対照的に満月は『まあまあ、落ち着け』と冷静沈着な樣子で朔夜に声を掛ける。

『俺は、この家の桃をもらいに来ただけだ。嫌がらせをしに来たんじゃない。勘違いをするな』

 テーブルの上にある桃をいちべつし、朔夜は叫んだ。

「ふざけんな、おまえにこの桃はやらねえよ!」

 キッチンまで脱兎のごとく走り、コンロ下の戸棚から塩の入った未開封の袋を取ってくると朔夜は、ブラウン管の中の満月とたいする。

「母ちゃんが余分に買ってきた塩が、こんなところで役に立つとはな」

 口の端を上げて人の悪い笑みを浮かべながら、袋を手で破く。朔夜は、害虫駆除をするときのような心構えで、じりじりと満月に近づいた。

 朔夜が何をしようとしているのかを察した満月は、上擦った声で『馬鹿なことはよせ!』と朔夜の行動を制止する。

「桃は俺ら四人分しかねえけど、こいつならごまんとあるからな。いくらでもやるぞ」

『待ってくれ、誤解だ! 俺は、おまえたちに危害を加えない。おまえを無視する連中とは違う。やつらとは無関係だ。俺はおまえの味方なんだ!』

「うるせえ、嘘をつくな!」

 朔夜は満月の言葉を一蹴した。

「こんなに顔がそっくりなやつが親戚にいたら、ぜってえ忘れねえっつーの。でまかせを言う!」

 袋の中に手を突っ込み、塩を一摑みする。朔夜は満月に向かって塩を投げつけようと手を振りかぶった。

『ま、待ってくれ!』

 泡を食って満月は早口で言う。

『おまえは一度見たものを忘れないな目をしているが、俺の顔を知らないのも当然だ! 俺も居場所がなくて、おまえと顔合わせができなかったんだから!』

 ぴたりと朔夜は塩を投げつけるのをやめてた。腕を下ろし、額に汗を滲ませて目を白黒させている満月に疑いの眼差しを向ける。

「どういうことだよ?」

『言葉通りの意味だ。俺も、おまえと同じようにバース性がオメガだったんだ。親戚から忌み嫌われ、のけ者にされた。そのせいで今回、を食べそこねたから、最後のひとつをもらいに来たんだ』

 普段の朔夜だったら、怪しい人物に対して警戒心を持ち、近づかないようにしただろう。だが、目の前の少年が自分とよく似た容姿をしているだけでなく、似たような境遇をしているという話を聞いて親近感を覚えたのだ。朔夜は、満月への態度をあらためて話しかける。

「……あんたも、あいつらにひどいめに遭わされたのか?」

 寂しげな微笑を満月が浮かべる。

『ああ……両親が亡くなってからは、ひどいものさ。この容姿のせいで周りの人間から『鬼』とされて石を投げつけられた。水も、食料も与えられず、奥座敷でせっかんをされることもあった』

 話しの内容がわからなくても、満月が自分と変わらない年齢でありながら、悲惨な人生を送ってきたことを朔夜は理解した。朔夜の中に満月への同情心が芽生え始め、身につまされる思いをする。

「あんた、桃が好きなのか?」

『そうだ。――だれよりも、何よりも一等好きだ』

「そっか。けど、悪いな。この桃は母ちゃんたちと食べることになってる。それに、あんたはテレビの向こう側にいるから桃をやることはできねえよ」

『いや、桃ならすでに受けとったぞ』

 そう言われて、朔夜は机の上を見回した。桃を載せた白い皿がこつぜんと姿を消している。テレビのほうへ視線を戻すと満月が、桃の盛り付けられた白い皿を手にしている。

『礼を言うぞ、朔夜。代わりにこれをやろう。おまえの大好物だ』

 満月が指差す先をたどると、机の上にバニラアイスがあった。透き通った水色のガラスの食器に、すっとした香りのするミントの葉が載ったクリーム色の球があった。

 朔夜は灰色の瞳をキラキラさせて大喜びする。

「すっげえ! あんた、魔法使いみたいだな。これ、マジックか!?」

『そのようなものだ。これくらいのことなら造作もない』

「なんだよ、満月さんって超いい人じゃん!」

『そうだろ? これで誤解は解けたな』

 口元に手を当てて「あっ」と朔夜は声を出した。満月に向かって勢いよく頭を下げ、「ごめんなさい」と謝る。

「さっきは変な態度をとったりして悪かった。最後まで満月さんの話を聞かねえで、悪いやつだって決めつけたりして……」

 上目遣いでご機嫌伺いをする朔夜の反応に、満月はくすりと笑った。

『たいしたことじゃない、気にするな』

「俺のことを許してくれるのか?」

『もちろん。誤解されるのには慣れている。そのように素直に謝られると、逆にどういう反応をしたらいいのかわからなくなる。さあ、その氷菓子を早く食え』

 朔夜は、満月に食べるよう促され、首を縦に振った。

 机の上に置いてあった金色のスプーンと水色のガラスの食器を手に取る。
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