今宵、百合の庭園で……

鶴機 亀輔

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第6章

約束あるいは契約2

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「えー! つれないな……いいじゃん、僕と一緒に頭をスッカラカンにして、気持ちいいことをヤろうよ。それこそお風呂とか、キッチンでもヤらない?」

「おい、この家は父さんと母さんの家だぞ!? んなもん、ヤるか! うわっ……あ、やめろって……んっ!」

 とんでもない発言をした尊は、とうとう俺のズボンの中に手を突っ込んだ。そうして俺のものが兆し始めているのに気づいた尊は、しっとりとして手入れの行き届いた手で、ゆっくり俺のものを撫でた。

 じれったい動きに腰が揺れ、体がどんどん前かがみになっていく。

 このまま尊に抱かれてもいいかも、と流されそうになるが――「どうせ葵が、オバカさんなのには変わらないんだから。頭が空っぽになっても問題ないでしょ」

「っ……調子に乗ってんじゃねえ! 昨日ヤッたからって、今すぐ朝からしねえっつーの!」

 俺は尊の不遜な発言に腹が立ち、右腕で思いきり肘鉄を食らわせた。

 まともに食らった尊が腹部を押さえ、その場でうずくまる。

 そうして頭がかっかした状態で今度こそあいつの腕の中から抜け出した。

 たんすの中に入っている下着や白のニット、黒のスラックスなんかを取り出し、タオルを手に取る。尊を部屋に残してシャワーを浴びに行く。



   *



「ねえ、葵ったらー、機嫌を直してよー……」

 俺は無言で後ろを振り返る。

 甘酒を手にした葵が眉を下げ、こちらをじっと見ている。まるで段ボール箱の中に入れられ、捨てられた犬のようだ。

 お参りに来た若い女性や高校生らしき女の子たちが、顔を染めて尊を見つめ、「カッコイイお兄さんだね」「モデルか、アイドルかな?」なんて小声で話しているのが耳に入る。

「兄ちゃん、お釣り」と声をかけられ、お店の人のほうへ顔を戻す。おじさんから小銭を受け取り、お礼を言う。そうして手渡された白い袋に入っている熱々の餡餅シャーピンを頬張った。

「おじさん、今年も、めちゃくちゃうまいです」

「そりゃ、よかった。来年も、またおいで」

「あざっす」

 神社は初詣に来た人で、ごった返していた。

 長方形の石を敷いてある参道は長蛇の列。拝殿からは小銭を投げる音がひっきりなしに聞こえる。幼い男の子が父親と一緒に麻縄をブンブン振って、大きな鈴をガラガラ鳴らした。厄除けの鐘をつく人が後を絶たない。おみくじを引いた中学生や小学生の男女が一喜一憂している姿を眺めながら、しょっぱくて肉汁がじゅわっとあふれ、ニラの香りがする餡餅を食べていた。

 朝、お雑煮とおせちを食べたばかりなのに、よく入るもんだなと自分でも呆れる。このままだと正月太りまっしぐらだ。

 そうは言っても、朝の尊の態度に、むしゃくしゃする気持ちは収まらない。

 俺は、屋台の端に置いていた甘酒の入った白いカップを手に取り、人の少なそうな場所へと移動する。そのまま立ち食いをしていれば、尊が隣へやってくる。

「ほんとに悪かったよ。頼むから機嫌を直してって」

 横目で、困り顔をしているやつのことをジトっと睨みつける。

 数秒目線をやってから、食べかけの餡餅に目線を戻し、かぶりついた。

 俺だって新年そうそう怒ってばかりいたくない。昨日の夜、幸せな時間を過ごせたから、なおさらそう思う気持ちが強かった。

 何より風呂に入ってから、ずっと尊をいないものとして無視し続けるのもいい加減、良心がとがめる。

 餡餅を食べ終え、包装紙を丸め、人が周りにいないことを確認してゴミ箱へ片手で投げ捨てた。シュートが決まったな、なんてアホなことを考えながら、酒粕で作られた甘酒を口に含んだ。

「おまえ、マジでああいうのやめろよな。今朝の態度、めちゃくちゃムカついたんだけど?」

「えっと……葵と抱き合えたからって調子に乗りました」と尊が気まずそうに頬を掻く。

「そりゃあ、俺だって浮かれる気持ちはあるし、自分がバカだって自覚してる。それでも人にバカにされたくないし、言われたくないことだってあるんだよ。相手がおまえや父さん、母さんでもかんに障ることだってあるんだよ。そこんとこ、わかってくれよな」

「うん、葵、僕のこと、許してくれる……?」

 子どもが親に怒られたときのような顔をして、尊が静かに訊いてくる。

 俺は、ため息をつき、甘酒をあおった。

「次、あんなことしたらガチでぶん殴るからな」

「わかった、気をつけるよ」

「ああ、俺もおまえのことを無視して悪かったよ」

 ガキみたいに仲直りをした。

 ふたりで甘酒を飲み終えると参拝するため、列に並んだ。

「ふたりで暮らすようになったら、こうやってケンカすることも増えるのかな?」

「まあ、そういうこともあるだろうな。つーか、おまえがふざけて俺を怒らせるのは中学のときから、ずっとだろ」

「うーん、痛いところを突いてくるね」

 モッズコートの上着のポケットに手を入れている尊が白い息を吐き、苦笑する。

「大学の学部が違うからな。まだ先のことだけど専門を取るようになったら一緒にいれる時間も減るだろ」

 まだ大学に入ってもいないのに、これから先のことを考える。来年どころか三年後、四年後、五年後のことを言うんだから鬼も大爆笑するのかか? と思いつつ、尊に将来の話を振る。
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