上 下
23 / 23
第4章

長くそばに……2

しおりを挟む
 乱れた着衣を直して、頭を冷やすように冷水で手を洗い直して、まな板の前に立つ。

 尊は菜箸を手にして、湯の中に入っている卵を転がしていた。

「な、なんで急に、あんなことしたんだよ……? いつものおふざけの延長か!? い、いきなり発情すんなよな!」

「ふざけてなんかいしない、急にじゃないよ」と尊は答えた。「本当は今すぐにでも、きみと抱き合いたいくらいなんだから」

 目線をクルクル回る卵にやりながら、尊はなんでもないことのように答えた。

「ずっと期待していながらも、きみを傷つけないためにもキス以上のことは、しないようにしてた。でも、きみから一線を超えてもいいって許してもらえたんだ。期待するなっていうほうが、おかしいよ」

「尊……」

 俺は尊のあけすけな言葉に戸惑い、赤面することしかできなかった。

「きみを抱きしめて、キスすることばかり考えてる。発情期の獣みたいにならないよう抑えているだけなんだ。どうかしてるよね。……こんな僕は、いやになった?」

「別にそんなことはねえけど……」

 俺ばっかりがドキドキしてるのかよ? と思っていた。

 でも尊は尊で俺のことを意識してくれていたと知り、歓喜する。

 耳や頬を赤くした尊が、俺のほうへと目線を向けた。緑色の瞳に見つめられて心臓の音が、すっげえ大きく聞こえる。

 尊は視線をさまよわせて、気恥ずかしそうにうつむいた。

「……本当は、きみも、きみの時間も独占したい。だけどきみに引かれたり、気持ち悪いって思われたくなくて我慢してた。その反動か、今日はバスケ部のみんなや他校のやつと話したりしないで、そばにいてほしい――って思っちゃうんだ」

「へえ……なんだよ、おまえ。嫉妬したのかよ」

 どうせ「やだなー、葵ったら。嫉妬だなんて僕がするわけないじゃん!」なんて返事が来る。そう思いながらも尊が肯定してくれるんじゃないかって頭の片隅で期待する。

「……そうだよ、悪い」

 瞬間、心臓が口から飛び出すかと思った。

「きみのことを独占して、誰にも渡したくないとか、ほかの人に目を向けないでほしいって思ってるんだよ。引く?」

「別に引いたりしねえよ。俺だって……おまえが女子にチヤホヤされてるときとか、そう思ったから……」

 最後のほうになるにつれて気恥ずかしさとか、自信のなさとかで小声になってしまった。

 妙に気まずい空気が流れる。尊は黙ったままでいて何も言ってこない。

 卵を入れた鍋のお湯がボコボコと音を立てている。

 こういうときこそ、おちゃらけて適当ことのひとつや、ふたつ言わねえのかよと内心悪態をつきながら、包丁を手に取って具材をふたたび切り始める。

 葵も菜箸を小鍋に突っ込んで卵を転がした。

「……そろそろ卵、出してもいいんじゃねえの?」

「うん、そうだね」と葵は火を止める。湯気の立っている小鍋をシンクに起き、レバーを上げて蛇口から勢いよく冷水を出す。次第に湯気は消えていった。尊は小鍋の中に手を突っ込んで卵の殻を淡々と剥いていく。

 俺は内心くすぶりながらツナ缶を開けてボウルの中へ投入する。切ったきゅうりと合わせてマヨネーズと胡椒を入れて、ともに混ぜていく。

「マヨネーズ、こっちにもちょうだい」

「ん? ああ――ほらよ」

「ありがと」

 そうしてサンドイッチの具材ができあがった。

 レトルトのコーンスープの素に熱々のお湯を入れて、安売りしていた食パンに各々具材を挟んで、昼食をとる。

 まるで喧嘩をしたときみたいに尊は口数が少ない。黙々とハムやらツナ、たまごなんかをパンに挟んでバクバクと食べていく。

 変なことを言ったりしたから、いやな思いをさせたのだろうか? それとも、やる気が削がれたとか……と悶々と考えながらスープをチビチビと口に含む。

 せっかく、ふたりきりになれたのに、ぜんぜんイチャイチャできねえ。キスもしてねえし、こんな雰囲気になるんなら、いっそ父さんたちについていけばよかった。

 カップの中に入っている黄色い液体を見つめながら、なんて切り出したらいいかについて思い巡らせる。

「なあ、尊」「ねえ、葵」

 俺たちは同時に話しかけてしまった。

「なんだよ、おまえから言えよ」

「いいよ、別に。大したことじゃないから」

「はあ? 大したことじゃないとかなんだし、それ。言いかけてやめるとか、ありえねえんだけど」

「ちょっと葵、その言い方はなくない? 僕は葵に『先に話していいよ』って譲ったのに」

「んなもんいらねえよ、ふざけんな! 水くせえやつ!」

「きみこそ、その言い方はないだろ! 人の好意を無下にして!」

 お互いに立ち上がり、睨み合う。

 まるでガキのときにやった、にらめっこでもしてるみたいで、つい吹き出してしまう。

 葵のほうも同じだったようで口元に手をやり、肩を震わせている。

「やべえ、マジで何やってんだろ、俺ら。……バカみてえ!」

「だね! 葵ってば……めちゃくちゃキレた顔してて……わけ、わかんないよ!」

 ケラケラ笑っている尊に肩をバシバシ叩かれて、俺は目に溜まった涙をニットの袖で拭った。

「おまえ、マヨネーズがついてる手で触んなよ……ベトベトになるだろ!」

「あっ、ごめーん。わざとじゃないから許して!」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

処理中です...