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第4章
長くそばに……2
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乱れた着衣を直して、頭を冷やすように冷水で手を洗い直して、まな板の前に立つ。
尊は菜箸を手にして、湯の中に入っている卵を転がしていた。
「な、なんで急に、あんなことしたんだよ……? いつものおふざけの延長か!? い、いきなり発情すんなよな!」
「ふざけてなんかいしない、急にじゃないよ」と尊は答えた。「本当は今すぐにでも、きみと抱き合いたいくらいなんだから」
目線をクルクル回る卵にやりながら、尊はなんでもないことのように答えた。
「ずっと期待していながらも、きみを傷つけないためにもキス以上のことは、しないようにしてた。でも、きみから一線を超えてもいいって許してもらえたんだ。期待するなっていうほうが、おかしいよ」
「尊……」
俺は尊のあけすけな言葉に戸惑い、赤面することしかできなかった。
「きみを抱きしめて、キスすることばかり考えてる。発情期の獣みたいにならないよう抑えているだけなんだ。どうかしてるよね。……こんな僕は、いやになった?」
「別にそんなことはねえけど……」
俺ばっかりがドキドキしてるのかよ? と思っていた。
でも尊は尊で俺のことを意識してくれていたと知り、歓喜する。
耳や頬を赤くした尊が、俺のほうへと目線を向けた。緑色の瞳に見つめられて心臓の音が、すっげえ大きく聞こえる。
尊は視線をさまよわせて、気恥ずかしそうにうつむいた。
「……本当は、きみも、きみの時間も独占したい。だけどきみに引かれたり、気持ち悪いって思われたくなくて我慢してた。その反動か、今日はバスケ部のみんなや他校のやつと話したりしないで、そばにいてほしい――って思っちゃうんだ」
「へえ……なんだよ、おまえ。嫉妬したのかよ」
どうせ「やだなー、葵ったら。嫉妬だなんて僕がするわけないじゃん!」なんて返事が来る。そう思いながらも尊が肯定してくれるんじゃないかって頭の片隅で期待する。
「……そうだよ、悪い」
瞬間、心臓が口から飛び出すかと思った。
「きみのことを独占して、誰にも渡したくないとか、ほかの人に目を向けないでほしいって思ってるんだよ。引く?」
「別に引いたりしねえよ。俺だって……おまえが女子にチヤホヤされてるときとか、そう思ったから……」
最後のほうになるにつれて気恥ずかしさとか、自信のなさとかで小声になってしまった。
妙に気まずい空気が流れる。尊は黙ったままでいて何も言ってこない。
卵を入れた鍋のお湯がボコボコと音を立てている。
こういうときこそ、おちゃらけて適当ことのひとつや、ふたつ言わねえのかよと内心悪態をつきながら、包丁を手に取って具材をふたたび切り始める。
葵も菜箸を小鍋に突っ込んで卵を転がした。
「……そろそろ卵、出してもいいんじゃねえの?」
「うん、そうだね」と葵は火を止める。湯気の立っている小鍋をシンクに起き、レバーを上げて蛇口から勢いよく冷水を出す。次第に湯気は消えていった。尊は小鍋の中に手を突っ込んで卵の殻を淡々と剥いていく。
俺は内心くすぶりながらツナ缶を開けてボウルの中へ投入する。切ったきゅうりと合わせてマヨネーズと胡椒を入れて、ともに混ぜていく。
「マヨネーズ、こっちにもちょうだい」
「ん? ああ――ほらよ」
「ありがと」
そうしてサンドイッチの具材ができあがった。
レトルトのコーンスープの素に熱々のお湯を入れて、安売りしていた食パンに各々具材を挟んで、昼食をとる。
まるで喧嘩をしたときみたいに尊は口数が少ない。黙々とハムやらツナ、たまごなんかをパンに挟んでバクバクと食べていく。
変なことを言ったりしたから、いやな思いをさせたのだろうか? それとも、やる気が削がれたとか……と悶々と考えながらスープをチビチビと口に含む。
せっかく、ふたりきりになれたのに、ぜんぜんイチャイチャできねえ。キスもしてねえし、こんな雰囲気になるんなら、いっそ父さんたちについていけばよかった。
カップの中に入っている黄色い液体を見つめながら、なんて切り出したらいいかについて思い巡らせる。
「なあ、尊」「ねえ、葵」
俺たちは同時に話しかけてしまった。
「なんだよ、おまえから言えよ」
「いいよ、別に。大したことじゃないから」
「はあ? 大したことじゃないとかなんだし、それ。言いかけてやめるとか、ありえねえんだけど」
「ちょっと葵、その言い方はなくない? 僕は葵に『先に話していいよ』って譲ったのに」
「んなもんいらねえよ、ふざけんな! 水くせえやつ!」
「きみこそ、その言い方はないだろ! 人の好意を無下にして!」
お互いに立ち上がり、睨み合う。
まるでガキのときにやった、にらめっこでもしてるみたいで、つい吹き出してしまう。
葵のほうも同じだったようで口元に手をやり、肩を震わせている。
「やべえ、マジで何やってんだろ、俺ら。……バカみてえ!」
「だね! 葵ってば……めちゃくちゃキレた顔してて……わけ、わかんないよ!」
ケラケラ笑っている尊に肩をバシバシ叩かれて、俺は目に溜まった涙をニットの袖で拭った。
「おまえ、マヨネーズがついてる手で触んなよ……ベトベトになるだろ!」
「あっ、ごめーん。わざとじゃないから許して!」
尊は菜箸を手にして、湯の中に入っている卵を転がしていた。
「な、なんで急に、あんなことしたんだよ……? いつものおふざけの延長か!? い、いきなり発情すんなよな!」
「ふざけてなんかいしない、急にじゃないよ」と尊は答えた。「本当は今すぐにでも、きみと抱き合いたいくらいなんだから」
目線をクルクル回る卵にやりながら、尊はなんでもないことのように答えた。
「ずっと期待していながらも、きみを傷つけないためにもキス以上のことは、しないようにしてた。でも、きみから一線を超えてもいいって許してもらえたんだ。期待するなっていうほうが、おかしいよ」
「尊……」
俺は尊のあけすけな言葉に戸惑い、赤面することしかできなかった。
「きみを抱きしめて、キスすることばかり考えてる。発情期の獣みたいにならないよう抑えているだけなんだ。どうかしてるよね。……こんな僕は、いやになった?」
「別にそんなことはねえけど……」
俺ばっかりがドキドキしてるのかよ? と思っていた。
でも尊は尊で俺のことを意識してくれていたと知り、歓喜する。
耳や頬を赤くした尊が、俺のほうへと目線を向けた。緑色の瞳に見つめられて心臓の音が、すっげえ大きく聞こえる。
尊は視線をさまよわせて、気恥ずかしそうにうつむいた。
「……本当は、きみも、きみの時間も独占したい。だけどきみに引かれたり、気持ち悪いって思われたくなくて我慢してた。その反動か、今日はバスケ部のみんなや他校のやつと話したりしないで、そばにいてほしい――って思っちゃうんだ」
「へえ……なんだよ、おまえ。嫉妬したのかよ」
どうせ「やだなー、葵ったら。嫉妬だなんて僕がするわけないじゃん!」なんて返事が来る。そう思いながらも尊が肯定してくれるんじゃないかって頭の片隅で期待する。
「……そうだよ、悪い」
瞬間、心臓が口から飛び出すかと思った。
「きみのことを独占して、誰にも渡したくないとか、ほかの人に目を向けないでほしいって思ってるんだよ。引く?」
「別に引いたりしねえよ。俺だって……おまえが女子にチヤホヤされてるときとか、そう思ったから……」
最後のほうになるにつれて気恥ずかしさとか、自信のなさとかで小声になってしまった。
妙に気まずい空気が流れる。尊は黙ったままでいて何も言ってこない。
卵を入れた鍋のお湯がボコボコと音を立てている。
こういうときこそ、おちゃらけて適当ことのひとつや、ふたつ言わねえのかよと内心悪態をつきながら、包丁を手に取って具材をふたたび切り始める。
葵も菜箸を小鍋に突っ込んで卵を転がした。
「……そろそろ卵、出してもいいんじゃねえの?」
「うん、そうだね」と葵は火を止める。湯気の立っている小鍋をシンクに起き、レバーを上げて蛇口から勢いよく冷水を出す。次第に湯気は消えていった。尊は小鍋の中に手を突っ込んで卵の殻を淡々と剥いていく。
俺は内心くすぶりながらツナ缶を開けてボウルの中へ投入する。切ったきゅうりと合わせてマヨネーズと胡椒を入れて、ともに混ぜていく。
「マヨネーズ、こっちにもちょうだい」
「ん? ああ――ほらよ」
「ありがと」
そうしてサンドイッチの具材ができあがった。
レトルトのコーンスープの素に熱々のお湯を入れて、安売りしていた食パンに各々具材を挟んで、昼食をとる。
まるで喧嘩をしたときみたいに尊は口数が少ない。黙々とハムやらツナ、たまごなんかをパンに挟んでバクバクと食べていく。
変なことを言ったりしたから、いやな思いをさせたのだろうか? それとも、やる気が削がれたとか……と悶々と考えながらスープをチビチビと口に含む。
せっかく、ふたりきりになれたのに、ぜんぜんイチャイチャできねえ。キスもしてねえし、こんな雰囲気になるんなら、いっそ父さんたちについていけばよかった。
カップの中に入っている黄色い液体を見つめながら、なんて切り出したらいいかについて思い巡らせる。
「なあ、尊」「ねえ、葵」
俺たちは同時に話しかけてしまった。
「なんだよ、おまえから言えよ」
「いいよ、別に。大したことじゃないから」
「はあ? 大したことじゃないとかなんだし、それ。言いかけてやめるとか、ありえねえんだけど」
「ちょっと葵、その言い方はなくない? 僕は葵に『先に話していいよ』って譲ったのに」
「んなもんいらねえよ、ふざけんな! 水くせえやつ!」
「きみこそ、その言い方はないだろ! 人の好意を無下にして!」
お互いに立ち上がり、睨み合う。
まるでガキのときにやった、にらめっこでもしてるみたいで、つい吹き出してしまう。
葵のほうも同じだったようで口元に手をやり、肩を震わせている。
「やべえ、マジで何やってんだろ、俺ら。……バカみてえ!」
「だね! 葵ってば……めちゃくちゃキレた顔してて……わけ、わかんないよ!」
ケラケラ笑っている尊に肩をバシバシ叩かれて、俺は目に溜まった涙をニットの袖で拭った。
「おまえ、マヨネーズがついてる手で触んなよ……ベトベトになるだろ!」
「あっ、ごめーん。わざとじゃないから許して!」
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