23 / 34
第4章
長くそばに……2
しおりを挟む
乱れた着衣を直して、頭を冷やすように冷水で手を洗い直して、まな板の前に立つ。
尊は菜箸を手にして、湯の中に入っている卵を転がしていた。
「な、なんで急に、あんなことしたんだよ……? いつものおふざけの延長か!? い、いきなり発情すんなよな!」
「ふざけてなんかいしない、急にじゃないよ」と尊は答えた。「本当は今すぐにでも、きみと抱き合いたいくらいなんだから」
目線をクルクル回る卵にやりながら、尊はなんでもないことのように答えた。
「ずっと期待していながらも、きみを傷つけないためにもキス以上のことは、しないようにしてた。でも、きみから一線を超えてもいいって許してもらえたんだ。期待するなっていうほうが、おかしいよ」
「尊……」
俺は尊のあけすけな言葉に戸惑い、赤面することしかできなかった。
「きみを抱きしめて、キスすることばかり考えてる。発情期の獣みたいにならないよう抑えているだけなんだ。どうかしてるよね。……こんな僕は、いやになった?」
「別にそんなことはねえけど……」
俺ばっかりがドキドキしてるのかよ? と思っていた。
でも尊は尊で俺のことを意識してくれていたと知り、歓喜する。
耳や頬を赤くした尊が、俺のほうへと目線を向けた。緑色の瞳に見つめられて心臓の音が、すっげえ大きく聞こえる。
尊は視線をさまよわせて、気恥ずかしそうにうつむいた。
「……本当は、きみも、きみの時間も独占したい。だけどきみに引かれたり、気持ち悪いって思われたくなくて我慢してた。その反動か、今日はバスケ部のみんなや他校のやつと話したりしないで、そばにいてほしい――って思っちゃうんだ」
「へえ……なんだよ、おまえ。嫉妬したのかよ」
どうせ「やだなー、葵ったら。嫉妬だなんて僕がするわけないじゃん!」なんて返事が来る。そう思いながらも尊が肯定してくれるんじゃないかって頭の片隅で期待する。
「……そうだよ、悪い」
瞬間、心臓が口から飛び出すかと思った。
「きみのことを独占して、誰にも渡したくないとか、ほかの人に目を向けないでほしいって思ってるんだよ。引く?」
「別に引いたりしねえよ。俺だって……おまえが女子にチヤホヤされてるときとか、そう思ったから……」
最後のほうになるにつれて気恥ずかしさとか、自信のなさとかで小声になってしまった。
妙に気まずい空気が流れる。尊は黙ったままでいて何も言ってこない。
卵を入れた鍋のお湯がボコボコと音を立てている。
こういうときこそ、おちゃらけて適当ことのひとつや、ふたつ言わねえのかよと内心悪態をつきながら、包丁を手に取って具材をふたたび切り始める。
葵も菜箸を小鍋に突っ込んで卵を転がした。
「……そろそろ卵、出してもいいんじゃねえの?」
「うん、そうだね」と葵は火を止める。湯気の立っている小鍋をシンクに起き、レバーを上げて蛇口から勢いよく冷水を出す。次第に湯気は消えていった。尊は小鍋の中に手を突っ込んで卵の殻を淡々と剥いていく。
俺は内心くすぶりながらツナ缶を開けてボウルの中へ投入する。切ったきゅうりと合わせてマヨネーズと胡椒を入れて、ともに混ぜていく。
「マヨネーズ、こっちにもちょうだい」
「ん? ああ――ほらよ」
「ありがと」
そうしてサンドイッチの具材ができあがった。
レトルトのコーンスープの素に熱々のお湯を入れて、安売りしていた食パンに各々具材を挟んで、昼食をとる。
まるで喧嘩をしたときみたいに尊は口数が少ない。黙々とハムやらツナ、たまごなんかをパンに挟んでバクバクと食べていく。
変なことを言ったりしたから、いやな思いをさせたのだろうか? それとも、やる気が削がれたとか……と悶々と考えながらスープをチビチビと口に含む。
せっかく、ふたりきりになれたのに、ぜんぜんイチャイチャできねえ。キスもしてねえし、こんな雰囲気になるんなら、いっそ父さんたちについていけばよかった。
カップの中に入っている黄色い液体を見つめながら、なんて切り出したらいいかについて思い巡らせる。
「なあ、尊」「ねえ、葵」
俺たちは同時に話しかけてしまった。
「なんだよ、おまえから言えよ」
「いいよ、別に。大したことじゃないから」
「はあ? 大したことじゃないとかなんだし、それ。言いかけてやめるとか、ありえねえんだけど」
「ちょっと葵、その言い方はなくない? 僕は葵に『先に話していいよ』って譲ったのに」
「んなもんいらねえよ、ふざけんな! 水くせえやつ!」
「きみこそ、その言い方はないだろ! 人の好意を無下にして!」
お互いに立ち上がり、睨み合う。
まるでガキのときにやった、にらめっこでもしてるみたいで、つい吹き出してしまう。
葵のほうも同じだったようで口元に手をやり、肩を震わせている。
「やべえ、マジで何やってんだろ、俺ら。……バカみてえ!」
「だね! 葵ってば……めちゃくちゃキレた顔してて……わけ、わかんないよ!」
ケラケラ笑っている尊に肩をバシバシ叩かれて、俺は目に溜まった涙をニットの袖で拭った。
「おまえ、マヨネーズがついてる手で触んなよ……ベトベトになるだろ!」
「あっ、ごめーん。わざとじゃないから許して!」
尊は菜箸を手にして、湯の中に入っている卵を転がしていた。
「な、なんで急に、あんなことしたんだよ……? いつものおふざけの延長か!? い、いきなり発情すんなよな!」
「ふざけてなんかいしない、急にじゃないよ」と尊は答えた。「本当は今すぐにでも、きみと抱き合いたいくらいなんだから」
目線をクルクル回る卵にやりながら、尊はなんでもないことのように答えた。
「ずっと期待していながらも、きみを傷つけないためにもキス以上のことは、しないようにしてた。でも、きみから一線を超えてもいいって許してもらえたんだ。期待するなっていうほうが、おかしいよ」
「尊……」
俺は尊のあけすけな言葉に戸惑い、赤面することしかできなかった。
「きみを抱きしめて、キスすることばかり考えてる。発情期の獣みたいにならないよう抑えているだけなんだ。どうかしてるよね。……こんな僕は、いやになった?」
「別にそんなことはねえけど……」
俺ばっかりがドキドキしてるのかよ? と思っていた。
でも尊は尊で俺のことを意識してくれていたと知り、歓喜する。
耳や頬を赤くした尊が、俺のほうへと目線を向けた。緑色の瞳に見つめられて心臓の音が、すっげえ大きく聞こえる。
尊は視線をさまよわせて、気恥ずかしそうにうつむいた。
「……本当は、きみも、きみの時間も独占したい。だけどきみに引かれたり、気持ち悪いって思われたくなくて我慢してた。その反動か、今日はバスケ部のみんなや他校のやつと話したりしないで、そばにいてほしい――って思っちゃうんだ」
「へえ……なんだよ、おまえ。嫉妬したのかよ」
どうせ「やだなー、葵ったら。嫉妬だなんて僕がするわけないじゃん!」なんて返事が来る。そう思いながらも尊が肯定してくれるんじゃないかって頭の片隅で期待する。
「……そうだよ、悪い」
瞬間、心臓が口から飛び出すかと思った。
「きみのことを独占して、誰にも渡したくないとか、ほかの人に目を向けないでほしいって思ってるんだよ。引く?」
「別に引いたりしねえよ。俺だって……おまえが女子にチヤホヤされてるときとか、そう思ったから……」
最後のほうになるにつれて気恥ずかしさとか、自信のなさとかで小声になってしまった。
妙に気まずい空気が流れる。尊は黙ったままでいて何も言ってこない。
卵を入れた鍋のお湯がボコボコと音を立てている。
こういうときこそ、おちゃらけて適当ことのひとつや、ふたつ言わねえのかよと内心悪態をつきながら、包丁を手に取って具材をふたたび切り始める。
葵も菜箸を小鍋に突っ込んで卵を転がした。
「……そろそろ卵、出してもいいんじゃねえの?」
「うん、そうだね」と葵は火を止める。湯気の立っている小鍋をシンクに起き、レバーを上げて蛇口から勢いよく冷水を出す。次第に湯気は消えていった。尊は小鍋の中に手を突っ込んで卵の殻を淡々と剥いていく。
俺は内心くすぶりながらツナ缶を開けてボウルの中へ投入する。切ったきゅうりと合わせてマヨネーズと胡椒を入れて、ともに混ぜていく。
「マヨネーズ、こっちにもちょうだい」
「ん? ああ――ほらよ」
「ありがと」
そうしてサンドイッチの具材ができあがった。
レトルトのコーンスープの素に熱々のお湯を入れて、安売りしていた食パンに各々具材を挟んで、昼食をとる。
まるで喧嘩をしたときみたいに尊は口数が少ない。黙々とハムやらツナ、たまごなんかをパンに挟んでバクバクと食べていく。
変なことを言ったりしたから、いやな思いをさせたのだろうか? それとも、やる気が削がれたとか……と悶々と考えながらスープをチビチビと口に含む。
せっかく、ふたりきりになれたのに、ぜんぜんイチャイチャできねえ。キスもしてねえし、こんな雰囲気になるんなら、いっそ父さんたちについていけばよかった。
カップの中に入っている黄色い液体を見つめながら、なんて切り出したらいいかについて思い巡らせる。
「なあ、尊」「ねえ、葵」
俺たちは同時に話しかけてしまった。
「なんだよ、おまえから言えよ」
「いいよ、別に。大したことじゃないから」
「はあ? 大したことじゃないとかなんだし、それ。言いかけてやめるとか、ありえねえんだけど」
「ちょっと葵、その言い方はなくない? 僕は葵に『先に話していいよ』って譲ったのに」
「んなもんいらねえよ、ふざけんな! 水くせえやつ!」
「きみこそ、その言い方はないだろ! 人の好意を無下にして!」
お互いに立ち上がり、睨み合う。
まるでガキのときにやった、にらめっこでもしてるみたいで、つい吹き出してしまう。
葵のほうも同じだったようで口元に手をやり、肩を震わせている。
「やべえ、マジで何やってんだろ、俺ら。……バカみてえ!」
「だね! 葵ってば……めちゃくちゃキレた顔してて……わけ、わかんないよ!」
ケラケラ笑っている尊に肩をバシバシ叩かれて、俺は目に溜まった涙をニットの袖で拭った。
「おまえ、マヨネーズがついてる手で触んなよ……ベトベトになるだろ!」
「あっ、ごめーん。わざとじゃないから許して!」
1
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。



家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる