今宵、百合の庭園で……

鶴機 亀輔

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第3章

幸福な男5

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「葵……なんで頭突きなんて……」

「おまえが大学で返すなんて悠長なことを言うからだ!」

 俺はしゃがみ込んで傘を尊へ返した。

「三ヵ月の間、俺を待たせたぶんを、高校にいる残りの三ヵ月で取り戻そうって思わねえのかよ!? 俺が隣で寝てる間、おまえは素数を数えたり、おばさんやおじさんの裸でも想像して、俺を抱かないように我慢するってことか?」

「いや、そんなことはしないよ!」

「じゃあ、なんでせっかくのチャンスを逃すんだよ? おまえはゴールできそうだって思ったら、ゴールをしに行ったり、チームの仲間にパスしたりするだろ。今のおまえは敵がゴール前にいないし、カットやディフェンスもしに来ないチャンスなのに、ただボールを持って突っ立ってるような状態だぞ」

 なんともいえない表情をしている尊の手を取り、立ち上がるのを手伝ってやる。

 尊は傘を持ちながら立ち上がり、ため息をひとつ、ついた。

「その例えはどうかと思うけど?」

「ほっとけよ! で、おまえは大学入るまで清く正しくな恋愛交際をするつもりなわけ?」

「……きみは、それでいいの? すごく痛い思いも、苦しい思いもするかもしれないのに……」

 涙目になっている尊の緑の目を見つめながら、「どうだろうな?」と俺はわざと尊に意地悪を言う。「それは今後のおまえ次第だろ。おまえは、ずっと俺のことを待ってくれてたわけだし」

「それは……」

「……俺だってな、おまえとそうなる日を考えたのは一度や二度じゃねえんだよ。俺は女になりたいと思ったことは一度もねえ。おまえがいなければ普通に女の子に恋をしたと思う。普通に付き合ってたら、キスしたり、それ以上のこともしたんじゃねえかな。けど……女の子を可愛いと思えど、そういう妄想もできねえし、付き合いたいって気も起きねえ。おまえとバスケしてる時間や練習したり、みんなと盛り上がって話したり、色気もないデートして、子供みたいなキスをしてる時間のほうが大切だったから。それと……俺はおまえを抱くほうじゃなく、抱かれるほうで、ずっと考えてた」

 本当はもっと回りくどい言い方じゃなく、ストレートに言いたい。いつもバスケの話とか、他愛もない話をするときのように、尊が誤解しないよう、ちゃんと伝わるように話したかった。

 だけどノリで男友達と猥談するときとは違う。

 自分のそういうことについて初めて恋人に話す気恥ずかしさや、こんなことを言って引かれないだろうかという不安のせいで、うまく言葉にできない。

「そうやって期待するくらいには俺だって、おまえのことを待ってたんだよ。だから……」

 言葉を紡ごうとしたら、尊の唇がかすかに俺の唇に触れた。

 熱くて、ふわふわして、尊の香りがいつもより近くに感じられる。長いまつ毛や筋の通った鼻もすぐ側にあって、もっと尊の側にいきたいという気持ちになる。

 でも尊の唇は、すぐに離れていってしまった。それを名残惜しく感じながら、ここがどこであるかを思い出す。

 だけど手を繋いで隣を歩きたいと思う気持ちはあった。そして尊も同じことを思ってくれていた。

 俺たちはさっきと同じように恋人繋ぎをする。まるで何事もなかったかのような顔をして、家までの道をゆっくり歩いた。

「……賂チューとかマジでねえんだけど。誰かに見られたり、面白半分で写真撮られたら、どうすんだよ?」
 
「そうだね。まずは穏便に『写真を消してください』ってお願いするかな。それでも、お願いを聞いてくれるどころかSNSやブログにって話になったら、その場で相手の持ってるスマホかカメラを壊す。SDカードなんかのデータのほうをね」

「ずいぶん過激だな! 相性の悪い敵対チームのやつに煽られて、煽り返すときと同じくらい、最悪だ」

 尊のブラックジョークに吹き出しながら、「クラウド上にデータ残してたら、どうするんだよ?」と訊いた。

 まじめな顔をして尊は「そいつが葵の写真を使う前に、もちろん仕留めるよ」と笑う。「そいつが家族や恋人、友達に遺言を残してデータを使うように指示して、そのデータを使おうなんて考えるやつがいたら、そいつもあの世行き。もしも葵の写真が上げられても、上げられなくても、僕の知り合いにデータを消してもらう。証拠隠滅だ」

「なんだよ、それ。そんなのできるわけねえだろ! つーか、おまえ、たかが写真一枚で、そこまでやるか?」

「だって無断で僕の葵の写真を使おうとするんだよ。僕が『消してください』ってお願いまでしてるのに。そんなの許せるわけないでしょ」

 尊の筋肉がついていて、引き締まっている腕を肘で突く。

「どの口が言うんだよ! おまえが所構わずキスしなきゃ、そんな写真も撮られるわけがねえんだよ!」

「痛い、痛い」と言いながら尊は、うさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねた。「それは無理なお願いだよー。葵が可愛い顔して、美味しそうな唇をしてるのが悪いんだから。おかげで、いつもキスしたいって思っちゃう」

「なっ!? 何を言って……」

「はい、隙あり!」

 チュッと音を立てて頬に口づけられる。嬉しいけど、なんだか悔しい気持ちになって、俺は尊の手を離してひとりでズンズン歩いていく。

「俺のことを可愛いなんて言うのはな、この世界では、おまえだけなんだよ。バーカ!」

 そうして走り出せば、「葵、危ないよ! 風邪引いたら、どうするの!?」と尊が傘を片手に追いかけてきた。

 今年は――恋人とふたりだけで年末年始を送られる。尊と飯を食ったり、お参りに行くだけじゃない。買い物デートをしたり、一緒に飯を作ったりしながら、こたつでのんびりみかんを食うんだ。

 誰にも邪魔されることなく、思う存分にいちゃつける。朝まで徹夜でゲームをするんじゃない。恋人らしいことをして夜を明かす。

 その事実に胸が踊る。

 後ろから尊に抱きつかれたかと思えば、「次は葵が鬼ね」なんて小学生の頃みたいに鬼ごっこをして、雪玉を作って投げたりしながら照明灯のつく夜道を歩いていった。
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