今宵、百合の庭園で……

鶴機 亀輔

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第3章

幸福な男4

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 尊は、いつものように俺がお決まりのセリフを口にすると思ったのだろう。だけど今日の俺は違う。

「そうだよ、おまえと同じベッドで一緒に寝たいと思ってる」

 すると尊は一瞬、石のように固まった。それから「そっか、そういうことか」と笑顔でうなずく。「さては葵の家のストーブ、とうとう壊れちゃったんだね。年代物で古かったからなー。もう修理の人は呼んだの? 猫や犬を飼ってないもんね。僕をペット代わりにして暖を取るつもりでしょ!?」

「ちげえよ、第一ストーブは壊れてねえ」

「じゃあ、ひとりでうちにいるのが怖いんだ! しょうがないなー。僕が葵の部屋で一緒に寝て上げる。お客様用のお布団、干しておいてね」

「俺は幼稚園や小学生のガキじゃねえぞ。ひとりで夜、眠れなくなると思ってるのかよ?」と訊けば、尊は困ったような顔をして傘を持っていない手で頬を掻いた。

「あのさ、葵」

「なんだよ」

「僕はバスケが好きで、たまたま学校の勉強もできる普通の男子高校生だ。確かに男女関係なくモテるけど、葵以外の人間には一切興味がない。でも聖人君子じゃないんだよ。きみと同じベッドで寝て、添い寝だけで済めば、スマートでかっこいいと思う。理想としては、そうしたいよ。だけど、そんなの……絶対、無理」

「おまえは、マジで俺が添い寝だけを求めてるって思ってるわけ?」

 すると尊の顔はさっと赤くなる。「いいの?」と、か細い声で自信なさげに訊いてきた。ギュッと強く手を握られ、俺も尊の手を握り返す。

 どちらからともなく普通の手繋ぎから恋人繋ぎをして顔を見合わせ、足を止める。

「葵を抱いて、僕のものにしてもいいの……?」

「逆に訊く。おまえは十八になっても俺にキス以上のことをして来なかっただろ。バスケがあるからとか、俺の勉強の成績が落ちないようにとか、制服姿でラブホに入ると学校にバレる、親がいつも家にいるって、いろんな理由をつけては俺ともっと先に進もうとしなかった。それは俺に魅力がなくて飽きたから? それとも、そういうことが好きじゃなくて、プラトニックな関係でいたいからか?」

「どっちも違うよ」と尊がゆっくり、頭を振った。「どうやれば男同士で繋がれるのか、ネットとか本なんかで調べて見たんだ。だけど、すごく準備をするのが大変そうだし、抱かれるほうはすごく負担がかかるって話で……」

「それで今日までキス止まりってわけ?」

「うん、そうなんだ」

 珍しく情けない表情をして尊が瞬きをした。

 俺は尊の口にした言葉をしゅんじゅんして、何を言うかを考えてから唇を湿らせた。

「だったら相談のひとつでもしてほしかったよ」

「そうだね、葵の言う通りだ。不安にさせた?」

「まあ、な……俺は自分の容姿や性格に自信たっぷりってわけじゃねえんだ。尊が浮気をするやつじゃねえし、俺のことを好きでいてくれてるとわかっていてもモテモテだから、ときどき不安になることもあった。かといって俺にも人並みに性欲はある。恋人とイチャイチャしたり、身も、心もひとつになりたいって思うんだ。けど高校に入ってから、おまえが性的な話題について避けてるのがわかった。無理して俺に合わせようとして、『十八になるまでエッチなことはしない』って約束をしたのかと思ってた」

「ごめん、いやな思いをさせちゃったね」と尊が暗い表情を浮かべる。

 俺は尊の謝罪の言葉なんていらなかった。そんなことをするくらいなら、いっそ新しい約束をしてほしかったんだ。

「謝るなよ。それよりも質問に応えてくれねえか」

「何、なんの質問?」

「俺が、おまえに抱かれて、おまえのものになったら、その後――おまえは俺のものになってくれるのかよ?」

 突然、尊は宙に向かって傘を放り投げた。

「おい! 何してるんだよ!? 人がいたら危ないだろ!」

 俺は尊の手を解き、白い雪の中に落ちていった折りたたみ傘を取りに行こうとして、尊に手を引かれる。

「なるよ!」

 バスケの試合の最中でもないのに大声で尊は叫んだ。

 目を見開いて呆然とする。その間に体を対面する形に動かされ、両手をギュッと握りしめられる。

「葵だけのものになる。約束する……! だから……だから、葵も……僕だけのものになって」

「……おまえ、マジでおせえよ。九月の誕生日のときに、その言葉を言ってほしかった。三ヵ月以上も待ったんだぞ」

 俺は嬉しさや切なさなんかが込み上げてくるのを感じながら、目をつぶって尊の肩に額を寄せた。

 どんどん雪の降る量が多くなってきているし、冷え込んできている。それなのに、指の先まで熱く感じて、どうにかなりそうだ。

「責任……取れよな」

「取る、取るよ! だけど、どうしたら三ヵ月間を取り戻せるかな? それは大学生になって来年度に持ち越しでも――」

「バカ言ってんじゃねえよ!」

 俺は顔を上げて、ゴツン! と尊の額に自分の額をぶつけた。

「いっ! いったあ……」

 パッと俺の両手を離した尊は両手で自分の額を押さえて、その場にうずくまった。

 俺は、雪の中にポツンと取り残された濃紺色の傘を取りに行き、尊のところへ戻る。
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