今宵、百合の庭園で……

鶴機 亀輔

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第2章

天使と恋する時間5

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「つらくないと言えば嘘になるよ。でも、葵ちゃんのそばにいられなくなったり、話せなくなるほうがずっと、ずっとつらいから……。それに、みんながみんなっていうわけじゃないけど恋人になって別れても、その後で友だちに戻る人たちもいるし。そこからもとさやカップルなんて話もあるって聞いたから」

 器用に右目でウインクなんかしながら尊は答えた。

「“転んでもただじゃ起きない”っつーやつ? おまえ結構、俺に対してふてぶてしいところあるよな」なんて皮肉を俺が口にしても、尊は怒ったりせずに笑顔でいる。

「だって葵ちゃんの一番になりたいからね。手段なんて選んでられない。なりふり構ってられないよ」

「……そうかよ」

「うん。もしも恋人になったとしても僕からは絶対にエッチなことはしないよ。無理やり強要するのは趣味じゃないし。キスだって、したくなっても最初のときは、必ず葵ちゃんに『してもいい?』って確認とってからする。約束するよ」

 いつもひょうひょうとしていて余裕があるところが小憎らしくもあり、尊の魅力でもある。いつも尊には勝てた試しがない。手玉に取られている。そんな気がしてしゃくさわるなんて思いながら、それを喜んでいる自分がいる。

「……だったらいい」

「えっ?」

 間の抜けた声を出して尊が目を丸くする。

「約束を守るっつーんなら、おまえと付き合ってもいい。……恋人になるって言ってんだよ」

「ほんと? 葵ちゃん、僕の恋人になってくれるの?」

 訊き返しながら尊は、ペットボトルを持つ俺の手に触れてきた。

 綺麗なツラをしてるけど、いつの間にか俺よりも一回りデカくなった手。ボールをダンクし、ネットにシュートをキメているあの手はひんやりとして、サラサラとしていた。

 試合の喜びを分かち合うために拳を突き合わせたり、ストレッチをしたり、ふざけて腕相撲をした。尊と触れることは、しょっちゅうあった。

 けど、改めて尊と恋人になることを意識しているせいだろうか――俺の心臓は馬鹿みたいに大きくドキドキと音を立てている。

「そうだよ。文句あるか? 今さら冗談とかそういうのは、なし……」

 話している最中に尊に強い力で抱きしめられ、手の中にあったペットボトルが地面へと落ちていった。

「お、おい! いきなり何すんだよ!?」

 腕の中から抜け出そうとしても、ギュッと息ができなくなるらいに抱きしめられて、逃げ出すことはできなかった。

「……夢じゃないんだよね?」

「こんな真っ昼間の公園でふたりして同じ白昼夢でも見るのかよ?」

「そういうことじゃないけど……信じられなくて。後から『じつは今までのことは夢でした』なんてことになったら、いやだから」

 泣き出す前の子供みたいな声でつぶやく尊が、なんだか可哀想で、いじらしく思う。俺は尊の背中に腕を回して尊のことを抱きしめ返した。

「俺だって、やだよ。後から『ジョークだった』なんて言ったりしたら、おまえのこと、ぜってぇ許さねえし、口もきかなくなるからな」

 尊が腕を緩めて俺の顔を覗き込んだ。

「そんなこと絶対しないよ。葵ちゃんのことが好きだから」

 鼻先が触れるほどの距離で話しかけられ、まるで獲物を仕留めようと狙う狩人のような強い目線で射抜かれる。

 天使のような見た目をしていても、こいつも男なんだ。

 そう思ったら、怖いわけでもないのに背筋がゾクゾクして、身体が異様に熱くなる。俺は目線を外し、尊の腕の中から逃げる。

 地面に落ちていたペットボトルを慌てて拾い、カバンを手にして立ち上がった。

「俺だって、おまえのことを嫌いなわけじゃねえんだからな! つーわけで今日から俺とおまえは恋人同士だ。ほかの女のところへ行って浮気なんかしたら、ただじゃ済まねえからな。そこんところ覚悟しろよ!?」

 頭の中がテンパって変なことを口走ってしまった。

 すると尊がくすくすと声を立てて笑いながら、俺と同じようにベンチから腰を上げた。

「浮気なんてしないよ。僕には葵ちゃんしか眼中にないんだから」

「んなもん、わかんねえだろ! おまえだって美人やめちゃくちゃ可愛い子に言い寄られたら、鼻の下を伸ばしてフラ~って」

「ならないよ、僕は葵ちゃん一筋だからね」と言い切る。すでに飲み干して空になったペットボトルを自販機の横にあるプラスチック製のゴミ箱へと入れた「じゃあ、今日が交際一日目だね。さっそく、おうちデートでもしようか。葵ちゃんの部屋に行ってもいい?」

 俺は尊の積極性にビックリして大声で喚き散らしてしまった。

「な、なんだよ!? キスするのも俺の許しがなきゃしないって言ったのに、いきなり人の部屋でデートって! べ、ベッドで寝たりとかは、諸々準備するものが……まさか! おまえ、もうすでに準備済み……」

「何言ってるの? 葵ちゃん」

 困惑気味の尊が眉を下げる。

「今から僕が勉強を見るって話だよ。『塾に通わせるお金はない』っておじさん、おばさんたちも言ってたし。僕が家庭教師の代わりになって葵ちゃんの成績が上がれば、同じ高校に行ける。まだ間に合うよ! それに、おじさんとおばさんの仲の僕の株もうなぎ登りだから一石二鳥だね」
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