今宵、百合の庭園で……

鶴機 亀輔

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第2章

天使と恋する時間3

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   *



 そうしてついた場所は公園だった。なかば強引にベンチに座らされる。

 尊はリュックから財布を取り出し、自販機の前に立つ。ピッ、ピッと操作音がして飲み物がふたつ落ちてきた音がする。ペットボトルのサイダーとコーラを手にした尊が無言のまま、こっちへ戻ってくる。

「はい、葵ちゃん。サイダーのほうね」と笑顔の尊が水滴の付着したペットボトルを渡してくる。

「あっ……サンキュー」

 返事はないまま、尊が俺の左隣に座った。ペットボトルのコーラの蓋を開けると檔案の抜ける音がした。喉仏がうっすら出ている喉を動かして、尊は黒い液体をゴクゴクと飲み干していく。

 喉が異様に渇いているのは、さっき走ったせいなのかと自分に自問自答しながら、手の中にあるひんやりとしたペットボトルへと視線を落とす。

「……飲みなよ。水分補給しないと脱水症状起こすよ」

「わ、わかってるよ。ありがたく飲む」

 蓋を回して開け、ペットボトルに口をつける。しゅわっと冷たい炭酸が口の中いっぱいに広がり、パチパチと心地よく弾ける。サイダーが嫌いなわけじゃない、むしろ好きなくらいだ。バスケや体育の授業が終わった後に飲みたいなと思ったり、放課後買って飲むことだってある。喉だってカラカラに渇いている。

 でも、ちびっと口に入れただけ。飲む気なんかぜんぜん起きなくて、すぐに蓋を締めた。

 目の前のだだっ広い広場には人っ子一人いない。

 ミンミンゼミの声は耳をつんざかんばかりの大合唱だ。

 汗をかいて身体が冷えてきたのか手足が冷たく感じる。横にいる尊は無表情のまま、だれもいない広場のほうを一心不乱に見ている。

「……怒ってるか? さっきのこと」

「……怒ってるよ。なんであんな危ないことをしたわけ?」

 尊の目線は俺のほうには向かないし、表情も変わらない。

「尊を困らせたいなって思って……」

「そんなことで車に轢かれたら、どうするの? もし、僕が葵ちゃんの腕を引っ張らなかったら、おじさんが言っていたように今頃病院のベッドの上だったからも知れない。そんなことになったら、苦しむのは葵ちゃんなんだよ」

「わかってるよ」

「ううん、わかってないよ」と言葉を否定されてしまう。「一歩間違ってたら、もう歩けなくなっていたかも知れない。打ちどころが悪かったら命を落としてたかも……そんなことになったら、僕はどうしたらいい? 葵ちゃんと一緒にいたくてバスケだってやってるのに……バスケも何もできなくなっちゃったら、どうしたらいいの」

 そうして尊はようやく俺のほうへ顔を向けた。今にも泣きそうな目で、キュッと形のいい薄い唇を嚙んで、何かを堪えるような表情を浮かべている。

「ごめん、悪かったよ」ととっさに俺は謝罪の言葉を口にした。だが、尊は駄々をこねる子どものように「許さないんだから」と拗ねた口調でそっぽを向いてしまう。

「尊……」

「葵ちゃんは僕の気持ち、わかってくれないね。僕は葵ちゃんのいない世界じゃ生きていけないんだよ。それなのに、すぐにそうやって僕を試すようなことをする。たしかに葵ちゃんの嫌がることをした僕も悪かったよ。だからって、あんなことをされたらたまらないよ。肝が潰れるかと思ったんだから……命がいくつあっても足りないよ」

「もうあんな危ねえことは二度としねえから。機嫌、直してくれよ」

 泣き言を言えば、唇を尖らせた尊がもう一度こっちのほうに顔を向けた。

「ほんと? もう二度としない?」

「ああ、約束するよ」

「約束だからね。絶対、もうあんなことしないで」

「もちろん。俺だってあんな怖い思い、二度としたくねえもん」傍らにペットボトルとカバンをやり、頭の後ろで手を組んで空を仰ぐ。積乱雲が見えて、もう少ししたら雨が降って、少しは涼しくなるのかなと空を眺める。

「……このまま葵ちゃんが消えちゃうのかと思ったら、目の前が真っ暗になったんだ。もう……言えなくなっちゃうのかなって思って」

「なんだよ、俺に恨み言でもあるのか?」

「違うよ。恨み言なんかじゃない」

 青空を眺めるのをやめて隣りにいる尊をチラと見る。まるでバスケの試合をしているときみたいな真剣な表情をしている。

「葵ちゃんのことが好きなんだ」

「……へ? なんて?」と俺は尊の言葉が理解できなくて間抜けな声を出した。ゲームをしている最中に、背後から声を掛けてくる母親の言葉を訊き返すみたいな返事をする。

「葵ちゃんのことを恋愛対象として見てるから、恋人になってほしいって思ってるんだ。葵ちゃんは……僕のことをどう思う? 気持ち悪い?」

 姿勢を正して座り直し、こっちをじっと見つめてくる尊の新緑を思わせる緑色の目が潤んでいる。

 告白なんて十四年間生きてきて一度もない。デートに誘われることもなければ、バレンタインに母親以外からチョコをもらったこともない俺は、夢でも見ているような心地で目の前にいる天使のような男を凝視する。

「嘘告……じゃねえよな」

「そんなことしないよ。僕が葵ちゃんにひどい意地悪をしたことがある?」
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