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第2章
天使と恋する時間1
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結局、吉野とは修了式になっても話せなかった。
彼女は学年が上がってからも学校へ来ることは、ついぞなかった。
小学校の六年になってクラスが変わり、弘樹と話す機会はますますなくなった。弘樹と仲のよかったことなんて夢だったみたいに、尊といる時間がグンと長くなった。両親よりも尊と過ごす時間のほうが長いくらいだ。
小学校を卒業した後も、家が隣同士である俺と尊は同じ地区の中学に通うことになって、毎日顔を合わせていた。
俺はバスケ部に加入。断然ベンチにいることのほうが多かった。けど、練習試合や地区大会で監督に出してもらうことも少しだけどあった。
もちろん尊もバスケ部に加入した。もちろん、俺なんかよりも身体能力抜群なあいつは一年時点でスタメン。試合でもガンガン使ってもらって大活躍だ。勝利の女神に愛されているではないかと思うほどに驚異的な力を発揮し、チームを勝利へと導くエースとなった。
普通なら後輩がスタメンでエースなんて、先輩たちから嫉妬されたり、やっかまれて、皮肉や嫌味を言われる。ひどい場合は嫌がらせを受けても、おかしくない。
だが、尊は現実離れした中性的な見た目をした美少年だ。まるで絵画に描かれた天使のような容姿をして、まわりに美しい花々やキラキラした光を発している錯覚すら覚えるような相手だからか、相手も毒気を抜かれてしまう。
何より天は二物を与えずなんて言葉が嘘だと体現している人物だ。
老若男女、人から好かれる性格をしている。ベンチにいる先輩たちも、スタメンである先輩たちも立てる謙虚な姿勢でいる。異性・同性問わずモテるはモテる。
漫画やアニメでしか見ないと思っていた靴箱にラブレターが入っていたりするし、SNSやメールなんかで告られるのはデフォルト。他校の子にまで声を掛けられている。
あいつが女子から告られる姿を三年間、ずっと見続けてきた。なんなら、尊に気があるんじゃないかという男たちの姿も……。
それで勉強もできて品行方正なのだから、大人たちも完璧に尊に信頼を置いている。うちの親なんか、じつの息子である俺よりも尊を猫可愛がりしてるくらいだ。
そうして季節は巡り、俺と尊は中学三年になった。
*
「あー……マジか」
まずい、非常にまずい。
俺は学校の冷たくもない机に頬を寄せ、紙切れを見つめた。
高校受験を控えている夏の模試。結果は散々だった。
――偏差値28。尊と同じ高校は最低でも偏差値55が必要だ。
というか、尊の志望校に距離が近い滑り止めの高校だって偏差値35は必要なのに、それも届かない……。
一学期の期末試験だって全部赤点だ。
担任から「志望校はどうするのかな?」と圧力をかけられた。
「ろくすっぽ教科書も開かないで、バスケばっかしてるかよ!」と母親からも大目玉を食らったばかりなのに、これはヤバい。
今だって補習を受けている最中なのだが、ぜんぜんついていけない。
英語がチンプンカンプンなのは仕方ないにしても、それ以外の科目もさっぱりだ。先生が俺と同じ日本語を喋っているなんて、絶対に嘘だ。異世界で使う魔法の呪文を唱えているようにしか聞こえない。何を言っているのか理解できなくて脳がフリーズする。
「どうすっかな……中学浪人なんかしたら……母さんに殺される……」
うんうんうなって頭を掻いていれば、俺の手の中にあった紙がひょいと持ち上げられる。
「うっわー、葵ちゃん。これはひどいねー……」
「みっ、尊!」
後輩たちに「アドバイスをしてください!」と頼まれ、受験の気分転換にバスケをしに行っていたはずの尊が教室に帰ってきた。しかも、俺の恥ずかしい成績が記された模試の結果を手にしている。あわてて立ち上がり、奪い返そうとする。
が、小学生のときと打って変わって尊のほうが俺よりも十五センチメートル以上背が高い。おまけにスタメンエースだったから反射神経が無駄にいい。俺が模試の結果を取り返そうと手を伸ばしても、難なくかわす。
挙句の果てに、人に聞かれたら顔から火が出てしまうような結果を、読み上げ始めた。
「母国語である日本語のテストなのに国語が15点……数学にいたっては5点。残り半年でキツイねー」
「うるせえ、ほっとけ!」
乱暴に模試の結果を取り返し、適当に丸めながらカバンに入れて、教室を後にする。
「あっ、葵ちゃん。待ってよー」
後ろから尊の声がするが、頭がかっかしている俺は尊が来るのも待たずに廊下をズカズカ歩く。両手を黒のスラックスのポケットに突っ込んだまま階段を駆け足で下りる。だが……「もう先に行っちゃうなんて、ひどいな!」
学校で一番足の早い尊は、あっという間に俺に追いつく。
バスケをやってきたからか額や髪、顎先にも汗をかいている。それなのに、ぜんぜん汗臭くなくて、清涼な香りがする。夏の風物詩であるサイダーや健康飲料を手にしてCMに出ているアイドルみたいに、汗をかいている姿も様になるのだから、ずるい。
そんな尊を目にして俺の胸は乙女みたいに、ときめく。わざとムッとした表情のまま、無言で靴箱に入っていた踵を履き潰した白のスニーカーに足を入れ、帰路につく。
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