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第1章

最初の三人5

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「尊?」

 俺の隣にいた尊が何を思ったのか立ち上がる。何を考えているのかわからない表情で赤松に一歩、一歩近づいていく。

「……きみは間違っているよ」

「なんだと?」と赤松が般若のような形相で尊に視線をやる。

「こんなことをすれば、どうなるかはわかってるはず。やっちゃいけないことをやったら……罰を与えられるんだよ」

「てめえ、平田!」

 頭に血が上った赤松は、そのまま尊の胸倉を摑んで拳を振りかざした。だが――「おい、いったいなんの騒ぎだ!」

 担任が教室へ駆け込んできた。

「赤松、おまえ……何をしようとしている?」

 顔面蒼白状態になった赤松は尊を放すと担任に向かって自己弁護をし始めた。

 だけど西屋のカメラが回っていて、赤松たちの言動や行動の一部始終をカメラに収めていた。ほかのクラスの子どもたちの目撃証言もあり、赤松たちはいじめをしていないと言い逃れができなくなった。



 そうして赤松は散々人をいじめてきたことを指摘され、因果応報で学校から居場所がなくなった。

 あいつの両親も、ほかの子どもたちの保護者から責任を追求された。

 結局、赤松は父親の転職を理由に他県へ引っ越していったのだ。



 尊のおかげで俺たちは赤松の圧政から解放された。

 みんな、尊の勇気ある行動を称賛し、尊敬した。

 これにて一件落着。



 それなのに……吉野は、いつまで経っても学校へは来なかった。いじめを行った赤松がいなくなったというのに不登校となった。

 何度か俺は、尊と一緒に吉野の家を訪れた。宿題を渡しに行くのを口実に、犯人である赤松がいなくなったことを報告して、学校に来てほしいと言いに行ったのだ。吉野の母親は快く家の中に入れてくれた。だけど、吉野は一向に姿を見せてくれなかった。部屋の扉の前で話しかけてみても無言を貫いた。

 そして卒業式の日になってもクラスへ足を踏み入ることは二度となかった。

 弘樹も俺と絶交した日から次第に様子がおかしくなっていった。以前のような元気がなくなり、口数が減っていった。今まで仲よくしていた友だちとも距離を置くようになり、だれかと笑って話をする姿もほとんど見られない。静かにひとりで過ごすことが増えていったのだ。

 おまけに尊へは謝罪をしておらず、それどころか無視をしているという話も聞いた。いくら絶交したとはいっても元・親友だ。このまま弘樹が孤立するのはいやだった。だから俺は勇気を出して話しかけた。

「なあ、弘樹。……あのさ、」

「ふざけんな、葵。俺に話しかけるんじゃねえ」

「なっ!? なんだよ、その態度! おまえが最近クラスでぼっちになってるから心配で声を掛けたのに……その態度はあんまりだぞ!」

「いらぬお節介だ。おまえ、何もわかってないよ。吉野のことも、赤松のことも、おれのことも……」

 そうして弘樹は逃げるように俺の前から去っていった。

「葵ちゃん、何してるの?」

 急に後ろから誰かに抱きつかれて俺は変な声をあげてしまった。

「ふぎゃあああ! って怒った猫みたい。かわいい!」と尊がクスクス笑う。

 心臓がバクバクしている。俺は胸を押さえながら、後ろを振り返った。

「尊、驚かせるなよな……すっげえ、びっくりしたぞ!」

「えへへ、ごめんね」

 コテンと小首を傾げる天使みたいな姿を見れば、胸がキュンとして口元がニヤけてしまう。

「つーか、かわいいのはおまえのほうだろ。かわいいなんて言葉、俺には似合わねえよ」

「そんなことないよ。葵ちゃん、すっごくかわいいもん! 変な人に連れて行かれちゃったり、ちょっかい出されないか、僕、心配。気が気じゃないよ」と訳のわからないことを主張する。

「はあ? おまえ、目がおかしいぞ。十人中十人が、俺とおまえを見たら、おまえのことを『かわいい』って言うに決まってる。変質者だって俺みてえなクソ生意気なガキよりも、綺麗なツラしてるおまえのほうを狙うだろ」

 尊の言葉にあきれて物が言えない。

 でも尊は「そんなことないよ」なんて、のたまってる。「だって……食べちゃいたいくらいに、かわいいもん」

「今、なんか言ったか?」

「うん。『真島くんのこと、心配だなー』って言ったんだ」

 眉を八の字にしている尊の顔を見て、俺はむしゃくしゃしながら「あんなやつ、ほっとけよ!」と鼻を鳴らす。

「葵ちゃん、そんな言い方はないよ」

「知るか! 勝手にイライラして、ひとりでいるんだ。こっちが声を掛けたのに、冷てえ態度なんかとりやがって!」

「きっと真島くんにも何か事情があるんだよ。ねえ、そんなことより、ドッチボールでもしに行かない? みんな、グラウンドのほうで葵ちゃんのことを待ってるよ」

「マジか、行く! 尊も参加するよな!?」

「うん、もちろん!」

「おっしゃあ! どっちが先にグラウンドまで行けるか競争しようぜ!」

 そうして俺は廊下を走り、階段を駆け下りた。

「ま、待ってよ、葵ちゃん……!」と俺の後をついてくる尊の声に胸を弾ませ、心から声をあげて笑った。

 弘樹がどんな思いをして、ひとりでいたのか。その理由を想像もせずに、尊と楽しく過ごしていた。



 どうして気づかなかったんだろう。



 ガキだった俺は眼の前で起きていることだけを信じて、何が本当で、何が嘘か――真実を自分から知ろうとはしなかったんだ。
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