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第20章
勇気が欲しい3
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「当たり前でしょう! 何を考えているんですか!? いくらお父様からの剣が大切だからって、そんなものを持って城壁を上るなんて信じられません! もう見ているこっちが死にそうな思いをしましたよ……」
怪我をしないでほしいと心の中で祈っていた自分がバカみたいだ。そっぽを向き、腕を組む。絶対に許してやらないんだからと頭をかっかさせていれば、マックスさんの腕が前に回る。
「離してください」と拒絶し、距離をとることもできた。
でも――彼が、ここにいる。生きていると実感したら、ムカムカしている気持ちも嘘のように鎮まった。
単純な僕は、マックスさんが危険を冒しながらも会いに来てくれたことが、嬉しかったんだ。
開かずの間や戦場で事切れた人たちの姿が脳裏をよぎる。彼が、あんなふうになっていたら……と想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
マックスさんの熱い腕や背中越しに感じる体温、汗や土、血の臭いに混じって彼本人の匂いや草原を思わせる香りに安心する。
「驚かせて悪かった。頼むから、こっちを向いてくれよ」
そうして僕は、ゆっくりと体の向きを変えた。はちみつ色の瞳がじっと、こちら見つめてくる。たった数日離れていただけなのに、ずっと何年も会えていなかったような気持ちになる。彼が五体満足で戦場から帰ってきてくれた奇跡を実感する。無性に泣きたくなり、目の奥が熱くなり、鼻がツンとする。涙を見せたくなくて彼の胸に頬をうずめ、背中に腕を回す。
ギュッと彼の腕に抱きしめられ、心臓が鼓動を強く打っていることに、ほっと胸を撫で下ろす。
「お願いですから無茶をしないでください。僕のせいで誰かが命を落としたり、不幸になる姿は見たくありません」
「すまない。オレだってアレキサンダーさまや先生からおまえが幽閉され、魔族のもとへ連れて行かれると聞いたら、いても立ってもいられなくなったんだよ」とつむじに口づけられる。
「だからって壁を伝って来賓室へ侵入するだなんて無謀にもほどがあります。あなたに何かあったら僕は……」
そのまま僕たちは無言で見つめ合い、静かに唇を重ねた。何度も、何度も唇をついばむようにして、ゆっくりと互いの唇を味わい、存在を確かめ合う。どちらからともなく息を吐き、額を合わせる。ずっと、この時間が永遠に続けばいい。
だけど現実はそうはいかない。時間は刻一刻と過ぎ、明朝には僕は魔族のもとへ向かうのだ。
マックスさんの腕が離れていく。
気恥ずかしさから前髪を直しているとマックスさんの目線がテーブルの上にある食事に移る。
「なんだ、これ? まるで王族や他国からの来賓でも、もてなすような食い物だな」
「そ、それは!」
このまま「うまそうだ」とマックスさんが口に入れてしまうことを想像し、卒倒する。僕は食べ物を床へはねつけようとした。が、彼は僕が行動するよりも早く皿を手に取り、窓を再度開けてスープを外へ投げ捨てた。
「ったく、このどさくさに生じて毒の入った食い物を渡すとは、いい度胸をしてるな。まったく貴重な食材をなんだと思っているんだ。無駄にしやがって。血族であることを除いたってギルドの功労者に代わりはないのに、あいつら、これが敬意だとでも言うのかよ?」
マックスさんはブツブツ愚痴をこぼしながら次々と料理を捨てていき、まるで僕が完食したように見せかけ、食器を扉の外へ置く。
「あの……どうして毒が混入していると気づいたのですか?」
彼は医術に疎いのにと不思議に思いながら尋ねれば、「テーブルの上に変色した銀の匙が置かれているからな」と即答する。「クロウリー先生の友達に錬金術師がいる。そいつが鉱物の性質に詳しい。高貴な身分の食事や飲み物に毒を盛られるのもよくある話だ。今のおまえの立場を思えば、毒が入っている状況もおかしくない。ほら、こっちを食べろよ」
彼が指を鳴らすと黒パンと三角形のチーズに、焼いた塩漬け肉と酢漬け野菜の入った器が机の上に出現する。その横には瓶に入ったビールもあった。
「これはマックスさんが配給されたぶんでは?」
「いいや、違う。オレならちゃんと食べた。それはおまえに助けられた人たちやギルドの女からの差し入れだ。毒見も先生が魔術でやったから折り紙つきだ。安心して飲み食いしろよ」
「ありがとうございます……すごく嬉しいです。いただきます」
そうして僕はビールで喉を潤し、チーズや黒パンを食べて空腹を満たした。
「ずっと水鏡で外を窺っていました。メリーさんは大丈夫ですか?」
「ああ、やつなら元気だよ。先生と同じようにピンピンしてる。少し、ピーターが傷を負ったけどな」
「ピーターが!?」
「そうだ。仲間の槍兵を庇って矢傷を腕に負い、魔族に切りつけられた。でも、すぐに戦線離脱したから傷も浅い。今は救護班のとこにいて城の守りに徹してる」
「よかったです」
「それで――明日、おまえはどうするつもりだ? このままじゃ魔族に引き渡されちまうぞ」とマックスさんがベッドに腰掛け、指を組んだ。
怪我をしないでほしいと心の中で祈っていた自分がバカみたいだ。そっぽを向き、腕を組む。絶対に許してやらないんだからと頭をかっかさせていれば、マックスさんの腕が前に回る。
「離してください」と拒絶し、距離をとることもできた。
でも――彼が、ここにいる。生きていると実感したら、ムカムカしている気持ちも嘘のように鎮まった。
単純な僕は、マックスさんが危険を冒しながらも会いに来てくれたことが、嬉しかったんだ。
開かずの間や戦場で事切れた人たちの姿が脳裏をよぎる。彼が、あんなふうになっていたら……と想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
マックスさんの熱い腕や背中越しに感じる体温、汗や土、血の臭いに混じって彼本人の匂いや草原を思わせる香りに安心する。
「驚かせて悪かった。頼むから、こっちを向いてくれよ」
そうして僕は、ゆっくりと体の向きを変えた。はちみつ色の瞳がじっと、こちら見つめてくる。たった数日離れていただけなのに、ずっと何年も会えていなかったような気持ちになる。彼が五体満足で戦場から帰ってきてくれた奇跡を実感する。無性に泣きたくなり、目の奥が熱くなり、鼻がツンとする。涙を見せたくなくて彼の胸に頬をうずめ、背中に腕を回す。
ギュッと彼の腕に抱きしめられ、心臓が鼓動を強く打っていることに、ほっと胸を撫で下ろす。
「お願いですから無茶をしないでください。僕のせいで誰かが命を落としたり、不幸になる姿は見たくありません」
「すまない。オレだってアレキサンダーさまや先生からおまえが幽閉され、魔族のもとへ連れて行かれると聞いたら、いても立ってもいられなくなったんだよ」とつむじに口づけられる。
「だからって壁を伝って来賓室へ侵入するだなんて無謀にもほどがあります。あなたに何かあったら僕は……」
そのまま僕たちは無言で見つめ合い、静かに唇を重ねた。何度も、何度も唇をついばむようにして、ゆっくりと互いの唇を味わい、存在を確かめ合う。どちらからともなく息を吐き、額を合わせる。ずっと、この時間が永遠に続けばいい。
だけど現実はそうはいかない。時間は刻一刻と過ぎ、明朝には僕は魔族のもとへ向かうのだ。
マックスさんの腕が離れていく。
気恥ずかしさから前髪を直しているとマックスさんの目線がテーブルの上にある食事に移る。
「なんだ、これ? まるで王族や他国からの来賓でも、もてなすような食い物だな」
「そ、それは!」
このまま「うまそうだ」とマックスさんが口に入れてしまうことを想像し、卒倒する。僕は食べ物を床へはねつけようとした。が、彼は僕が行動するよりも早く皿を手に取り、窓を再度開けてスープを外へ投げ捨てた。
「ったく、このどさくさに生じて毒の入った食い物を渡すとは、いい度胸をしてるな。まったく貴重な食材をなんだと思っているんだ。無駄にしやがって。血族であることを除いたってギルドの功労者に代わりはないのに、あいつら、これが敬意だとでも言うのかよ?」
マックスさんはブツブツ愚痴をこぼしながら次々と料理を捨てていき、まるで僕が完食したように見せかけ、食器を扉の外へ置く。
「あの……どうして毒が混入していると気づいたのですか?」
彼は医術に疎いのにと不思議に思いながら尋ねれば、「テーブルの上に変色した銀の匙が置かれているからな」と即答する。「クロウリー先生の友達に錬金術師がいる。そいつが鉱物の性質に詳しい。高貴な身分の食事や飲み物に毒を盛られるのもよくある話だ。今のおまえの立場を思えば、毒が入っている状況もおかしくない。ほら、こっちを食べろよ」
彼が指を鳴らすと黒パンと三角形のチーズに、焼いた塩漬け肉と酢漬け野菜の入った器が机の上に出現する。その横には瓶に入ったビールもあった。
「これはマックスさんが配給されたぶんでは?」
「いいや、違う。オレならちゃんと食べた。それはおまえに助けられた人たちやギルドの女からの差し入れだ。毒見も先生が魔術でやったから折り紙つきだ。安心して飲み食いしろよ」
「ありがとうございます……すごく嬉しいです。いただきます」
そうして僕はビールで喉を潤し、チーズや黒パンを食べて空腹を満たした。
「ずっと水鏡で外を窺っていました。メリーさんは大丈夫ですか?」
「ああ、やつなら元気だよ。先生と同じようにピンピンしてる。少し、ピーターが傷を負ったけどな」
「ピーターが!?」
「そうだ。仲間の槍兵を庇って矢傷を腕に負い、魔族に切りつけられた。でも、すぐに戦線離脱したから傷も浅い。今は救護班のとこにいて城の守りに徹してる」
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「それで――明日、おまえはどうするつもりだ? このままじゃ魔族に引き渡されちまうぞ」とマックスさんがベッドに腰掛け、指を組んだ。
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