リスタート―三度目の正直―

鶴機 亀輔

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第9章

ギャンブル2

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「ほう……家族を売るのか。弱々しい容姿に似合わず、悪魔のようなことをするとは、恐ろしいやつだ」

 僕は自信満々に笑みを浮かべる。

「家族は……エドワードさまのことをよく思っておりませんでした。ですが僕はエドワードさまを愛しています。彼の心を取り戻せるのなら魔王様の配下に魂を売っても構いません」

 ビックゴブリンが酒樽を持ち上げて酒樽の栓を外し、一気飲みをしてた。

 空になった樽を僕のほうに投げ捨て、ガシャン! と音を立てて木組みが壊れる。木の破片が僕の肌を掠めて血が飛んだ。

 ビックゴブリンは手の甲で口元を乱暴に拭い、馬鹿笑いをした。

「やはり腐っても王の一族だな。小賢しいことを考えるのは、お手のものか! おまえの両親も愛息子が愛に溺れ、魔の道を進むとは思うまい。今も呑気に息子の安否を心配し、おまえが逆恨みしていることも、つゆ知らずと来た!」

「左様でございます。ですから彼らはビックゴブリンさまたちの要求をすぐに飲むでしょう。いかがでございますか?」

「ああ、実に面白い話だ」

 気分よさそうにビックゴブリンが返事をする。

 ゴブリンたちは、さっきまで気落ちしていたとは思えないほどに、機嫌よく大はしゃぎした。

「親分、さっそくクライン家へ伝書鳩を送りやしょう!」

「さーて、あいつらが身も凍りつくような脅迫文を書くぜ!」

 文章を書くのが得意であろうゴブリンが筆ペンとインクを取り出した。

「それも大変素晴らしい考えです。しかしながら両親や兄弟は僕の悪巧みに気づかないまま、今でも僕を大切に思っていいます。もしも人質交渉が失敗したり、ビックゴブリンさまたちの気が変わって僕をグサリ……! ということになれば、王の右腕として買われている僕の父が怒り狂うでしょう。騎兵隊長である兄の部隊がイワーク洞窟まで押し寄せ、ビックゴブリン様の部下殿の命を根こそぎ奪うやもしれません」

 するとゴブリンたちはピタリと動きを止めて、ビックゴブリンのほうへ視線を投げかけた。

「確かにそうだな。……魔王様が復活していない状態では、こちらにもいささか分が悪い。討伐なぞされては困る」

「ですからビックゴブリンさまが、僕の全財産をサクッとお手軽に手に入れられて、同時に悪魔の契約のように僕の生殺与奪の権利を自由にできる方法をお教えいたします」

 ざわりとゴブリンたちが色めき立つ。

 それでもビックゴブリンは用心深く僕の真意を探る。

「そのような、うまい話がそこら辺に転がっていわけがない。何を考えている?」

「どうせ僕は、ここで命が尽きる者です。ならば最期に皆様と楽しい時間を過ごしたいだけでございます」

「へえ、で、何をするつもりだい?」

 ビックゴブリンは僕に対して疑いの眼差しを向けるが、彼の部下であるゴブリンたちは、酒に酔い、僕の話に乗り始める。

「ギャンブル――でございます」

「ギャンブルだと?」

 ビックゴブリンは、いよいよ目を細め、僕のことを見定めるような目つきをする。玉座のような椅子の肘掛けのそばには、樹齢何百年もする木から作った大きくて太い棍棒がある。あれが猛スピードで飛んできて、頭を潰されれば――即死だ。

 身のすくむ思いをしながら「落ち着け」と自分に言い聞かせ、笑顔で接する。

「はい、人間の好む賭け事です」

「馬鹿を言え。あれはフェアリーランドでは違法とされているだろう!」「そうだそうだ、賭け事なんて人間たちの考えた愚かな遊びだ!」

 ゴブリンたちは次々にブーイングをあげた。酒瓶やテーブルの上にあった食べ物を僕のほうへ、むやみやたらに投げつける。歯を食いしばって痛みと侮辱的な行為を堪え、彼らに提案し続ける。

「確かに王はギャンブルを行った者を見つけ次第、厳罰に処すと法で定めました。しかし人間は、かくも愚かで業の深い生き物。やめろと言われて、たやすくやめられるのなら苦労はしません。そもそも皆様は人間でなく、魔王様に忠誠を誓っております。人間の定めた法が適用されましょうか?」

「それもそうだな」とゴブリンたちは互いの顔を見合わせた。

「勝者は、一夜にして王族に負けぬほどの財を手に入れ、敗者は無一文となりすべてを失う。ギャンブルを行う人間はリスクとスリル、そして一握りの者しか手にできない勝利と希望に、生きる喜びを見出すのです。それは甘露な美酒と同じように大変魅力的なものでございます。一度味わえば病みつきになるもの……だそうですよ」

 すっかりゴブリンたちは僕の言葉に耳を傾け、生唾を飲み込んだ。

「おい、そいつをさっさと始末しろ。今すぐにだ」

 何かを感じとったらしいビックゴブリンが、僕を殺すようにゴブリンたちに命じた。

 でも酒を大量に摂取し、理性のタガが外れているたゴブリンたちは、ビックゴブリンの言葉に待ったをかける。

「親分、どうせこいつの命は俺たちの手の中です」

「そうそう、最期くらい楽しい思いをさせてやりましょうぜ」

「それで、どうやっておらたちと楽しもうっていうんだい? あんたと親分のストリップショーなんざ、勘弁だ。そんなもんを見せられちゃ、おいらたちも盛り上がれねえよ!」
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