リスタート―三度目の正直―

第６章

大打撃２

「だって王様の親戚が庶民たちの仕事につけると思いますか？　そんなの雇い主が、いやがりますよ。そもそもエドワードさまに睨まれることを恐れるに決まってます」

「王宮で働けないだけでなく、城下町や地方の官吏としても働けないのは痛いよな……」

「まったく王様にも困ったものです。エドワードさまに甘過ぎます！　ルカ兄様、今、博士や教授たちの力を借りて抗議文と署名を集めていますから安心してください。スチュワートさまを始めとした文官棟の方たちも全員署名をしてくださいました。よかったですね」

「ああ、俺や父上はもちろん、俺の部下たちにも書いてもらった。ピーターも東奔西走して、おまえのために必死になっている」

「ビル……兄様……」

　頼もしい兄弟を持ったんだろうと心強く思う。それに、父様や、スチュワート様たちやピーター、ビルや兄様の仕事仲間の人たちの行動をありがたいと思う。

　――けど、これじゃ意味がない。僕が英雄を見つけないと結局みんな同じ結末を辿るのだから。

　ビルと兄様の励ましを受け、僕は膝の上に置いた両の拳を見つめる。

「ありがとう、ふたりとも……」

「それにしてもエドワードのやつ、こういうときだけ王様を頼るなんて、たちが悪いよな」

　瞬間ビルがとんでもない速さで兄様の頭を平手打ちする。

「ビル、何をするんだ!?」

「滅多なことを口にしないでください！」とビルが兄様のことを小声で叱った。「暗殺部隊にでも聞かれたりしたら、どんな目に遭うかわかっているでしょう!?」

「だってエドワードは俺より年下のくせに生意気で、性悪だろ？　昔から態度も悪いし、ろくなことをしないじゃないか！　アーサーさまやシャルルマーニュさまは俺より歳上で、尊敬の念を払いたいと心から思うくらいに、ご立派な方々だ。あのエドワードがルカに何をしたか、おまえだってわかってるだろう!?　騎兵隊でもあいつの悪口で、もちきり……」

「アル兄様！」

　ビルが大声で叫ぶと、とっさに兄様が両手で口を塞いだ。

「なんだ、兄様やビルもエドワードさまの性格や、よくない噂について知ってたんだ。ピーターだけじゃなかったんだね」

　ビルと兄様はお顔を見合わせ、ため息をついた。

「まあ、な。兵隊は騎士階級の連中や、それ以外の身分のやつも多いし。不謹慎極まりないが万が一、王様に何かあったときの話を、裏でしてるやつもいる。それに王子様方の訓練にも付き合うだから三人がどんな性格をしているか、わかるんだ。父上は王様や上級官僚以外の人間と顔を合わせることは、ほとんどないし、母上に至っては、そもそも王宮勤めをされていない。それでエドワードの本性を知らないんだ」

「僕たち学問を修める者も右に同じです。次代の王の候補者が、むやみやたらに民から搾取しないか、歴史を都合のいいように改変したり、書の弾圧や、学問を殺さつ戮りくの道具に使わないかを見定める役目があります。ですからエドワードさまが裏表のある人間だと知ってます」

「だったら、どうして止めてくれかったの？」

　なんだか僕だけ仲間外れにされたようで淋さびしいし、腹が立つ。つい棘のある口調で、ふたりを責めてしまう。

「僕は文官として王宮に出仕し、庶民や商人たちの上奏文や貴族や騎士の文書を相手にしてきた。でもエドワードさまのそんな話は一度だって聞いたことがないよ。それともエドワードさまの本性を文官棟の人たちも知って黙っていたのかな？　どうして何も言ってくれなかったの？　『あんなやつとは付き合うな』って言ってくれれば……」

「あなたが、あまりにも幸せそうな顔をしていたからよ」

　僕は、後ろを振り返った。

　陶器のポットとカップ、それからお茶菓子の載ったバスケットを手にしたアンナ義姉様が立っていた。

　すかさず兄様は、義姉様から陶器のポットとカップを受け取ってテーブルの上に置いた。

「どういうことでしょう？」

　義姉様はお茶菓子をテーブルの上に置くとポットを手にし、ミルクで煮出したミルクティーを人数分のカップに注いでいった。

「アルも、ビルくんも、もちろんわたしも、あなたが悲しむ顔を見たくないから何も言えなかったの」

「僕の悲しむ顔？」

「そうよ。ルカくん、エドワードさまのお話をするときに目がとてもキラキラして、すごく表情が生き生きしてたわ。あの方のことをを心から慕っているのが、話を聞いているわたしたちにも伝わってきた。だから――非情なエドワードさまも、恋人は大切にする方だって信じたの」

　義姉様の言葉は的を得ていた。初めて恋人ができたことに浮き足立ち、いつの間にかエドワードさまのことしか見えなくなっていたんだと気づかされる。

「恋は盲目よ。人を好きになる気持ちは誰にも止められない。たとえエドワードさまが噂通りのひどい人でも、ルカくんの恋心を魔法で消すことはできない。だから見守ろうって決めたの」

　兄様とビルが席を立ち、双子とおば様を呼びに行く。

　その間に義姉様は、湯気の立っているミルクティーの入ったカップを、僕の前へ置いた。