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第5章
終わりを告げる恋1
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僕の言葉を聞いた父様がパンにつけたバターを服の上に落として呆然としていた。
「エドワードさまとの交際を取りやめようと考えている」と両親に伝えたからだ。
母さまはスクランブルエッグを口にするのをやめ、フォークとナイフを八の字にして皿の上に置き、ナプキンで唇を押さえた。
「どうしたのですか? あれほどエドワードさまのことを恋い慕っていたというのに……喧嘩でもしたの?」
「違います。エドワードさまを思う気持ちが冷めてしまったのです」
父様は僕の言葉を耳にすると天を仰ぎ、額に手を置いて「なんてことだ」と嘆く。
母様も困ったような顔をして「何か心配ごとでもあるのですか? 大丈夫。夫婦や恋人でも倦怠期があります。時が解決してくれることだって、あるのよ」と僕の説得を試みた。
やっぱり……昨日ピーターの話を聞いたときも思ったけど、僕や僕の両親はエドワードさまの悪い噂を一切耳にしたことがない状態だ。きっとエドワードさまのそういう噂は王族や血族の耳には入りにくいのだろう。
エドワードさまが王位簒奪を考えているのなら、アーサーさまやシャルルマーニュさまだけでなく、王族の血を引く男を根絶やしにするはずだ。それか、位や金銭を収奪することによる無力化を彼なら考えるだろう。でないと自分が王になっても民衆が反乱を起こした際に、王家の血を引く人間がいると脅威になるから。
手始めに同性愛者である僕に近づいて王様からの信頼も厚く、王宮に出仕しているクライン家を潰す。そうすれば、ほかの血族への牽制もできるし、自然と殺す者と殺さない者の選別もできる。
エドワードさまが王位を手にするための最短ルートだ。
そんなことにも気づかないでいた浅はかな自分に嫌気がさす。
「あの方と添い遂げたいと言ったのは僕ですが、気持ちが変わりました」
「だから、そのわけを訊いているのだ!」
滅多に僕たち三兄弟を怒ることのない父様が、露骨に苛立った声を出す。
「先週だって、エドワードさまとデートをしたと話していただろう。それなのに、いきなり『気持ちが変わった』? そんな馬鹿な話があってたまるか! おまえはいったいどういう気持ちで、あの方との交際を始めた!? 子供のままごと遊びではないんだぞ!」
声を荒げ、右の拳で白いテーブルクロスがかけられた机の上を叩く父様の言葉は、もっともだ。
だからといって正直に『過去』の女神様のお力添えによって過去の世界へとタイムワープをしていること、あの方にもてあそばれたことを正直に言えるわけがない。そんなことは口が裂けても絶対に言えない。
僕は、机の下にある両の拳をじっと見て、父様に返事をする。
「そんなことは、わかっています」
「だったら――」
「ですが、もうあの方と一緒にいたくないのです。ともに生活を営むことなど、到底できません!」
「ルキウス!」
このまま父様と言い合いになるのだろうか? と思うと胸の辺りがズキズキ、痛んだ。
もしもこのまま口論になり、父様から「おまえのような息子は勘当だ!」と言われたら、どうしよう。
「あなた、よしましょうよ」
母様の穏やかな声に僕は、そろりと目を向ける。
優しい眼差しで、微笑みすら浮かべて母様は僕のことを見ていた。
「マリア……」
弱りきった声を出した父様が、母様の名前を呼んだ。
「ルキウスだって今年で二十三になるのですよ。幼子ではありませんわ。よく考えたうえで、わたしたちに話してくれた。そうでしょう?」
「そうです」
「きっと何かやむを得ない事情があって、そういう結論を導きだしたのですわ。今は話せなくても、いつかは話してくれる。わたしたちはただ、この子のことを信じてやりましょうよ、ねっ?」
母様の言葉に胸がジンとして、僕は顔を上に上げ、唇を噛みしめた。
「んんっ!」
喉を鳴らして父様が腕を組み、母様の言葉にうなずいた。
「おまえがいいと言うのなら、わたしから言うことはない。ルキウスとエドワードさまと別れる意思は固いのだな?」
「はい」
「王様は民にとっては、よき王であらせられるが、王子様たちのお父上でもある。そしてエドワードさまのことを目に入れても痛くないほどに溺愛している。どういう意味か――わかるな」
「覚悟でしたら、とうの昔にできております。文官の職を解かれ、王宮への出入りを禁止され、父様や母様、兄様やビル、オレインたちにまで迷惑を掛けることになるでしょう」
近くに控えていた若いメイドたちが「ルキウスさまは何を言っているのかしら」「さあ?」と話しているのが聞こえる。
オレインがわざとらしく咳払いをし、メイド長が若いメイドたちに睨みをきかせた。
父様は、どこか不思議そうな顔をして瞬きを繰り返す。
「そこまでは言ってないぞ。お義母様が王族の出なのだから我が家がひどい目に遭うことはない。わたしは父として息子であるおまえのことを心配しているだけだ」
母様が人を安心させてくれる穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、ルキウス。私がお母様と一緒に王様へ進言します。あなたは心配なぞせずに自分の信じた道をお行きなさい」
「……ありがとうございます」
僕は朝食をとった後、愛馬であるフロレンスに乗り、王宮へ急いだ。
「エドワードさまとの交際を取りやめようと考えている」と両親に伝えたからだ。
母さまはスクランブルエッグを口にするのをやめ、フォークとナイフを八の字にして皿の上に置き、ナプキンで唇を押さえた。
「どうしたのですか? あれほどエドワードさまのことを恋い慕っていたというのに……喧嘩でもしたの?」
「違います。エドワードさまを思う気持ちが冷めてしまったのです」
父様は僕の言葉を耳にすると天を仰ぎ、額に手を置いて「なんてことだ」と嘆く。
母様も困ったような顔をして「何か心配ごとでもあるのですか? 大丈夫。夫婦や恋人でも倦怠期があります。時が解決してくれることだって、あるのよ」と僕の説得を試みた。
やっぱり……昨日ピーターの話を聞いたときも思ったけど、僕や僕の両親はエドワードさまの悪い噂を一切耳にしたことがない状態だ。きっとエドワードさまのそういう噂は王族や血族の耳には入りにくいのだろう。
エドワードさまが王位簒奪を考えているのなら、アーサーさまやシャルルマーニュさまだけでなく、王族の血を引く男を根絶やしにするはずだ。それか、位や金銭を収奪することによる無力化を彼なら考えるだろう。でないと自分が王になっても民衆が反乱を起こした際に、王家の血を引く人間がいると脅威になるから。
手始めに同性愛者である僕に近づいて王様からの信頼も厚く、王宮に出仕しているクライン家を潰す。そうすれば、ほかの血族への牽制もできるし、自然と殺す者と殺さない者の選別もできる。
エドワードさまが王位を手にするための最短ルートだ。
そんなことにも気づかないでいた浅はかな自分に嫌気がさす。
「あの方と添い遂げたいと言ったのは僕ですが、気持ちが変わりました」
「だから、そのわけを訊いているのだ!」
滅多に僕たち三兄弟を怒ることのない父様が、露骨に苛立った声を出す。
「先週だって、エドワードさまとデートをしたと話していただろう。それなのに、いきなり『気持ちが変わった』? そんな馬鹿な話があってたまるか! おまえはいったいどういう気持ちで、あの方との交際を始めた!? 子供のままごと遊びではないんだぞ!」
声を荒げ、右の拳で白いテーブルクロスがかけられた机の上を叩く父様の言葉は、もっともだ。
だからといって正直に『過去』の女神様のお力添えによって過去の世界へとタイムワープをしていること、あの方にもてあそばれたことを正直に言えるわけがない。そんなことは口が裂けても絶対に言えない。
僕は、机の下にある両の拳をじっと見て、父様に返事をする。
「そんなことは、わかっています」
「だったら――」
「ですが、もうあの方と一緒にいたくないのです。ともに生活を営むことなど、到底できません!」
「ルキウス!」
このまま父様と言い合いになるのだろうか? と思うと胸の辺りがズキズキ、痛んだ。
もしもこのまま口論になり、父様から「おまえのような息子は勘当だ!」と言われたら、どうしよう。
「あなた、よしましょうよ」
母様の穏やかな声に僕は、そろりと目を向ける。
優しい眼差しで、微笑みすら浮かべて母様は僕のことを見ていた。
「マリア……」
弱りきった声を出した父様が、母様の名前を呼んだ。
「ルキウスだって今年で二十三になるのですよ。幼子ではありませんわ。よく考えたうえで、わたしたちに話してくれた。そうでしょう?」
「そうです」
「きっと何かやむを得ない事情があって、そういう結論を導きだしたのですわ。今は話せなくても、いつかは話してくれる。わたしたちはただ、この子のことを信じてやりましょうよ、ねっ?」
母様の言葉に胸がジンとして、僕は顔を上に上げ、唇を噛みしめた。
「んんっ!」
喉を鳴らして父様が腕を組み、母様の言葉にうなずいた。
「おまえがいいと言うのなら、わたしから言うことはない。ルキウスとエドワードさまと別れる意思は固いのだな?」
「はい」
「王様は民にとっては、よき王であらせられるが、王子様たちのお父上でもある。そしてエドワードさまのことを目に入れても痛くないほどに溺愛している。どういう意味か――わかるな」
「覚悟でしたら、とうの昔にできております。文官の職を解かれ、王宮への出入りを禁止され、父様や母様、兄様やビル、オレインたちにまで迷惑を掛けることになるでしょう」
近くに控えていた若いメイドたちが「ルキウスさまは何を言っているのかしら」「さあ?」と話しているのが聞こえる。
オレインがわざとらしく咳払いをし、メイド長が若いメイドたちに睨みをきかせた。
父様は、どこか不思議そうな顔をして瞬きを繰り返す。
「そこまでは言ってないぞ。お義母様が王族の出なのだから我が家がひどい目に遭うことはない。わたしは父として息子であるおまえのことを心配しているだけだ」
母様が人を安心させてくれる穏やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、ルキウス。私がお母様と一緒に王様へ進言します。あなたは心配なぞせずに自分の信じた道をお行きなさい」
「……ありがとうございます」
僕は朝食をとった後、愛馬であるフロレンスに乗り、王宮へ急いだ。
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