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第2章
大切な人たち2
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「母様……」
「よし、今日は休みをとってルキウスの面倒を一日見るぞ!」と父様が意気込むと、母様がころころと鈴の音を転がすように笑う。
「あら、あなたがお仕事をサボタージュしたいだけでは、ありませんか?」
母様に尋ねられると、父様は挙動不審になる。
「断じてそのようなことはない! ただ、アレキサンダーも、ウィリアムも我々の手を離れて久しいだろう。アレキサンダーには嫁も、子供もいるし、あちらの家で世話になっている。ウィリアムは教授たちと論議ばかりで、ほとんど家にも帰ってこないときた。だからルキウスがこのように甘えてくれて嬉しいんだ。おまえは違うのか?」
「もちろん嬉しいに決まってますわ。冗談を本気になさらないで」と母様は父様に笑いかける。
仲睦まじい様子の父様と母様の姿をもう一度目にすることができて幸せだ。
翌日になると僕の熱は引いていた。
両親やオレインたちから、もっと休みをとったほうがいいと言われた。だけど僕は一刻も早く王宮へ出仕して英雄についての情報を集めたかったんだ。
ノエルさまやエドワードさまの暴挙を止める策を練り、みんなを救う。そのためには一分一秒だって無駄にできない。
「せめて馬車に乗って行くんだ」と父様に勧められ、箱馬車に乗って王宮へ向かった。
王宮に着いたら城門の衛兵に証明書を見せ、入城する。
僕の職場である文官棟に向かって足を進めていると背後から「わっ!」と大きな声がして、慌てて振り返る。
そこには僕の兄弟であるアレキサンダー兄様と、弟のウィリアムがいた。
「よっ! 具合はどうだ? 国境の警備から帰ってきたら文官の連中から『ルキウスは大丈夫か?』って訊かれてビックリしたぞ。熱を出したんだって?」
「ルカ兄様、先日はお見舞いをできず申し訳ありません。どうしても抜けられない研究報告会があり、都合がつきませんでした。お加減はいかがですか?」
唇を尖らせて、顎に手をやった兄様が「ルカはビルと違って無理をするからな」とビルのほうをチラリと伺う。
「アル兄様、何が言いたいんですか?」
くいと眼鏡のブリッジを人差し指で上げたビルが、兄様に食ってかかる。
「だっておまえ、要領いいだろ。人が見ていないとすぐに手を抜くし」と兄様が、あっけらかんに答える。
「アル兄様だって、すぐに『疲れた』とかなんとかいって息抜きばかりされるじゃありませんか。人のことを言えるんですか!?」
「なんだ、やるのか?」と兄様が虚空から槍を手に取ると口元に笑みを浮かべる。
ビルは長い袖の中から出した魔術書を開き、「臨むところです」と挑発をする。
僕は、兄様とビルが今にも喧嘩を始めそうな一触即発の雰囲気なのに、声をあげて笑ってしまった。
突然、僕が笑い出したことにふたりは口をポカンと開け、瞬きを繰り返した。
当たり前だった日常が、どれほど素晴らしいものだったか痛感する。自然と目に涙が浮かんできた。僕は指先で涙を拭う。
「兄様とビルが元気で本当によかったです……」
兄様とビルは、お化けでも目にしたような表情を浮かべ、顔を見合わせる。
「ルカ、大丈夫か? なんだかさっきから様子がおかしいぞ」
「そうですね。いきなり笑い出したと思ったら泣いたりして……三日前も義姉様の家へ行ったのを、お忘れですか」
「そっか。変なことを言って、ごめん」
「本当ですよ」とビルは腰に手を当て頬を膨らませた。
「兄様、双子たちといっぱい遊んであげたいのですが、都合のいい日はありますか?」
「なんだ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか、ルカ! 義母上の体調も安定しているし、双子もおまえたちに会いたがってる。来週の休みはどうだ?」
「いいですね。ビル、一緒に行こう」
「ええっ!?」とビルが叫び、顔色を悪くする。「勘弁してくださいよ。あの子たちのおもちゃにされるのは、ごめんです……」
普段は見られないビルの様子に、つい吹き出してしまう。
「ルカ兄様、笑わないでくださいよ!」
「ごめんね。だってビルったら、すごく面白い顔をしているから」
「ひどいです!」
「いやいや、ひどいのはおまえだろ? おまえが来なかったら、うちの子たちが『ビルおじちゃま来てくれないの?』って、泣いちゃうじゃないか。おまえが来るのも楽しみにしているんだから」
「うーん……しょうがないですね。わかりました、行きますよ」
ゲンナリした顔をしながらもビルは兄様の言葉に了承した。
僕のせいで家族もひどい目に遭わせてしまった……。
ビルは僕が濡れ衣を着せられたことをいち早く察知し、教授や博士たちとともにノエルさまやエドワードさまを弾劾しようとして、断頭台行き。
牢屋送りになった僕を助けようとした罪で父様や一族は全員、獄中送りとなって死んだ。
兄様とその伴侶でアンナ義姉様は職と位を剥奪され、財産も差し押さえられてしまった。そのせいで不治の病に冒されていた義姉様の母親――おば様が亡くなった。反逆者の身内とされた一家は軟禁状態にされ、衛兵の見張りがついてしまたたのだ。そのせいで家から一歩も出られない状態になり、幼い双子たちも怯えながら暮らしていると聞いた。
「よし、今日は休みをとってルキウスの面倒を一日見るぞ!」と父様が意気込むと、母様がころころと鈴の音を転がすように笑う。
「あら、あなたがお仕事をサボタージュしたいだけでは、ありませんか?」
母様に尋ねられると、父様は挙動不審になる。
「断じてそのようなことはない! ただ、アレキサンダーも、ウィリアムも我々の手を離れて久しいだろう。アレキサンダーには嫁も、子供もいるし、あちらの家で世話になっている。ウィリアムは教授たちと論議ばかりで、ほとんど家にも帰ってこないときた。だからルキウスがこのように甘えてくれて嬉しいんだ。おまえは違うのか?」
「もちろん嬉しいに決まってますわ。冗談を本気になさらないで」と母様は父様に笑いかける。
仲睦まじい様子の父様と母様の姿をもう一度目にすることができて幸せだ。
翌日になると僕の熱は引いていた。
両親やオレインたちから、もっと休みをとったほうがいいと言われた。だけど僕は一刻も早く王宮へ出仕して英雄についての情報を集めたかったんだ。
ノエルさまやエドワードさまの暴挙を止める策を練り、みんなを救う。そのためには一分一秒だって無駄にできない。
「せめて馬車に乗って行くんだ」と父様に勧められ、箱馬車に乗って王宮へ向かった。
王宮に着いたら城門の衛兵に証明書を見せ、入城する。
僕の職場である文官棟に向かって足を進めていると背後から「わっ!」と大きな声がして、慌てて振り返る。
そこには僕の兄弟であるアレキサンダー兄様と、弟のウィリアムがいた。
「よっ! 具合はどうだ? 国境の警備から帰ってきたら文官の連中から『ルキウスは大丈夫か?』って訊かれてビックリしたぞ。熱を出したんだって?」
「ルカ兄様、先日はお見舞いをできず申し訳ありません。どうしても抜けられない研究報告会があり、都合がつきませんでした。お加減はいかがですか?」
唇を尖らせて、顎に手をやった兄様が「ルカはビルと違って無理をするからな」とビルのほうをチラリと伺う。
「アル兄様、何が言いたいんですか?」
くいと眼鏡のブリッジを人差し指で上げたビルが、兄様に食ってかかる。
「だっておまえ、要領いいだろ。人が見ていないとすぐに手を抜くし」と兄様が、あっけらかんに答える。
「アル兄様だって、すぐに『疲れた』とかなんとかいって息抜きばかりされるじゃありませんか。人のことを言えるんですか!?」
「なんだ、やるのか?」と兄様が虚空から槍を手に取ると口元に笑みを浮かべる。
ビルは長い袖の中から出した魔術書を開き、「臨むところです」と挑発をする。
僕は、兄様とビルが今にも喧嘩を始めそうな一触即発の雰囲気なのに、声をあげて笑ってしまった。
突然、僕が笑い出したことにふたりは口をポカンと開け、瞬きを繰り返した。
当たり前だった日常が、どれほど素晴らしいものだったか痛感する。自然と目に涙が浮かんできた。僕は指先で涙を拭う。
「兄様とビルが元気で本当によかったです……」
兄様とビルは、お化けでも目にしたような表情を浮かべ、顔を見合わせる。
「ルカ、大丈夫か? なんだかさっきから様子がおかしいぞ」
「そうですね。いきなり笑い出したと思ったら泣いたりして……三日前も義姉様の家へ行ったのを、お忘れですか」
「そっか。変なことを言って、ごめん」
「本当ですよ」とビルは腰に手を当て頬を膨らませた。
「兄様、双子たちといっぱい遊んであげたいのですが、都合のいい日はありますか?」
「なんだ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか、ルカ! 義母上の体調も安定しているし、双子もおまえたちに会いたがってる。来週の休みはどうだ?」
「いいですね。ビル、一緒に行こう」
「ええっ!?」とビルが叫び、顔色を悪くする。「勘弁してくださいよ。あの子たちのおもちゃにされるのは、ごめんです……」
普段は見られないビルの様子に、つい吹き出してしまう。
「ルカ兄様、笑わないでくださいよ!」
「ごめんね。だってビルったら、すごく面白い顔をしているから」
「ひどいです!」
「いやいや、ひどいのはおまえだろ? おまえが来なかったら、うちの子たちが『ビルおじちゃま来てくれないの?』って、泣いちゃうじゃないか。おまえが来るのも楽しみにしているんだから」
「うーん……しょうがないですね。わかりました、行きますよ」
ゲンナリした顔をしながらもビルは兄様の言葉に了承した。
僕のせいで家族もひどい目に遭わせてしまった……。
ビルは僕が濡れ衣を着せられたことをいち早く察知し、教授や博士たちとともにノエルさまやエドワードさまを弾劾しようとして、断頭台行き。
牢屋送りになった僕を助けようとした罪で父様や一族は全員、獄中送りとなって死んだ。
兄様とその伴侶でアンナ義姉様は職と位を剥奪され、財産も差し押さえられてしまった。そのせいで不治の病に冒されていた義姉様の母親――おば様が亡くなった。反逆者の身内とされた一家は軟禁状態にされ、衛兵の見張りがついてしまたたのだ。そのせいで家から一歩も出られない状態になり、幼い双子たちも怯えながら暮らしていると聞いた。
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