綾、夏廻る

せいのかつひろ

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第三話「ハコのナカミ」

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 目覚めると、綾瀬からトークグループ登録申請が届いていた。参加者を見ると、綾瀬と棗先輩。トークグループ名は「時計の謎を探り隊」だ。ふざけているのか真面目にやろうとしているのか、いまいち掴めないグループ名だ。僕は少し考えた後、参加をタップしスタンプを送信する。数秒と待たないうちに既読の表示が二つ点いた。
「おそよう、阿須加」
 綾瀬から皮肉な挨拶が飛んできた。仕方ないじゃないか、僕は結局次の日バイトがあって寝れなかったのだ。次の日というのは棗先輩の家で一夜を明かすことになった次の日、という意味だ。徹夜なんて一体いつぶりだっただろう。ちゃんと寝た筈なのに、まだ頭がぼうっとする。
「先日は付き合わせてしまってすみませんでした」
 僕が寝不足なのを察して、棗先輩が文章で謝罪する。声は聞こえない筈なのに、先輩の凛と澄んだ声が聞こえてきたような気がした。
「とんでもないです。こちらこそ時計の件、よろしくお願いします」
「分かりました。進展があったら連絡します」
「よろしくお願いします!」
 そこで会話は途切れた。綾瀬が最後、おかしなペンギンのような生き物のスタンプを送ってきたが、それには僕も棗先輩も反応しなかった。

 一昨日は眠ることが出来ない先輩に朝まで付き合った。そこで色々な話をしたのだが、丁度良く東堂先輩も眠っていたので、僕と綾瀬は御崎さんの送ってきた不思議な写真について相談した。
「……物体というものには、魂がありません。一つの個に一つの魂と仮定するなら、物体は魂のない、がらんどうの器であると、考えた人がいます。そして時折、その空白を埋めるように人の強い思いが魂のようなものに変わったり、実際に魂が宿ってしまうこともあり得ると、その人は言っていました。例えば人形やこけしのように人を模って作られたものほど特に留まりやすいのですが、そうでないものに留まる魂というのはよほどの強い念が込められたものであることが多いとも言われています」
 写真を見せて状態を確認すると、棗先輩は解説をしながらゆっくりと立ち上がった。そしてリビングの隅に置いてある書棚から何かを取り出しテーブルの上にそっと置く。
 一枚目は日本人形の髪が一部だけ伸びている写真。状態は非常に良く、きっとしっかりと手入れをされていたのだろう。それとも比較的新しいものだったのだろうか。そしてもう一つが、スタンドに置いてあるアコースティックギターの写真だった。サウンドホール周辺が全体の木の色よりも少し濃い色に見えるが、一見ではそれ以外に気になるところはなかった。
「写真に写っているどちらのものも、一度私の所に持ち込まれ、それぞれ専門の供養をしているお寺へ持ち込み供養したものです。持ち込まれた方のいずれも、霊的被害に遭われていました。どちらの方が、被害が大きかったと思いますか?」
 東堂先輩が眠っているからか、それとも疲れからなのか、いつもより小さい声で棗先輩は僕らに問う。僕は人形の写真を手にとってから先輩に倣って声のボリュームを下げて話す。
「……この手の日本人形は作り手が一つ一つを手作業で作っていることが多く、その時点で魂のようなものが宿ってしまうことが多いと聞いたことがあります。ですが、日本人形の髪が伸びるのには幾つか説があって、有力なのが毛に含まれた水分などがなくなり僅かに付いていた髪の癖が徐々になくなっていき、伸びたように見えるというものと、髪を頭に埋め込む際、埋め込む側の髪を折りたたんで植えつけていてそれがズレて伸びてくる、というのがあるので……。それと、人間の思い込みの力……いわゆるプラシーボ効果によって実際に体調を崩したりする人が多いということから、日本人形自体の霊的被害というのは大きくないのではないか……と予測します」
 頭の中で情報を整理しながら話したせいで、大分まとまりがなかったがとりあえず結論に辿り着くことは出来た。僕の意見に綾瀬も同調する。
「確かに、日本人形の逸話ってかなり有名な話で色んな人が解析しているけど、そもそも人が手作りしているから一説に絞りきれないんだよな。地方や作り手によって髪の素材が糸だったり、昔は本当に人の髪を付けてたとかいう話もあるし。しかも日本人形ってフォルムが怖いから、自分は人形に呪われているって思い込みやすいよなって思うし」
 綾瀬はそういい終えるとなっ、と僕に同意を求めてくる。僕が綾瀬に向かって首肯すると、棗先輩は満足そうに頷いた。
「……流石、詳しいですね。仰る通り、日本人形については私が直接この人形の髪を剥いで確認しました。この人形の髪の毛は折り返して埋め込まれており、更に固定位置がズレていました。経年劣化が原因でしょう」
 なんだか難しいなぞなぞを解いたような、そんな気分だった。隣で綾瀬はガッツポーズをしているし。それにしても先輩、実際に剥いでしまうなんて大胆なことをする人だ。幾ら解決のためとはいえ、あの見た目の人形に臆することなくそんな行為が出来るのは流石だなと思った。呪われそうだし。棗先輩が続ける。
「……問題なのはこのギターの方。これを持ち込んだ方はこのギターの所持者の息子さんで、所持されていた方は、残念ながら既に亡くなられていました」
「「え」」
 僕と綾瀬が同時に声を漏らす。
「このギターを引き継いだ息子さんも体調を崩すようになったようです。私はしばらくこのギターを預からせて頂いて、ギターを弾ける友人に、ギターを弾いてもらいました。すると、友人は言いました。チューニングがどれだけやっても合わないと。音の高さを調節するチューニングという作業があるのですが、決められた音に合わせたというのに、直ぐに変わってしまうのだと言うのです。弦を新しいものに交換しても、その現象は改善しませんでした」
「それは……」
 その音に意味があるかは分からないが、変化を与えたのにそれを元に戻すというのは、つまり強い思いが宿っているということだ。僕と綾瀬は顔を見合わせる。きっと綾瀬も同じことを考え顔を青くしているのだろう。
「……その時点で、既に私が何かをしてどうこうなるものではないと分かったので、その方には直ぐに供養を薦めました。それ以降連絡はありません。快方に向かったのか、或いは……」
 そこまで話すと棗先輩は写真を片付け、僕達に珈琲を用意してくれた。
「こういうものは、ルーツを辿れば色々と分かってくることがある、と教わったことがありましたので、私はこのギターを製造したメーカーへ連絡しどこで作られたものか、その方がこのギターをどこで手に入れたのかを調べました」
 最後に自分の分の珈琲を用意し、それに口を付ける。僕も珈琲に手を伸ばした。ブラックはあまり得意ではないが、眠気覚ましにはこのくらい苦いほうが丁度良い。
「何か、分かったんですか?」
 綾瀬が問うと、カップを置いて先輩は答えた。
「……残念ながら決定的なことは、何も。ただ、このギター、クラシックギターという種類のギターらしいのですが、それなりに高価なものだそうで。安価なものは工場で機械がその殆どを作ってしまうそうですが、高価なクラシックギターになると職人さんが一つずつ手作りで仕上げていくのだそうです。そして、最初に会った時にこのギターを持ち込んだ方にどこで買ったのか聞いていたのですが、どこで購入したかは分かりませんでした。ただ、高価な筈のこのギターを、亡くなられたその方は非常に安価で手に入れたと言っていたそうです」
 言葉だけを読み取ればそれまでだが、ここまでの話を聞いて、深読みをするなというほうが難しい話だ。
「……御崎さんの件に話を戻します。恐らくこの壁掛け時計も何かしらの強い念、魂が込められているものではないかと思います。だから、まずはこの時計がどこで作られ、御崎さんはどこで手に入れたのか、そのルーツを辿ってみてはいかがでしょうか」
「俺もそれがいいと思います。ただ、御崎さん、この前の件が漸く落ち着いたってのに俺らが変に騒いでまた不安にさせてしまうのも嫌なんで、出来れば本人に伝わらないようにしてなんとかしたいなって思うんですけど……!」
 バツが悪そうな顔をして、だが最後語気を強めて綾瀬は言った。
「……確かに綾瀬さんの言う通り、彼女はしばらくの間、精神的に落ち着いていなければなりませんから、そこは気を付けましょう。あれがどんなものなのか、何か悪さをしているのかどうかもまだ分かりませんし……」
 結局は僕と綾瀬が興味本位で調べようとしていることだ。今すぐ何かが起こるわけでないのなら、触れないというのも一つの解になるだろう。それに、現物がなくても調べられることはある。例えば、スマートフォンで撮影した時に、文字が反転してしまう原因を探ってみるということは実際に現物がなくても調査出来そうな気がする。
 三人でどうするべきか悩んでいると、東堂先輩が声を漏らした。僕らに合わせて唸ったのだろうか。
「…‥あの、もしよろしければ、この件は私に任せて頂けないでしょうか。あの時計を見せて頂いたり、譲って頂いたりと話をするうえで、女性である私のほうが多少お二人よりは有利かな、と、思うので」
 一頻り悩んだ後、棗先輩はそう言った。綾瀬は間髪入れずに答える。
「マジですか! いやぁ実は阿須加と二人で話していて、そこが一番困っていたところでもあったので、めっちゃ助かります!」
 その答えを待ってましたと言わんばかりに綾瀬のテンションが上がる。僕も一度頭を下げてから改めて依頼する。
「僕達だけじゃあ上手く出来ないと思うので、力を貸してくれませんか」
 もちろん、と言ってから棗先輩は微笑んだ。
「私に出来ることであれば、是非」
 その笑みはどこか弱弱しく見えるが、言葉には力が溢れていた。きっと先輩はこれまでもこうやって様々な人から相談を受け、そして解決してきたのだろう。頼もしいとしか言いようがない。


――ぼんやりとあの日のやりとりを思い出していると、いつの間にかバイトへ行く時間になっていた。時間の経過というのは本当に残酷なものだ。急いでシャワーを浴び、身支度を整えてから家を出る。
 仕事の合間に、棗先輩から連絡が来ていないか何度も確認をする。今まで誰かが撮影した写真や動画を見たり、儀式の真似事をしたことはあったが、実際に自分が体験する、ということは一度もなかった。誰かが撮影したものは結局、創作かどうか分からないし、見慣れてしまったせいもあって感動は年々薄れていた。棗先輩に出会ってからは、水槽に浮かぶあの光もそうだし、同期生が何気なく撮った写真に不思議な現象が起こったり、立て続けにこんな不思議な出来事に出会うことなんてなかった。そのせいで苦しんでいる人がいる手前、手離しに喜んではいけないとは思うのだが。初めて事件捜査に加わった新米刑事のような気分、といえば今の僕の心境を分かってもらえるだろうか。
 余りにも落ち着かない様子だったらしく、休憩時間にバイト先の店長から「彼女でも出来たか」とからかわれた。それに対して僕はぎこちない返事をする。その返答のせいで以降仕事の合間にも手が空いた隙を見計らっては詮索された。僕にとっては彼女が出来るよりも嬉しい出来事だったりするのだが、そんなことを正直に言えばドン引きされるだろう。そもそもあまり好印象を持つような趣味でもない。その日一日、僕は黙秘を貫いた。いつもの二倍は疲れた気がする。


 棗先輩から進展の連絡があったのは、それから三日後のことだった。
「まず、結果からお伝えします。あの壁掛け時計は警察に引き渡し、捜査することとなりました」
 予想斜め上の連絡に思わずえ、と声を漏らしてしまう。すかさず理由を尋ねると、
「今日の夜、ご都合よろしいでしょうか。直接話したほうが良いかと思うので」
 僕と綾瀬は直ぐに了承の返事をし、その日の夜、棗先輩の家へお邪魔することになった。僕はバイトが休みだったので今すぐでも良かったが、いきなり押しかけては迷惑だろう。それに、夜のほうが棗先輩としても都合が良い可能性もある。あの部屋は月が良く見えるから。

「連日お邪魔してすみません」
 棗先輩の住んでいるアパートまでの道程はすっかり覚えてしまっていた。綾瀬と駅前で合流し、部屋のチャイムを鳴らすと棗先輩が出迎えてくれた。会う度に思うが、本当に綺麗な人だ。見惚れていたことを誤魔化すように、僕は玄関先で頭を下げた。
「いえ、私が呼び付けただけすから、どうかお気になさらず。どうぞ」
 そんなやりとりをしてから先輩に促されるまま部屋にあがる。広いリビングへ出ると、電気は点いていないが月明かりが差し込み十分な光量があった。陽当たりならぬ、月当たりの良い部屋だ。それは棗先輩が抱える苦しみを軽減するには都合が良いのかもしれない。電気代も浮くだろうし。
 ……そういえば、この人は普段どんなことをして過ごしているのだろう。なんとなくテレビを見たり、音楽を聴いたりするイメージはないが。あぁ、読書は好きそうだ。
「飲み物は、お茶のほうが良いですか?」
「え……あ、はい」
 余計なことを考えていたせいで、適当な返事になってしまった。
「俺手伝いますよ」
「ああ、いえ、大丈夫です。それに、キッチン側にはあまり来ないほうがよいですから」
 綾瀬がキッチンのほうへ向かおうとするのを、やんわりと制した。それは一体どういう意味なのだろう。まだ何か、僕らの知らない秘密がこの部屋には隠されているのだろうか。
「綾瀬さんが写真の違和感に気付いてくださって本当によかったです」
「え、まぁたまたまっすよ、たまたま!」
 三人分の緑茶を用意してソファに三人がそれぞれ腰掛けると、棗先輩は綾瀬に頭を下げた。調子に乗っている綾瀬は放置して棗先輩の話の続きを待った。


――お二人が帰った後、私は御崎さんに近く会えないかと電話で連絡をとりました。どうしても上手い口実が思い付かず、乱暴な誘いになってしまいましたが、彼女から了承を得ることが出来ました。
「それじゃあセンパイ、いつが都合良いですかぁ?」
「今日以降であればどこかで会えますが、どうしましょうか」
「ぜーんぜんオッケーです!センパイからお誘いなんて嬉しいですぅ」
 御崎さんは二日後の昼過ぎからが都合がよいとのことだったので二日後、つまり昨日ですね。会うことになりました。当日は喫茶店でお茶をしながら、その後の体調のことやお互いの身の上などをお話しました。
「私の家だけ知られているのは不公平だと思うので、今度御崎さんの家にお邪魔してもよいですか?」
 一通り話が落ち着いたところで、私は御崎さんにそう言いました。……少し強引な誘い文句だったかもしれませんが、御崎さんは私の手を掴んで、
「是非来てくださいよぉ! あ、センパイのご都合が良かったら今からでもいいですよぉ?」
 テーブルから身を乗り出しました。目がギラギラしていて少し怖かったのですが、気が変わらぬうちに、と思い、そのまま御崎さんのお家にお邪魔することにしました。御崎さんのお家は大学から二駅隣の駅前物件で、まだ建てられてから間もない綺麗な二階建てのアパートでした。
「なんだか恥ずかしいですぅ……センパイのアパートより全然小さいし狭いからぁ」
 階段を上がって、一番奥の部屋の前まで行くと、御崎さんは大きく頭を下げて言いました。
「すみませんセンパイ、ちょーっとだけここで待っててもらってもいいですかぁ」
「あ、はい。構いませんよ。待ってます」
 答えると扉を少しだけ開き、貼り付けたような笑みを浮かべながら、扉の隙間を滑り込むようにして家の中へ入っていきました。急なことでしたから、私としても少しだけ申し訳ないなと思いました。
「お待たせしましたぁ、どうぞー!」
「お邪魔します」
 数分後、御崎さんに促されお家にお邪魔しました。……ここまでは、私もどこか楽しみにしていたというか、ワクワクしていたところがありました。誰かのお家にお邪魔することなんて、あまりありませんでしたから。突然の訪問を受け入れてくれたというのが嬉しいとも感じていました。けれど、玄関を通ったその瞬間、私は息を呑みました。
「せんぱぁい? どうしたんですかぁ?」
 ワンディーケーの間取りでした。先に部屋に入り私を出迎えてくれていた御崎さんは、直ぐに入ってこない私に声を掛けてくれました。その声が聞こえるまで、私は体を動かすことが出来ませんでした。その部屋は、重く、淀んだ空気が充満していました。私の目には、天井が黒い靄で覆われているように見えるほど、悪い気が留まっていました。一体何があればこうなるのかというほどでした。
「……すみません、少し眩暈が」
「えぇ……!? 大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。……お邪魔します」
 なんとか平静を装い、靴を脱いで部屋にあがりました。中央にテーブルがあって、テレビや小さな書棚が部屋の南側にありその隣にデスクとPC、北側にベッドという配置でした。御崎さんの印象から、もっと可愛らしい部屋を想像していたのですが、家具の色調はとてもシックで、大人しい印象でした。そして、例の壁掛け時計が南側の壁に取り付けてありました。部屋全体の靄よりも更に濃く強い黒色をしていたので、私にはそこにあるということしか分からないほど視認し難かったですが。これは、私達が想定している以上にまずい事態だと判断し、止むを得ず私は家にお邪魔したいといった事情を説明することにしました。
「……御崎さん、実は、お家にお邪魔したいと言ったのには事情がありました」
「……はい、なんとなく、そうかなぁって思ってましたぁ」
 私がそう切り出すと、御崎さんは少しだけ表情を暗くしてそう言いました。私の提案を本当に喜んでくれてたのだなと思うと心が痛みましたが、今度埋め合わせをしようと心に決め、まずは問題の解決に努めることにしました。
「すみません。その、そこにある壁掛け時計が凄く気になっていまして……それはどこで手に入れたものですか?」
単刀直入、そう訊くと御崎さんはああこれですかと立ち上がり壁掛け時計を取り外し、テーブルの上に置きました。
「実は、前のストーカー事件の時に引越しをしたんですけどぉ、その時に家具を色々買い揃えたんです。その時丁度お店でくじ引きみたいなのをやっててぇ、引いてみたら当たったんですよぉ。別にいらなかったんですけどぉ、捨てちゃうのも勿体無いしって思ってそこに掛けてました。でもそれ電池入れると一時間毎に大きな音がなって五月蠅くってぇ。今はそこに掛けてあるだけなんです」
 なるほど、時間が違っていた理由はそれで分かりました。少し調べると、お二人が予想していた通り、時間になると中央から人形が出てくる仕組みのようでした。
「これは、分解してしまっても良いものですか?」
「はい……あのぅ、それがもし何か悪さをしていたんだったら捨てちゃっても平気なんですけどぉ……」
「いえ、こういったものは捨ててしまえば良いというものではないことが多いんです。場合によってはより状態が悪化することも……」
 そこまで言って、私は余計なことを言ってしまったと思い口を噤みました。御崎さんはそうなんですかと頷いていました。
「それじゃあ、調べてもらってもいいですか……?」
 御崎さんの承諾も得られたので、私は時間になったら出てくると言う人形を取り外してみました。白雪姫に出てくる小人のような見た目のその人形を見て、私は自分の全身の毛が逆立つのを感じました。
「これは……」
 思わず声をそう漏らしてしまいました。人形の一つ一つに、小さなカメラが取り付けてあるようでした。今も機能が生きているのかは分かりませんが、人形は目の部分が繰り抜かれその瞳にレンズが取り付けてあるようでした。人形の後頭部から、細いコードが数本飛び出ているのも確認しました。
「何か……あったんですかぁ?」
 私の様子を見て、不安そうに御崎さんは訊いてきました。
「……その、お店のくじ引きというのは、他のお客さんも引いていましたか」
 私の質問に、御崎さんの首は縦に振られました。私は恐怖しました。この壁掛け時計は誰かを思って込められた強い思いや職人が魂を込めて作りあげた作品に宿った魂でもない。御崎さんへ向けられたものではなく、人間の、明確な悪意が宿っているのだと理解したからです。
「……警察に、届け出ましょう。理由は、後ほど説明しますので」
 混乱する御崎さんをよそに、私は警察へ通報しました。より彼女を刺激してしまうかとも思ったのですが、私達がこの壁掛け時計に触れ続けるのは好ましくないと思ったので――

「なんて言うか……ホント、時々思うんすけど」
 棗先輩の話を聞き終えて、綾瀬が呟いた。
「どんなオカルトよりも、もしかすると生きている人間が一番怖いんじゃないかなって」
「そうですね。人という生き物は、本当に……」
「その後、警察はなんて?」
 僕が問うと、大きく息を一つ吐いてから棗先輩は答えてくれた。
「カメラはまだ生きていました。一時間が経つと人形内に電気が流れるようになっていて、時計が音を出している約一分間を一時間毎に記録していくというものでした。ただ、幸か不幸か、メモリーは人形の中にあったので、この時計を持ち出したりしない限り、撮られた映像を見ることは出来ないので、誰かがその映像を見ていたということはないそうです。またお店側もくじ引きはやっていたがその時計を景品にしてはいないと言われたそうです。誰が持ち込んだのか、これから捜査が入るのかと思いますが」
「そう、ですか……」
 それきりしばらく、三人とも口を開かなかった。綾瀬がたまたま見つけた写真が、こんなことになるなんて。それにしても、御崎さんも運がない。今回の事件は、別に御崎さんを狙っていたものではなかったのだ。対象は誰でも良かった。たまたま引越しの家具を買ったらたまたまその時計を当ててしまっただけなのだ。

「……今日の月は、いつもより少しだけ明るさが増して見えますね」
 どれだけ時間が経っただろうか。棗先輩のその声で、顔をあげ、窓の向こうの月を見た。たしか、今日は十九夜。ゆっくり眠るには丁度良い。
「先輩、色々とありがとうございました」
「いえ、少なくともこれで御崎さんに良くないことが起こる可能性は減らせたかと思うので。力になれてよかった」
 僕と綾瀬は何度も棗先輩に頭を下げてからアパートを後にした。帰りの道すがら、綾瀬が突然頭を乱暴に掻きながら叫びだした。
「あぁもう!! なんか胸がムカムカするぞ! 飲みにいくか阿須加!」
「……いいけど、胸がムカムカするなら酒は控えたほうがいいんじゃないか」
「そういうことじゃないの! いいから行くぞ!」
「……はいはい」
 次は棗先輩と御崎さんも呼んだほうがいいかもしれない。今回は特に二人が事件の当事者なのだから。
 月明かりの下、僕達は溜まった鬱憤を晴らすべく、歩き出した。


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