ヒト喰いの見る夢

蒼キるり

文字の大きさ
上 下
9 / 12

8話

しおりを挟む
 フィレナが手慣れた様子で交渉してくれたおかげで、比較的安い値段で次の街まで荷台に乗せてくれる人を見つけることが出来た。
 近道をすると言って人気のない道をガタゴトと進み始める。しばらくは何もすることがない。次の街は平和だといいな。
 そんなことを考えていると、フィレナが不意に口を開いた。


「いつもこんなに悪い道を通るの?」


 その問いかけは僕に向けられたものではない。ああ、そうだよ。という返答は明らかに間があって返ってきた。
 やっと僕にも何かおかしいということが分かってきた。フィレナはきっともう少し前からおかしいと思っていたのだろう。
 フィレナは僕の方を見ないままにそっと声をかけてきた。


「……ユーラント、荷物を持って」


 微かに頷いてバレないように静かに荷物に手を伸ばした。


「私が合図したら荷台から飛び降りて」


 何がどうしたのかなんて尋ねる暇はなかった。でも問題はない。フィレナが言うことはいつだって正しいのだから。
 大丈夫だと思えた。フィレナの言う通りに行動すれば何も怖くはない。
 大丈夫、とフィレナに向けて小さく笑って見せた。きっとフィレナには僕の顔が見えていたと思う。
 それなのに笑い返してはくれなかった。小さく笑おうとして失敗したような顔をしていた。


「いち、にの……」


 さん、とフィレナが声を上げ、僕らは手を繋いで荷台から飛び降りた。スピードがあまり出ていなくて助かった。転げることにはならなかったから、そのまま走る。


「あ、おい、待て!」
 後ろからそんな声が聞こえたけど、止まるような馬鹿はいない。
 あいつは何を企んでいるのだろう。まさか僕が人喰いだと分かったわけではないだろう。そうなれば人攫いだろうか。


「こっちよ。大丈夫、身を眩ませれば……」


 フィレナが力強く僕の手を引いた。この手はいつだって安心する。初めて会った時から何も変わらない。


「うわ!」


 突如としてフィレナと繋いだ手が離れた。僕が背後から誰かに力任せに引っ張られたからだ。
 振り返るとさっきの荷台の持ち主だと分かる。こんなに早く追いつくなんて、何度も似たようなことをしているのだろう。だから手慣れているのだ。


「ユーラント!」


 フィレナの声がひどく遠くで聞こえる気がした。すぐそこにいるのに。大丈夫だよ、と言いたいのに、逃げ出さないようにときつく首を掴まれているから上手く声が出ない。
 少し掠れた視界でフィレナの顔がひどく歪んでいるのが見えた。どうしてそんな顔をするんだろう。
 僕は大丈夫だし、もし何かあってもフィレナだけならこんな奴、なんてことないのに。


「手間かけさせやがって」


 木の陰からもう一人の男が現れた。そいつが何故か動かないフィレナの側まで行って、フィレナの腕を捻り上げる。
 咄嗟に動こうとした僕を脅すように更に力を強められた。けほ、と軽く咳き込むだけで済む。僕が人喰いで人より丈夫な体だからだ。


「魔女の見習いだそうだな。高く売れる」


 機嫌の良さそうな声に吐き気がした。こいつらの狙いはフィレナだ。
 一体いつから目をつけられていたのだろう。大抵の奴は魔女の報復を恐れてこんなことしないのに。


「動くな。お前が動けばこいつを殺す」


 気がつくと、僕の首元にひやりと冷たいナイフが押し当てられていた。
 その時になって僕はようやく気づいた。僕がいるからこんなことになっているんだ。
 僕がいなければフィレナは狙われなかった。僕がお荷物だからきっとすぐに攫えると思ったんだ。

 そうか、そうか、そうだったんだ。僕が、僕の、せいで。馬鹿馬鹿しい。
 顔の近くにある男の手まで口を持っていくのは少し大変だったけど、なんてことはない。
 今この瞬間もフィレナは痛い思いをしているのだから、このくらい本当になんてことない。
 必死で身を捩ると、ナイフが首に少し刺さって、フィレナの甲高い叫び声が聞こえた気がするけど、気にしなかった。

 勢いよく僕は男の手に噛み付いた。ガリゴリ、と骨まで一気にだ。フィレナではないのだから遠慮はいらない。
 ああ、それにしてもひどく不味い。墓場の死んだ肉よりも不味いなんて。フィレナの方がもっとずっと美味しい。


「人喰いだ!」


 男の悲痛な叫び声はひどく遠くで響いている気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

Beside to you

香月 優希
恋愛
片腕をなくした魔術師ダリュスカインと、凄惨な経験のショックで声をなくし生きる希望を失っていた結迦(ユイカ)は、出会ってから互いの心傷が惹き合い、それを明かすことなく一度は離れたものの、再会を果たしてからは平穏な日々を歩み始めていた。 だが、互いの思いを打ち明ける機会がないまま、やがて二人の心はすれ違い始めてしまう。 離れている間に罪を背負った自分に対する負い目と、肉体を蝕む傷痕、そして八歳もの年齢差に関係を越えることを躊躇するダリュスカインと、傍にいるにも関わらず、そうは見られていないのだという思い違いに心を痛める結迦。 二人の心は、今度こそ壁を越えて結ばれるのか。 あなたがどんな咎を背負っていようとも──強く切ない思いを綴る、愛の物語。 ※この物語は『風は遠き地に(https://www.alphapolis.co.jp/novel/683245843/27677384)』の外伝ですが、未読でも問題ありません。 ※カクヨム、小説家になろう、pixivでも公開しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

蝶の羽ばたき

蒼キるり
ライト文芸
美羽は中学で出会った冬真ともうじき結婚する。あの頃の自分は結婚なんて考えてもいなかったのに、と思いながら美羽はまだ膨らんでいないお腹の中にある奇跡を噛み締める。そして昔のことを思い出していく──

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

魔女の喫茶店

たからだから
ファンタジー
大昔イギリスと呼ばれた国、イルビア。各国に魔法使いが存在し、それはイルビアも同じだった。 ノーマジと呼ばれる人間、魔法使い。そして、魔術師。3つの種族は複雑に交流を持ち、不安定ながらにも平和に過ごしていた。表面上だけではあるが。 そんなイルビアに喫茶店を開いた魔法使い、否、魔女が居た。その魔女の名はミア・リード。 表向きは喫茶店と称してはいるが、実際は様々な事件や依頼を受けては解決する何でも屋の仕事をしていた。魔女の淹れる珈琲は絶品らしいが。 そんな魔女の元に1人の男が現れた。 「やあ、魔女さん。俺を弟子にしてくれない?」 色気が漂う正に、色男。微笑む男の真意は不明。 様々な事件と陰謀に巻き込まれる2人の魔法ファンタジー。 喫茶店スカーレットへの来店、お待ちしております。 ―――闇と光がぶつかり合う時、魔女は戦う。復讐と大切な人の為に… 魔女と自称弟子が織りなす、依頼屋ストーリー。目的を知った時、魔女は何を思うのか……。 交わらない筈だった2人はどうなるのか、これは闇と光が戦う魔法ファンタジー。 ※この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名等とは無関係です。 ノベルアップ様、カクヨム様にも投稿させていただいてます。

処理中です...