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宿に着いても部屋に入って二人きりになるまでフィレナは僕から手を離さなかった。
だから僕は安心していつものように振る舞うことが出来た。間違っても人喰いという言葉に過剰反応はしなくて済んだ。
「いい宿ね、料金も高くないし」
フィレナがそう言って荷物をベッドに置くのを見て、僕もようやく荷物を降ろした。
さほど重いとは思っていなかったけどやはり多少の疲れもあったから降ろすと深い息が漏れた。
そのままどさりとベッドに座り込む。そんなに歩いてもいないし、移動は荷台に乗せてもらった。
なのにどうしてこんなに疲れているのだろう。
僕は肩で息を吐きながら一つのことに思い当たった。
しばらく食事をしていなかったからだ。
フィレナに宿まで待てるかと問われたのも当然だ。
フィレナと出会ってから空腹になることはほとんど無かったから、自分のことなのに忘れてしまっていた。
やっぱりフィレナには敵わない。
「……フィレナ」
僕が小さな声でフィレナを呼ぶ。
まるでそれが分かりきっていたという風にフィレナは微笑みながら僕の座るベッドに腰掛けた。
「お腹が空いたのね、ユーラント」
全部分かっているというようにフィレナは優しく笑う。全てが許されているみたいだった。そんなはずがないのに。
フィレナが笑顔のまま僕に手を伸ばす。しなやかに伸びた指先が僕の口元まで近づけられる。
僕の唇に静かに近づいてきたフィレナの爪先が触れる。僕はこくりと唾を飲んだ。
「さあ、召し上がれ」
フィレナのその言葉を合図に僕はそっと口を開き、フィレナの指を口に含んだ。
そしてそのまま一思いに、フィレナの柔らかな指に歯を立ててぐしゃりと噛みちぎった。
薄い皮膚という皮しか被っていない指なんて、少し力を込めれば瞬く間に千切れてしまう。
柔らかくてまるで甘いと錯覚してしまいそうな肉と歯応えのある骨を一気に噛み砕いて胃に落とす。
ひどく濃厚な匂いのする血は噴き出すように口いっぱいに溢れてくる。
勿体無いから一滴も零したくなくて、僕は啜りあげるように舐めとる。
肉の断面を舌でなぞると、早くも戻りたがるように肉が大きく震えていた。
すぐに増えて伸びるその肉にまた喰らい尽く。
僕のお腹が十分に満ちるまで、ひたすらにそれの繰り返しだ。
「おいしい?」
フィレナが無事な方の手で僕の頬を撫でながら優しく問いかける。うん、と大きく頷いてしまう自分が恨めしい。
でも、おいしい。おいしい。どうしようもないくらいに。
ふとした拍子に理性が飛んで全てを喰らい尽くしてしまいそうなほどにフィレナはおいしい。
ああ、理性なんて本当にあるのだろうか。こんな風に、獣のように人間を貪るだなんて、正気の人間がすることではない。
分かっている。僕は正気ではないし、きっと人間でもない。でも僕は人間でいたい。だったらこんなこと止めないと。
けれど、頭で理解することと本能は全くの別なのだ。
それでも、それでも、止められないほどにフィレナは美味で、僕はお腹が空いていた。
「おいしいのね、よかった。いっぱい、お食べなさい」
フィレナの声はどこまでも僕を甘やかす。
僕は僕の頬を撫でる君の優しい手さえ噛り付いて呑み込んでしまいたいと思っているのに、フィレナはどこまでも優しい。
もういい、と口を離そうとするのに、空腹を訴える腹は僕自身よりずっと素直だ。
一瞬でも離すと溢れそうになる血を気づけば追いかけている。
戻る肉を待たずに次の肉を追いかけ、フィレナの指は跡形もなく消えている。
手首を辺りまで飲み込んだ僕を見るフィレナの瞳は変わらず優しくて、僕は美味しいのと切ないのがごちゃ混ぜになって泣きそうだった。
僕がこんなに食べてしまってもすぐに元のフィレナに戻るということだけが、どうしようもない救いだった。
だから僕は安心していつものように振る舞うことが出来た。間違っても人喰いという言葉に過剰反応はしなくて済んだ。
「いい宿ね、料金も高くないし」
フィレナがそう言って荷物をベッドに置くのを見て、僕もようやく荷物を降ろした。
さほど重いとは思っていなかったけどやはり多少の疲れもあったから降ろすと深い息が漏れた。
そのままどさりとベッドに座り込む。そんなに歩いてもいないし、移動は荷台に乗せてもらった。
なのにどうしてこんなに疲れているのだろう。
僕は肩で息を吐きながら一つのことに思い当たった。
しばらく食事をしていなかったからだ。
フィレナに宿まで待てるかと問われたのも当然だ。
フィレナと出会ってから空腹になることはほとんど無かったから、自分のことなのに忘れてしまっていた。
やっぱりフィレナには敵わない。
「……フィレナ」
僕が小さな声でフィレナを呼ぶ。
まるでそれが分かりきっていたという風にフィレナは微笑みながら僕の座るベッドに腰掛けた。
「お腹が空いたのね、ユーラント」
全部分かっているというようにフィレナは優しく笑う。全てが許されているみたいだった。そんなはずがないのに。
フィレナが笑顔のまま僕に手を伸ばす。しなやかに伸びた指先が僕の口元まで近づけられる。
僕の唇に静かに近づいてきたフィレナの爪先が触れる。僕はこくりと唾を飲んだ。
「さあ、召し上がれ」
フィレナのその言葉を合図に僕はそっと口を開き、フィレナの指を口に含んだ。
そしてそのまま一思いに、フィレナの柔らかな指に歯を立ててぐしゃりと噛みちぎった。
薄い皮膚という皮しか被っていない指なんて、少し力を込めれば瞬く間に千切れてしまう。
柔らかくてまるで甘いと錯覚してしまいそうな肉と歯応えのある骨を一気に噛み砕いて胃に落とす。
ひどく濃厚な匂いのする血は噴き出すように口いっぱいに溢れてくる。
勿体無いから一滴も零したくなくて、僕は啜りあげるように舐めとる。
肉の断面を舌でなぞると、早くも戻りたがるように肉が大きく震えていた。
すぐに増えて伸びるその肉にまた喰らい尽く。
僕のお腹が十分に満ちるまで、ひたすらにそれの繰り返しだ。
「おいしい?」
フィレナが無事な方の手で僕の頬を撫でながら優しく問いかける。うん、と大きく頷いてしまう自分が恨めしい。
でも、おいしい。おいしい。どうしようもないくらいに。
ふとした拍子に理性が飛んで全てを喰らい尽くしてしまいそうなほどにフィレナはおいしい。
ああ、理性なんて本当にあるのだろうか。こんな風に、獣のように人間を貪るだなんて、正気の人間がすることではない。
分かっている。僕は正気ではないし、きっと人間でもない。でも僕は人間でいたい。だったらこんなこと止めないと。
けれど、頭で理解することと本能は全くの別なのだ。
それでも、それでも、止められないほどにフィレナは美味で、僕はお腹が空いていた。
「おいしいのね、よかった。いっぱい、お食べなさい」
フィレナの声はどこまでも僕を甘やかす。
僕は僕の頬を撫でる君の優しい手さえ噛り付いて呑み込んでしまいたいと思っているのに、フィレナはどこまでも優しい。
もういい、と口を離そうとするのに、空腹を訴える腹は僕自身よりずっと素直だ。
一瞬でも離すと溢れそうになる血を気づけば追いかけている。
戻る肉を待たずに次の肉を追いかけ、フィレナの指は跡形もなく消えている。
手首を辺りまで飲み込んだ僕を見るフィレナの瞳は変わらず優しくて、僕は美味しいのと切ないのがごちゃ混ぜになって泣きそうだった。
僕がこんなに食べてしまってもすぐに元のフィレナに戻るということだけが、どうしようもない救いだった。
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