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12.望みは決して捨てません
しおりを挟む私が初めて輝と出会ったのは、保育園に通っていた頃ではなかった。
もっと、ずっと前だ。どれくらい昔かはよく分からない。
その頃の私は猫で、そんなことは気にしない生き物だったから。
昔の記憶が鮮やかに蘇る。
大丈夫?と問いかけてくれた優しい声。
可哀想に、と触れてくれた温かい手。
僕がついてると言ってくれたこと。
ああ、どうして忘れて入られたのだろう。それとも心のどこかで覚えていたのだろうが。だってこんなにも懐かしい。
私は捨て猫だった。
最初の飼い主がどんな飼い主だったかは覚えていない。とても小さいまだ子猫の頃の話だし、その後に拾ってくれた人がうんと優しかったから前の人のことを覚えている必要もなかった。
「かわいいね」
その人はいつも優しかった。私と彼は一人と一匹で長い間幸せに生きた。
「ミイちゃん」
彼は私のことをそう呼んだ。優しい声で呼ばれると嬉しくて私は何度も何度も鳴いた。
ああ、輝が私の名前を呼ぶたびに嬉しくなったのも当然だ。
だって昔から輝はずっと変わらない笑顔で私を呼んでくれていたのだから。
何年も何年も平穏に楽しく暮らしていた。
先に変化が訪れたのは私だった。餅丸と同様、私の尻尾も二本になったのだ。
輝は驚いていた。でも私を気味悪がることは一度もなかった。
それからも変わらず生活をした。
本当は猫又になった猫が行ける場所のことも本能で理解していた。でもそちらに行くつもりはなかった。
だって私には輝がいた。それだけで十分だった。
次の変化は突然だった。輝が病で倒れたのだ。
みるみるうちに弱っていく輝を見ていることしかできないのが辛くて、辛くて仕方がなかった。
そして愚かな選択をした。
猫又の世界に行ったのだ。輝を捨てたわけじゃない。ただ力が欲しかったのだ。輝を助けたかった。
猫又というからにはいわゆる一種の妖怪だろうとは見当がついていた。
だからきっと何か特別な力の使い方があるのだろうと。それを教えてもらうためにそちらの世界へ向かった。
簡単には帰ることもできないとも知らずに。
すぐに帰るつもりだった私はもちろん途方にくれた。輝は今この瞬間も弱っているのだから。
何度も何度もお願いした。猫又の主に頼み込んだ。でも笑うばかりだった。
狂ったように輝の名前を呼ぶ私を見て、一つの選択をくれた。
それは輝の転生先に私も人間として転生するというものだった。
でもそれは今世での輝のことは諦めるということだ。
そんなの嫌だと喚いたけど、それ以外に方法はないと笑われれば頷くしかなかった。
この主に遊ばれているのだと理解しつつも、私は来世へと望みを投げた。
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