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1.浮気!浮気!浮気!
しおりを挟む仕事が終わって家に帰ると、夫が浮気していた。
なんということだろうか。これを怒らずにいて、何に怒れと言うのだろう。
「浮気!これで何回目だと思ってるの!」
「誤解だよ、美衣ちゃん」
仁王立ちしている私を見て、私の夫の輝は腕に浮気相手を抱えたまま、ぶんぶんと首を振った。
言い訳するなら、せめて浮気相手から手を離してもらいたい。
妻を差し置いて、浮気相手の体を撫で続けているのは、一体どういうことだ。
「誤解も何も事実でしょ!」
私の剣幕を見ても、輝は困ったように笑うばかりで話にならない。
眉を下げてへにゃりと笑う輝は、それはそれで可愛らしいし、惚れた弱みで許してしまいそうにもなる。
でもここで許したらダメだ、と私はじろりと浮気相手を睨みつけた。
「そっちも、何か言ったらどうなの!」
私の顔を丸い目でじっと見つめていた浮気相手は、ようやく口を開いて一言発した。
「にゃあ」
それから退散だとばかりに、輝の腕の中からするりと抜け出してしまう。
灰色がかった毛並みをしたその子猫は、悔しくもとても愛らしい顔をしていて、妻としては冷静ではいられない。
「また猫を拾ってきて!うちにはもういっぱいいるのに!」
「だってあんなに小さいのに捨てられてて……しかも僕に擦り寄ってくるから……」
「私だって擦り寄るくらいできる!」
思わず噛みつくように言うと、輝はきょとんとした後にふわりと顔をほころばせた。
「美衣ちゃん、やきもち?」
「そんなんじゃない!」
とっさに否定したものの、確かにこれはやきもちなのだ。
わかってる。相手は猫で世間一般的に考えると浮気でもなんでもないのだ。ただの猫好きで、すぐに捨て猫を拾ってくる夫。わかってる。
でもダメなのだ。昔から輝が私以外の猫に触れていると、冷静ではいられない。せめて私を可愛がったその後でないと。
「そっか、うん。ごめんね、美衣ちゃん」
「……前に新しい猫を連れて来た時も、そう言ってたもん」
「そうだったね、ごめん」
優しく優しく謝られて、だんだんとほだされそうになる自分が憎い。
私だって、ずっと意地を張っていたくはないのだ。
別に私も猫が嫌いとかそういう気持ちはなくて、むしろ輝を好きになる猫たちには一種の同族意識がある。
「おいで、美衣ちゃん」
畳の上に座ったまま、輝が手を広げてそんなことを言うものだから、私の意地なんてどこかに吹っ飛んでしまった。
かろうじて残った理性によって、持っていた荷物を投げ出すのを我慢して床に置く。
余計なものを無くしてしまえば、あとは輝の胸に飛び込むだけだった。
「僕には美衣ちゃんが一番だよ」
ぎゅむぎゅむと腰の辺りに手を回して抱きついてしまえば、あとは輝に頭を撫でてもらうだけでいい。
さっきまで不機嫌だったのも忘れて、私はぐりぐりと頭を輝の手に押し付ける。
『また喧嘩してたよ』
『いや、仲直りしてる』
『本当だ、見てごらんよ』
私がせっかく輝と戯れて仕事の疲れを癒しているというのに、輝の背後の障子からひょっこりとうちの猫たちが顔を出した。
私が不服そうな顔をするのを見て、輝が不思議そうな顔をする。
輝には猫たちがにゃあにゃあと鳴いているようにしか聞こえないのだ。
『全く、新入りが来るたびにあの騒ぎ』
『ほんと、夫婦喧嘩は猫も食わないってな』
言わせておけば言いたい放題に言う猫たちをぎろりと睨むと、怖い怖いと笑いながら猫たちは撤退していった。
私はふん、と鼻を鳴らす。
「どうしたの、美衣ちゃん」
「んーん、なんでもない」
猫が大勢暮らすこの屋敷では、猫の言葉が分かるという私のちょっとした特技は役に立つことも多い。
でもこんな時は、鳴き声しか聞こえない輝が羨ましくもなる。
私はそう言いたいのは堪えて、いいからもっと撫でて、と最愛の夫にねだった。
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