藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜

蒼キるり

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涙の章

九話

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 この間と全く同じように押し倒そうとすると、藤は意外なことに弱々しく押し返してきた。


「おやめください」


 震える声で確かに抵抗を示すことに少し感心した。


「主人に逆らうつもりなのかしら」


 私の声にびくりと怖がってはいるものの、決してその手を退けようとはしない。
 けれど私も止めるつもりなど毛頭ない。


「こんなことして何になるのですか」


 その目にはもう既に涙の膜が張られているのに、無駄な抵抗をする様が嫌いではなかった。


「女御様のお気持ちがこれで晴れるのならば辱めに耐えることもできます。でも、女御様は自分から傷つこうとしているように見える」

「そうかもね」

「で、では、そんなことして、何になるというのです」


 私が肯定するとは思っていなかったのだろう。
 混乱している藤をこの隙にも床に縫い付ける。悲鳴は上がれど誰も駆け付けてなど来ない。
 ここは私の城だ。


「自分を傷つけてでも、貴女を傷つけたいのよ。そんなこともわからないの?」

「どうして、そんなことを」


 藤は真っ直ぐな瞳を私に向けてくる。
 一心に見上げられるのは悪い気分ではない。


「女御様は私がお嫌いなのですか?」

「そうね、憎んでいるのかもしれない」


 藤の目が揺れる。ああ、私に憎まれると言われるのが嫌なのか、と気付いて少し高揚する。
 そうだ、この子はあんなことをされても私の側から離れなかった子なのだ。
 きっと嫌がるだろうと思っていたのに。泣きながら私のそばにいる。


「けれど、嫌いかと言われると、違うのでしょうね」


 少しだけ湧いた優しい気持ちでそう言うと、藤は幼子のように目を瞬かせた。


「私は嫌いな人にこんな風に触れたいとは思えないもの」


 そう言いながら首筋に手を滑らせた。
 は、と漏れた息の艶っぽいこと。どれだけ真似をしてもこうはならない。
 私の前でだけこうなるなんて、本当かしら。それとも誰にでもそんな風に喜ばせる言葉を吐くのかしら。
 この身体は誰かを受け入れたことがあるのかしら。


「それでも、憎んではいるわ」

「どうして、ですか」


 悲しそうな瞳。もっとさせたくなる。
 もっと私で絶望すればいい。


「私を私でなくしたからよ。私はもう昔の私に戻れない」


 戻りたいのかも、もうわからなかった。
 けれど昔の私の方が幸福であったことは知っている。


「貴女も戻してなどやらない。私と一緒に落ちるところまで落ちなさい」


 どれほど拒まれたとしても、この子を手放すつもりは私にはないのだ。
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