藤と涙の後宮 〜愛しの女御様〜

蒼キるり

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涙の章

七話

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 今宵、本当に久しぶりに御上との逢瀬に恵まれた。
 御上に会うのはいつぶりだろう。何かの気まぐれには違いないだろうが、私を選んでくれたことを喜ばなくてはならない。

 月明かりの下で御上が私の顔を見ている。紙に触れられるその手がとても光栄だと思うのに、どうしてだろう。
 前の時とは感覚が違う気がして、自分が自分でないようにも感じて、ひどく心許ない。

 どうして御上の顔を見ながら、あの子を思い出してしまうの。


「お前もたまには愛らしい顔をするのだな」


 御上が私の頬を撫でた。私は曖昧な返事をするしかできない。
 だって、前と何も変えているつもりはないのだ。
 強いて言うのなら、あの子と触れ合ったこと。


「いつのことだったかは覚えていないが、あの夜のお前はこんな顔ではなかった」


 御上の言葉に、濡れた瞳のあの子を思い出す。
 あの子の艶やかな表情。快感に溺れて泣きそうな顔。助けを求めるように向けられた視線。
 もし、私があの子のような顔をしているとしたら、どうしたら愛されるかと問うた答えをもらったようなものだ。
 それなのに、私の心が晴れやかになれないのは、御上に喜んでもらえてよかったと思えないのは、どうしてだろう。


「あの夜のお前はこんなにも熱くはなかった」

「……そうでしょうか」

「ああ、今夜も何も考えているのかわからないお前の顔を見るのだとばかり思っていた。それでも会おうと思ったのは、いつかこんな顔が見れるのではと思っていたからだ」


 まるで自分の手柄だとでも言いたげな御上に微笑みながらも、心が冷えていくのを感じた。
 そのことに涙が出そうだった。喜んでいたいのに。この人のために私はこうなれたのだと思っていたいのに。あなたのためにここにいますと言いたいのに。
 思い出すのはあの子の愛らしい顔ばかりなのだ。


「貴方をずっと待っておりましたので」


 心にもないことを囁きながら、あの子の真似をするように高い声を途切れ途切れに発した。
 御上が嬉しそうな顔。満足そうな顔は夜闇の中でもよく見えた。少しも心は動かされない。
 私の熱はあの子を思い出して小さく燃えているだけ。私の本当の熱はあの子の前でだけ発揮されるの。

 手を伸ばしてしまったことを、こんなにも後悔するなんて思わなかった。
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