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藤の章
五話
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「女御様が、寒いのではないかと思って、だから、私、見ていられなくて」
はしたないと分かっていながらも本音が口からぽろぽろと溢れてしまう。
「女御様がお辛い思いをされるのが、私は一番耐えられないんです」
私の言葉を聞いた女御様が不意に動きを止めてしまう。突然のことに思わず張り詰めていた息が上がりそうになる。
「女御様?」
不安になって問い掛けると、女御様は今までに見たことのない顔を私に見せた。
その顔を表現する術を私はひとつも持ってはいなくて、ただ分かることは女御様のこんな顔を見たことがあるのは私だけだろうということだ。
「どうしてそんなお顔をされるんですか?」
不躾ともいえる私の質問に答えが返ってくることはなかった。
その代わりとでも言うように、女御様は信じられないことをしたのだ。
私の唇に女御様はご自分の唇をぶつけるようにして口づけをなさったのだ。
ああ、女御様のお美しく彩られた紅が穢されてしまう。何故か真っ先に思ったことはそれで、どうかやめてほしいと思った。
こんな風に深く触れあってしまえばそれに私の気持ちさえ見透かされそうだ。
溶けてしまいそうなほど熱い舌を感じて、私の喉から妙に高い声が零れてしまう。
「……女御様」
そんな私の声を聞いた女御様は一体どうお思いになるのだろう。
そう思うと余計に面倒に思われるかもしれないとわかりつつ縋らずにはいられなかった。
「女御様、お願いです。私をもう要らないなどと言わないでください」
今宵を境に私は捨てられてしまうのかもしれない、と唐突に思ったのだ。
これが終わる頃には女御様はもう私を必要としない。
今までの女御様との短くも濃密な日々を思い出し、私は涙が止められなかった。
「……貴女の方から女房は辞めたいというかと思っていたわ」
「私から女御様のお側を離れたいだなんて、言うはずがありません。私は女御様のお側にいることだけが幸福なんです」
女御様はようやくいつものような笑みを見せてくださった。
けれどいくら鈍感な私でもその笑みの向こうにある想いが優しいものではないことくらいはわかっていた。
「本当に愚かね、藤」
その先は今まで以上に女御様に翻弄されてしまって、ついぞ日が暮れるまで終わることはなかった。
はしたないと分かっていながらも本音が口からぽろぽろと溢れてしまう。
「女御様がお辛い思いをされるのが、私は一番耐えられないんです」
私の言葉を聞いた女御様が不意に動きを止めてしまう。突然のことに思わず張り詰めていた息が上がりそうになる。
「女御様?」
不安になって問い掛けると、女御様は今までに見たことのない顔を私に見せた。
その顔を表現する術を私はひとつも持ってはいなくて、ただ分かることは女御様のこんな顔を見たことがあるのは私だけだろうということだ。
「どうしてそんなお顔をされるんですか?」
不躾ともいえる私の質問に答えが返ってくることはなかった。
その代わりとでも言うように、女御様は信じられないことをしたのだ。
私の唇に女御様はご自分の唇をぶつけるようにして口づけをなさったのだ。
ああ、女御様のお美しく彩られた紅が穢されてしまう。何故か真っ先に思ったことはそれで、どうかやめてほしいと思った。
こんな風に深く触れあってしまえばそれに私の気持ちさえ見透かされそうだ。
溶けてしまいそうなほど熱い舌を感じて、私の喉から妙に高い声が零れてしまう。
「……女御様」
そんな私の声を聞いた女御様は一体どうお思いになるのだろう。
そう思うと余計に面倒に思われるかもしれないとわかりつつ縋らずにはいられなかった。
「女御様、お願いです。私をもう要らないなどと言わないでください」
今宵を境に私は捨てられてしまうのかもしれない、と唐突に思ったのだ。
これが終わる頃には女御様はもう私を必要としない。
今までの女御様との短くも濃密な日々を思い出し、私は涙が止められなかった。
「……貴女の方から女房は辞めたいというかと思っていたわ」
「私から女御様のお側を離れたいだなんて、言うはずがありません。私は女御様のお側にいることだけが幸福なんです」
女御様はようやくいつものような笑みを見せてくださった。
けれどいくら鈍感な私でもその笑みの向こうにある想いが優しいものではないことくらいはわかっていた。
「本当に愚かね、藤」
その先は今まで以上に女御様に翻弄されてしまって、ついぞ日が暮れるまで終わることはなかった。
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