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3.夢のようなおうむ返し
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「最初に聞いた言葉をおうむ返しにするのか? 言語だってわかるのか? どこから発声してるんだ?」
俺が立て続けに幾つも質問すると、わあむわあむわあむと何度も反響するように声が響いた。
はは、と自分の口からさっきよりも明るい笑い声が出てくるのがわかった。これは紛れもない喜びだった。
「俺、本当に久しぶりに人と話したからさ、ワームって返事しか返ってこないお前相手でも楽しい」
たとえそれが目に見えない相手だったとしても、嬉しいことに変わりはない。寂しさがいくらも紛れた気がした。
向こうには俺が見えているのだろうか。元々こういう姿形をした生き物なのだとしたら、透明な網膜は使い物になるのだろうか。
「お前は、って、お前ってちょっと無礼過ぎる? 気にしない? 君の方がいい?」
少し冷静になった頭でそう尋ねてみるも、相手からの返答はもちろん「わあむ」だけだ。
「俺が言ったことが合ってたり良かったりしたらワームって一回、駄目なら二回言うってことにしないか?」
伝わるかもわからないのにそう提案していた。なんとなく、ただの勘だけど、伝わっている気がしたのだ。
それが孤独な人間が見た愚かな願望でしかなくても、俺は確かに伝わっていると思ったのだ。
わあむ、と明確に一つの言葉が返ってきた。
「……それでいい、ってことか?」
一つだったからそういうことだろうと恐る恐る問い掛ける。
俺の問いかけに確かに答えるようにもう一度響く、わあむ、という声に俺は涙さえ出てきそうだった。
「うっわあ」
思わず飛び出た声は間抜けで、それでも声に出さずにはいられなかった。
「本当に通じるんだ、うわあ」
通じている。通じている。俺の言葉が。意思が。返事がある。俺に向けて。俺だけに。
なんと素晴らしいことだろう。俺は今、一人ではないのだ。
「な、なあ、触ってみてもいい、か? いや、そもそも触れるのか。とりあえず、試してみるだけ。いいか?」
一つ叶えばもう一つと欲が出る。長らく生き物と触れ合ってなどいない。随分と昔、両腕の中に抱いた柔らかく甘い香りのする生き物を抱き上げた時のことを思い出して、すぐに打ち消した。
見えない相手はひどく優しく聞こえる声で、わあむ、と言った。了承だとわかり、体が震えた。
手を伸ばそうとしたその瞬間、腰に付けた機械のアラームが鳴った。初日だから体調管理のために宇宙船に戻れと言っているのだ。
もう少しだったのに、と思う気持ちをぐっと堪えつつ、宙に向かって笑って見せた。
「また明日来るから、な。また話してくれ。その時に触らせてくれ」
そう言って急いでその場を後にした。指定の時間に宇宙船に居ないと何か問題があったと本部に報告されてしまう。
走って宇宙船に帰った後に少し迷ってから生命体らしきものを発見した旨を報告する。まだ確定はできないとも入念に付け足しておいた。明日も自分で調査可能だと。
ああ、夢のようなひと時だった。どうか明日も消えていませんように。あそこにいてくれますように。
そう願いながら眠りに就いた。もし上手くいけば長い付き合いになるかもしれないからだ。
俺が立て続けに幾つも質問すると、わあむわあむわあむと何度も反響するように声が響いた。
はは、と自分の口からさっきよりも明るい笑い声が出てくるのがわかった。これは紛れもない喜びだった。
「俺、本当に久しぶりに人と話したからさ、ワームって返事しか返ってこないお前相手でも楽しい」
たとえそれが目に見えない相手だったとしても、嬉しいことに変わりはない。寂しさがいくらも紛れた気がした。
向こうには俺が見えているのだろうか。元々こういう姿形をした生き物なのだとしたら、透明な網膜は使い物になるのだろうか。
「お前は、って、お前ってちょっと無礼過ぎる? 気にしない? 君の方がいい?」
少し冷静になった頭でそう尋ねてみるも、相手からの返答はもちろん「わあむ」だけだ。
「俺が言ったことが合ってたり良かったりしたらワームって一回、駄目なら二回言うってことにしないか?」
伝わるかもわからないのにそう提案していた。なんとなく、ただの勘だけど、伝わっている気がしたのだ。
それが孤独な人間が見た愚かな願望でしかなくても、俺は確かに伝わっていると思ったのだ。
わあむ、と明確に一つの言葉が返ってきた。
「……それでいい、ってことか?」
一つだったからそういうことだろうと恐る恐る問い掛ける。
俺の問いかけに確かに答えるようにもう一度響く、わあむ、という声に俺は涙さえ出てきそうだった。
「うっわあ」
思わず飛び出た声は間抜けで、それでも声に出さずにはいられなかった。
「本当に通じるんだ、うわあ」
通じている。通じている。俺の言葉が。意思が。返事がある。俺に向けて。俺だけに。
なんと素晴らしいことだろう。俺は今、一人ではないのだ。
「な、なあ、触ってみてもいい、か? いや、そもそも触れるのか。とりあえず、試してみるだけ。いいか?」
一つ叶えばもう一つと欲が出る。長らく生き物と触れ合ってなどいない。随分と昔、両腕の中に抱いた柔らかく甘い香りのする生き物を抱き上げた時のことを思い出して、すぐに打ち消した。
見えない相手はひどく優しく聞こえる声で、わあむ、と言った。了承だとわかり、体が震えた。
手を伸ばそうとしたその瞬間、腰に付けた機械のアラームが鳴った。初日だから体調管理のために宇宙船に戻れと言っているのだ。
もう少しだったのに、と思う気持ちをぐっと堪えつつ、宙に向かって笑って見せた。
「また明日来るから、な。また話してくれ。その時に触らせてくれ」
そう言って急いでその場を後にした。指定の時間に宇宙船に居ないと何か問題があったと本部に報告されてしまう。
走って宇宙船に帰った後に少し迷ってから生命体らしきものを発見した旨を報告する。まだ確定はできないとも入念に付け足しておいた。明日も自分で調査可能だと。
ああ、夢のようなひと時だった。どうか明日も消えていませんように。あそこにいてくれますように。
そう願いながら眠りに就いた。もし上手くいけば長い付き合いになるかもしれないからだ。
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