私の親友

蒼キるり

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9.誰がなんと言おうと

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「ただのお話だよ。クラスメイト同士の。ねえ、田辺。安藤に言ってやってよ」


 この人すぐ喧嘩売ってくるんだよ、と瑠衣に言うその人に腹が立って言い返したかったけど、瑠衣が私にだけ分かるように小さく首を振るからしぶしぶ飲み込んでおいた。


「田辺さぁ、安藤とただの友だちだって本当なの?」


 黙っている私を見て調子づいたのか、そんな馬鹿げた質問をしている。
 普段お互いとしかいない私たちが女子の集団に囲まれていることの異様さからか、クラスのみんながこちらを注目しているのがわかる。
 神崎もこっちを見ているのに気づいて、私はやめてと言いたかったのに、その前に瑠衣が口を開いた。


「ただの友だちじゃないよ。親友だから」


 こんな時だというのに、瑠衣がそんな風に言ってくれることに一瞬心が躍った。
 瑠衣の涼しげな表情に苛立ったらしく、その人は馬鹿みたいに声を張り上げた。


「ふーん。じゃあ、前から思ってたんだけど、もしかして田辺ってあれなの?」


 なにを言おうとしているか、怖いほどに一瞬で理解できた。
 どうしてだろう。いつかきっとこうなることを、心のどこかで怖がっていたからだ。
 やめろ、と今度は本当に声が出た。あんたみたいに人の気持ちをなんにも考えない人が瑠衣の触るな。
 瑠衣の心に触るな。


「田辺って、しょっちゅう神崎のこと見てるもんね。もしかしてとは思うけどさぁ、神崎のこと好きなの?」


 クラスのざわめきが怖いくらいに広がって、無遠慮な視線が瑠衣に注がれる。
 それは好奇心と嫌悪感のごちゃまぜで、隣に突っ立っているだけの私まで気持ち悪くなるくらいだ。
 その様子をずっと困ったように眺めていた神崎が口を挟んだ。
 どこまでも真面目そうな人で、自分の常識を少しも疑ってない人だった。


「田辺は安藤さんと付き合ってるんだろ。馬鹿なこと言うなよ。それに、そんなの気持ち悪いだろ」


 瑠衣を庇うつもりだったのだろう。
 でもその言葉はナイフのように鋭く瑠衣の心に刺さる。それを私は瑠衣の顔を見ずともわかった。
 なぜなら私たちは親友だから。


「男が男を好きなんて」


 ガンッ、と予想以上に大きな音が出た。私が近くの椅子を蹴り飛ばした音だ。
 物に当たるんじゃないって、後で瑠衣に怒られるかなと少し思う。
 みんなの視線が一瞬にして集まる。瑠衣にではなく私にだ。
 良い方法ではないけど、馬鹿な私はこんな方法しか思いつかない。


「そうやって人のこと、簡単に気持ち悪いとか言える人の方が、よっぽど気持ち悪い」


 神崎は何が起きたのかわからないような顔をしていて、それでも怒った様子は少しもなくて、ああやっぱりこの人は表面上はいい人なのだろうなとしみじみ思った。
 ただ私たちの感性とは相容れないだけで、いい人であることに変わりはないのだろう。
 それはとても悲しいことではあるけれど。
 瑠衣、と呼びかけて私は瑠衣の手を掴んだ。周りの人たちを跳ね飛ばすように、高い背を生かしながらずんずんと歩く。
 私のプリーツスカートが不恰好に揺れる代わりに、瑠衣のズボンは揺れないから、走るときに身軽でいいなとこんな時にどうでもいいことを考える。


「美奈……授業、始まるよ」

「いいじゃん、たまにはサボろうよ」


 私たちは校内で手を繋いでいる馬鹿なカップルに見えるのかもしれない。
 時折すれ違う人が興味深そうにこちらを見ているのは分かるけど、気にはならなかった。
 私たちが親友だということは、私たちが一番よく分かっている。
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