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8話 悪いのは誰?
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「……ただいま」
小声でそれだけ言って部屋に行こうと思ったのに、玄関の扉を開く音が聞こえたのか、奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
きっと母だろう。私が秋祭りに行くために家を出た時にはいなかったのに。
全く今日は運もタイミングも悪すぎる。
「またそんな格好して……」
顔を覗かせた母は私を見てすぐに顔を顰め、そんなことを不躾に言ってきた。
小さな声ではあったけど、ちゃんと聞こえている。
私のお気に入りのピンクのフリルがたっぷりついたスカートがそんなにおかしいだろうか。
そんな、と母に言われなければいけないものだとは私にはどうしても思えない。思いたくない。
「ねえ、紗穂。新しい服でも買わない? あなた、もう少しシンプルな服の方が似合うと思うのよ」
私が黙って聞いているからか、いつもより幾分か優しい声で取り繕ったようにそんなことを言ってくる。
どうしてそんなこと決められなきゃいけないの。どんな服を着ても私の勝手じゃない。似合うに似合わないは他人に決められることじゃないし、そもそも似合おうが似合わまいが、人は誰だって好きな服を着ていいはずなのに。
そんな返事をするのも面倒で、私は母の横を通り抜けて自分の部屋に向かおうとする。
「紗穂、待ちなさい」
もう放っておいてほしいのに。私は今、言い返す元気もないのに。
母はそんなことはお構いなしに私を呼び止める。苛立ちのこもった声だ。
「また日向くんと遊んでたんでしょう」
「日向と遊んだらいけないの?」
思いがけない言葉に、つい振り返ってしまった。
母は口が滑ったとでも言いたげな表情をして、ごにょごにょと喉の奥の方で何かを言っている。
どうして今、日向の名前が出てくるのだろうとそれが不思議だった。
母は私の目を見ない。それどころか下手な作り笑いを浮かべて言う。
「もういい年なんだから、紗穂もたまには女の子のお友達を家に連れて来なさい」
いつもなら言い返すのだけど、今日はそんな気力はないから、私はもう一度母に背を向けて歩き始めた。
「向こうもあなたとばっかりいたら、友達ができないでしょ、紗穂!」
背中に母の叫ぶような言葉を聞きながらその場を後にする。
今日の母は一段と苛立っているように見えた。その理由を考える元気もない。
部屋に入ってすぐにベッドに雪崩れ込んだ。
いつもならお気に入りの服がシワにならないように服を着替えるけど、そんな余裕もない。
自分の頭につけた髪飾りを無造作に取り外して、もう一つの日向にあげたはずだった髪飾りと並べる。
どちらもとても可愛く出来ていた、私の自信作だ。
けれど、この世の中はかわいいだけではどうしようもないことがあるらしい。
『やっぱり、こんなの、普通じゃない』
日向が泣きそうになりながら言っていたことが蘇る。
普通、普通じゃない。
日向が昔からよく言う言葉。日向が信じていること。私がいつも笑い飛ばしてしまうもの。
ねえ、それじゃあいけなかったの? どうして日向は一人で帰ってしまったの?
私が悪かったの? あなたが言う普通じゃないってそんなにおかしなことなの?
小声でそれだけ言って部屋に行こうと思ったのに、玄関の扉を開く音が聞こえたのか、奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
きっと母だろう。私が秋祭りに行くために家を出た時にはいなかったのに。
全く今日は運もタイミングも悪すぎる。
「またそんな格好して……」
顔を覗かせた母は私を見てすぐに顔を顰め、そんなことを不躾に言ってきた。
小さな声ではあったけど、ちゃんと聞こえている。
私のお気に入りのピンクのフリルがたっぷりついたスカートがそんなにおかしいだろうか。
そんな、と母に言われなければいけないものだとは私にはどうしても思えない。思いたくない。
「ねえ、紗穂。新しい服でも買わない? あなた、もう少しシンプルな服の方が似合うと思うのよ」
私が黙って聞いているからか、いつもより幾分か優しい声で取り繕ったようにそんなことを言ってくる。
どうしてそんなこと決められなきゃいけないの。どんな服を着ても私の勝手じゃない。似合うに似合わないは他人に決められることじゃないし、そもそも似合おうが似合わまいが、人は誰だって好きな服を着ていいはずなのに。
そんな返事をするのも面倒で、私は母の横を通り抜けて自分の部屋に向かおうとする。
「紗穂、待ちなさい」
もう放っておいてほしいのに。私は今、言い返す元気もないのに。
母はそんなことはお構いなしに私を呼び止める。苛立ちのこもった声だ。
「また日向くんと遊んでたんでしょう」
「日向と遊んだらいけないの?」
思いがけない言葉に、つい振り返ってしまった。
母は口が滑ったとでも言いたげな表情をして、ごにょごにょと喉の奥の方で何かを言っている。
どうして今、日向の名前が出てくるのだろうとそれが不思議だった。
母は私の目を見ない。それどころか下手な作り笑いを浮かべて言う。
「もういい年なんだから、紗穂もたまには女の子のお友達を家に連れて来なさい」
いつもなら言い返すのだけど、今日はそんな気力はないから、私はもう一度母に背を向けて歩き始めた。
「向こうもあなたとばっかりいたら、友達ができないでしょ、紗穂!」
背中に母の叫ぶような言葉を聞きながらその場を後にする。
今日の母は一段と苛立っているように見えた。その理由を考える元気もない。
部屋に入ってすぐにベッドに雪崩れ込んだ。
いつもならお気に入りの服がシワにならないように服を着替えるけど、そんな余裕もない。
自分の頭につけた髪飾りを無造作に取り外して、もう一つの日向にあげたはずだった髪飾りと並べる。
どちらもとても可愛く出来ていた、私の自信作だ。
けれど、この世の中はかわいいだけではどうしようもないことがあるらしい。
『やっぱり、こんなの、普通じゃない』
日向が泣きそうになりながら言っていたことが蘇る。
普通、普通じゃない。
日向が昔からよく言う言葉。日向が信じていること。私がいつも笑い飛ばしてしまうもの。
ねえ、それじゃあいけなかったの? どうして日向は一人で帰ってしまったの?
私が悪かったの? あなたが言う普通じゃないってそんなにおかしなことなの?
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