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7話 届かない声
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ようやく私の口からそれだけ出てくれた。
言いたいことの百分の一も言えていない。聞こえたかどうかも分からない。
けれど、私の言葉に反応したのか、飛び跳ねるように日向が走り出してしまう。
「日向!」
私が呼びかけても日向は一切振り返らない。
最後に一度だけその人を睨んでから、私もその場を後にした。
私だけの時には一言も何も言われなかった。
それどころか日向がその場を去ったことに驚いているようにすら見えた。
私は他のことなんて考えている暇はなかった。今はともかく日向を追わなくては。
思っていたよりもずっと日向は足が速かった。前からあんなに早かっただろうか。
いつだって私達は並んで歩いていたから、そんなことも知らなかった。
人混みの中もするすると日向は通り抜けた。
そして再度人が少なくなった辺りでようやく足を緩やかな動きに変えたから、私は追いつくことが出来た。
私の息は切れていたけど、日向はそれほどでもない。
「……ごめん、紗穂ちゃん」
なんとか日向の斜め前まで来た私に日向が謝ってくる。
何を謝っているのだろう。さっきのことなら悪いのは向こうで、日向は何にも悪くない。
むしろあんな所に連れて行った私の方が謝るべきだろうか。
「さっきの、話、だけどね」
私の思惑とは別に、日向は違う話をしようとしているようだった。
とても嫌な予感が私の胸を掠めた。
「やっぱり、信じられない」
かわいいって、大丈夫だって、いつも言ってくれるけど、信じられない。
そう日向は言ったのだ。私は崖から突き落とされたようなそんな気持ちになってしまう。
「日向はかわいいじゃない」
知らず知らずのうちに声が震えていた。
何度伝えても、響いていなかったというのか。
いや、響いても捨てたいというのか。私の気持ちは嘘だというのか。
あなたがあなたらしくいてほしいという私のメッセージを日向は無かったことにするのか。
「日向はかわいいものが好きで、可愛くなりたくて、そんな日向は誰よりかわいいよ」
どうして分かってくれないの。そんな思いでいっぱいだった。
日向はかわいいのに。私は私が思うことを言っているのに。
私達が私達の好きなものを否定してしまったら、誰が私達の思うかわいいものを大切にするの。
「ずっと、誤魔化して、隠して、こうやって来たけど」
日向が今には泣き出してしまいそうに顔を歪めながら、途切れ途切れに確かにそう言ったのだ。
「やっぱり、こんなの、普通じゃない」
日向はそう言いながらもひどく優しい手つきで髪飾りを外した。
私の手のひらにぽとん、と何日もかけて作った可愛らしい髪飾りが落とされる。
「ごめんね。僕は、紗穂ちゃんみたいに強くなれない」
そう言い残して、日向は私に背を向けた。
止める暇もなく、日向は私を置いて行ってしまう。
私に残されたのは髪飾りだけ。
さっきの幸せだった時間と今はまるで天と地だった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「私は……強くないよ」
消え入りそうな声が日向に届くことはもちろん無かった。
どうして伝わらないのだろう。どうして届かないのだろう。
私はこんなにも日向のことを思っているのに。
思わず力を入れてしまった手の中で、髪飾りが泣いているみたいにくしゃりと音を立てた。
私はなんだかひどく疲れてしまって、そのままどの道を歩いたか分からないほどに憔悴して家へと帰った。
言いたいことの百分の一も言えていない。聞こえたかどうかも分からない。
けれど、私の言葉に反応したのか、飛び跳ねるように日向が走り出してしまう。
「日向!」
私が呼びかけても日向は一切振り返らない。
最後に一度だけその人を睨んでから、私もその場を後にした。
私だけの時には一言も何も言われなかった。
それどころか日向がその場を去ったことに驚いているようにすら見えた。
私は他のことなんて考えている暇はなかった。今はともかく日向を追わなくては。
思っていたよりもずっと日向は足が速かった。前からあんなに早かっただろうか。
いつだって私達は並んで歩いていたから、そんなことも知らなかった。
人混みの中もするすると日向は通り抜けた。
そして再度人が少なくなった辺りでようやく足を緩やかな動きに変えたから、私は追いつくことが出来た。
私の息は切れていたけど、日向はそれほどでもない。
「……ごめん、紗穂ちゃん」
なんとか日向の斜め前まで来た私に日向が謝ってくる。
何を謝っているのだろう。さっきのことなら悪いのは向こうで、日向は何にも悪くない。
むしろあんな所に連れて行った私の方が謝るべきだろうか。
「さっきの、話、だけどね」
私の思惑とは別に、日向は違う話をしようとしているようだった。
とても嫌な予感が私の胸を掠めた。
「やっぱり、信じられない」
かわいいって、大丈夫だって、いつも言ってくれるけど、信じられない。
そう日向は言ったのだ。私は崖から突き落とされたようなそんな気持ちになってしまう。
「日向はかわいいじゃない」
知らず知らずのうちに声が震えていた。
何度伝えても、響いていなかったというのか。
いや、響いても捨てたいというのか。私の気持ちは嘘だというのか。
あなたがあなたらしくいてほしいという私のメッセージを日向は無かったことにするのか。
「日向はかわいいものが好きで、可愛くなりたくて、そんな日向は誰よりかわいいよ」
どうして分かってくれないの。そんな思いでいっぱいだった。
日向はかわいいのに。私は私が思うことを言っているのに。
私達が私達の好きなものを否定してしまったら、誰が私達の思うかわいいものを大切にするの。
「ずっと、誤魔化して、隠して、こうやって来たけど」
日向が今には泣き出してしまいそうに顔を歪めながら、途切れ途切れに確かにそう言ったのだ。
「やっぱり、こんなの、普通じゃない」
日向はそう言いながらもひどく優しい手つきで髪飾りを外した。
私の手のひらにぽとん、と何日もかけて作った可愛らしい髪飾りが落とされる。
「ごめんね。僕は、紗穂ちゃんみたいに強くなれない」
そう言い残して、日向は私に背を向けた。
止める暇もなく、日向は私を置いて行ってしまう。
私に残されたのは髪飾りだけ。
さっきの幸せだった時間と今はまるで天と地だった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「私は……強くないよ」
消え入りそうな声が日向に届くことはもちろん無かった。
どうして伝わらないのだろう。どうして届かないのだろう。
私はこんなにも日向のことを思っているのに。
思わず力を入れてしまった手の中で、髪飾りが泣いているみたいにくしゃりと音を立てた。
私はなんだかひどく疲れてしまって、そのままどの道を歩いたか分からないほどに憔悴して家へと帰った。
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