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6話 本当のことと正しいこと

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 私達の家の近所で行われる秋祭りは夏祭りほど豪華には行われないけど、それでも幾つかの屋台は出る。
 私達は手早く欲しいものだけ買って、それを片手に私が見つけた人気のない場所に日向を案内した。
 街灯もほとんど届かない坂の上だけど、これから先出てくる神輿は遠目に見える場所だということはちゃんと調べてある。


「ね、ここなら大丈夫でしょう?」


 小ぶりのりんご飴を食べ切ってから、私はちょっぴり胸を張ってそう言う。
 辺りを見回した日向も安心したように微笑んで頷いてくれた。
 私はゴミを袋にまとめて手を開けてから、大切にしまってあった髪飾りを取り出した。
 私の髪飾りはもう髪に付けてあるから、あとは日向だけだ。
 暗い中でも明るい色の髪飾りはよく映えるように見えた。
 はい、とすぐに手渡せばよかったのに、こちらを見て期待を目に含めながら待ってくれている日向があまりに可愛らしいとしか言えなくて、私はつい動きを止めてしまった。
 日向が不思議そうな顔をして首を傾げる。


「紗穂ちゃんが付けてくれるの?」


 そういうつもりではなかったけど、ちょうどいいと思って、うんと頷く。
 日向が少しこちらに頭を傾けてくれる。
 さらりとした日向の髪をそっと撫で付けながら、髪飾りを差し込んでぱちりと止める。


「日向、かわいい」


 自分で作って手ずから付けさせてもらった髪飾りをつけた日向を一歩下がって眺めると、思わずそんな言葉が口から漏れた。
 日向が嬉しいような照れくさいような、はたまたくすぐったいような顔で笑う。
 薄っすらと染まった頬とも相まって一層可愛らしい。


「日向は本当にかわいい」

「……ありがとう」

「うっとりしちゃう」


 勢い余ってそんなことを言う私に日向が控えめに笑い声を零す。
 日向の手が自分の髪につけた髪飾りに伸びて、指先がさらりとそれを掠める。
 お揃いだ、と日向はくしゃりと笑った。
 ひどく嬉しそうに日向の目が細められる。


「紗穂ちゃんはさ、いつもそう言ってくれるけど」

「だって、本当のことだから」


 恥ずかしそうに日向の目が伏せられて、本当に本当だ、と私は日向の顔を覗き込む。
 日向に嘘は言わない。お世辞だって言わない。
 全部全部、私が本気で思っていることだ。


「日向はきっと私の知ってる誰よりも可愛くなりたいって思ってるから、かわいいの」

「……紗穂ちゃんがいつも言う、可愛くなりたいと思う人は、もうその時すでにかわいいってやつ?」

「その通り!」


 私がつい大きな声で同意すると、ふふ、と日向が笑った。
 それから私の髪飾りに目を移して、確かに紗穂ちゃんはかわいいもんね、と言ってくれた。


「紗穂ちゃんが言うと、本当のことみたいに聞こえる。本当にそうなんじゃないかって、信じてもいいんじゃないかって……」


 天にも昇る心地だった。日向がそんなことを言ってくれるなんて。
 信じていいよ。信じてよ。日向は自分の好きなかわいいものをずっと好きでいていいんだよ。
 私がそう言おうとした時、日向がもしかしたら信じてくれたかもしれないその時、がさりとひどく嫌な音がした。
 私と日向は同時に音の方に体を向けた。
 日向の体が怯えるように震えたのが視界の端に映り、私が一歩前に出る。


「誰かいるのか?」


 そんな声と共に、パッと顔がライトで照らされた。白い光が眩しくて顔を顰める。
 いきなり顔を照らすのはちょっとマナー違反じゃないの、なんて思っていられるのはその時だけだった。
 そこにいたのは、あの人たちだった。
 日向のクラスメイトで、私達を見てはにやにやと笑い、嫌なことを言ってくるあの人たちだった。
 浮き足立っていた急に心が冷めてしまったようで、妙に冷静な気持ちになる。
 向こうもしばらく首を傾げていたけど、私達だと気づいたらしかった。
 にやりと笑って背後にいるらしき仲間たちにあいつらだと声を掛けている。


「日向、行こう」


 何か言われる前に早くどこかに行かないと。日向の心が萎んでしまう前に、早く。
 私は小さく日向に呼びかけながら、日向の服の袖を引いてその場を離れようとした。
 迂闊だった。私だけがこの場所を見つけたわけがないのに。
 それにしてもどうしてこんなタイミングで。運が悪いとしか言いようがない。


「おい、待てよ」


 突然小走りでその場を去ろうとした私たちに向かってそんな声が聞こえたけど、聞いてやる筋合いはない。
 さっさと人混みに紛れてしまおうと足取りの重い日向の手をを再度引いた時、ぐらりと体を崩しそうになる。


「わっ!」


 同時に慌てたような日向の声がして、手が離れしまった。
 振り返るとそこにさっきの人がいて、日向を後ろから引っ張ったのだとすぐに分かった。
 日向、と呼びかけて私が手を伸ばす前に、強張った顔の日向の髪飾りにその人は気づいてしまったようだった。


「なんだよ、これ」


 そう言って日向の頭に無遠慮に伸ばされた不快な手から守るように、私はようやく日向を引っ張ってこちらに寄せることが出来た。
 はっ、と相手には鼻で笑われたけど、そんなこと気にしてなんていられない。


「こいつ、花なんて付けてる」


 揶揄うようなその響きに日向の顔が泣きそうに歪められたのが分かった。
 私はその人を睨みつける事しか出来なかった。
 いつもぽんぽんと動く口が全然動いてくれない。
 いま、動かなくて、いつ動くの。いつ言うの。そのお喋りな口は何の為にあるの、紗穂。
 そう自分を叱咤してみても、まるでかちこちに固まってしまったみたいだった。
 ひどく喉が渇いているようで、喉から声が出て来ない。


「なあ、そんなことしてるから、友達できないんだよ」


 心配してやってるんだよ、なんて言うけど本気で日向のことを思っているのなら、そんなこと言えるはずがない。
 ねえ、何がいけないの。日向がかわいいものを好きだと言うことが、日向が日向らしくいることが、そんなに悪なのか。
 あなたの言っていることは、世間のみんなから一斉に賞賛してもらえるほど正しいものだとしたなら、私たちはどうやって息をすればいい。どうやって生きていけばいい。


「……あんたに関係ないじゃない」
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