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4話 好きなもの
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「……くだらない」
私がつい口を滑らせると、日向がびくりと肩を震わせた。
不安そうな横顔に私は慌てて首を振る。
「日向に言ったんじゃないよ。さっきの人達。ほんとくだらない。嫌になっちゃう」
私がそう言うと、日向はちょっと安心したように顔を緩めて、それから困ったように笑った。
「飽き飽きしちゃう、同じことばっかり。ちょっとはパターンを増やすべきだよね」
廊下をずんずんと二人で歩きながら、私は日向にそう訴えた。
日向はちょっとだけ面白そうに笑って、うんうんと頷きながら話を聞いてくれた。
「大体、女子と男子が一緒にいて、何が悪いっていうの? 私達が友達で、あの人達に迷惑をかけたことがある?」
実は私もクラスメイトに「あのよく一緒にいる隣のクラスの子とは、いつから付き合ってるの?」なんて聞かれたことがある。
男女が一緒にいるからってすぐに付き合っていると断言してしまうことには、本当に飽き飽きしているのだ。どうしてそんなに短絡的なのだろう。
私と日向が二人で楽しくしていることに、土足で踏み込んで来ないでほしい。
「日向も散々だね、あんな人達とクラスメイトで。愚痴があったら聞くからね」
私は日向の友達だもの、と胸を張って言うと、日向は曖昧に笑って首を振った。
「うん、ありがとう。でも、あの人たちが、多分、普通だから」
日向のお得意の普通という言葉。昔と変わらないあの悲しい決まり事。
私はきゅっと眉を寄せたけど、私と同じくらいの背丈で、うつむき気味の日向はきっと気づいていない。
「いま、日向が言った普通って、そういう人が多いって意味の普通?」
「え、うん、そう、かな?」
私の必死で怒りを押し殺した問いかけに、日向はちょっと悩む素振りを見せてから頷いた。
なんだそんなこと、と私はむしろ笑って見せる。
「数が多いという理由だけで大きい顔をする人の意見なんて、無視すればいいのよ」
「そうかなぁ」
「私と日向はとってもいい友達。それのどこが変で普通じゃないの?」
例えそれが普通じゃないと百人の人が言ったとして、それがなんだっていうの。
日向は私の大切な友達。それに変わりなんてない。
日向は嬉しさと困惑を半分半分にしたみたいな顔をして、それでも嬉しさが勝ったみたいに笑ってくれた。
「紗穂ちゃんは僕には勿体無いくらいの友達だと思ってる」
「嬉しい。でも勿体無くはない。だって日向はとっても素敵」
私の素敵な大切な友達、と本当は手を繋ぎたい気持ちを堪えて言う。
こんな時、手を繋いで気持ちを伝えられたらもっと素敵なんだけど、日向が嫌がることはしたくないから我慢する。
日向はどうして私に触られたくないのだろう、と少しだけ考えて、詮索は良くないことだと考えを振り切った。
「ねえ、日向は今日は何を作るの?」
楽しくない話をいつまでもしていても楽しくなんてならないから、私は話を手芸部のことに移した。
何がいいかなぁ、と頬を綻ばせる光を見て、やっぱり日向はこうやって笑っている方がいい、と私もつられるように笑った。
二人でそそくさと部室に潜り込むと、私の口から意図せず深い息が漏れた。
ぐぅ、と伸びがしたくなるこの身軽すぎる感覚。
やっぱり私と日向はここにいるべき存在、とつくづく思い知らされる。
「そういえば、さっき紗穂ちゃん、なんて言おうとしたの?」
私がぽーんと学生鞄を放り投げたい衝動をなんとか抑えて適当に椅子の上に転がしている時、日向がそう尋ねてきた。
待ってました、とばかりに私は胸を張ってさっき考えていたことを話す。
私達の手は慣れたもので、話す間も的確に部活の準備はされている。
「確かに、そうかもね」
ぺらぺらと私が中学校の制服の不条理さについて話しながら席に着いた辺りで、うんうんと話を聞いてくれていた日向がそう首肯してくれた。
「日向もやっぱり他の服がいい?」
日向が肯定してくれた、と私は喜ぶあまりそんな風に尋ねてしまう。
日向はうーんそうだねぇと曖昧に首を動かした。
頷いているのか振っているのかいまいち分からない動きだ。
「あと鞄もそう。私、小学校のローズピンクのランドセル、とっても好きだったから」
日向は困ってるのかなと思って私が話題をちょっと変えるつもりで言うと、日向は今度こそ困ったように笑った。
「僕、青色だったから」
そういえばそうだった、と私はすぐに反省する。
日向は恐らく好きだった淡いピンクとかそういったものを選びたかったのだと思うのだけど、周りの目を気にして青を選んでいたのだ。
ランドセルをひどく重いもののように背負っていた日向のことをまだ覚えている。
「青色も素敵だけど、日向は他の色が好きだもんね。んー、そう考えたら、ランドセル卒業は良かったのかな」
そうかも、と私が笑うのに合わせて日向も笑ってくれた。
「好きな布でカバンを作るのも楽しそう」
私の提案に、いいねと今度こそ弾けるような日向の笑い声。
やっぱり日向は笑っている方がいいし、この部室はいつも笑い声で満ちているべきだ。
日向の笑い声に背中を押されるみたいに、私は不意に、今だ! と思った。
今だ、今この瞬間に言うべきだ。そう悟った私はあるものを取り出しながら、平静を装って日向に声を掛ける。
「この前、私が何作ってるのか聞いてきたでしょう」
「うん、聞いた。あ、教えてくれるの?」
もうすぐ分かるって言ってたもんね、と日向が笑ってくれたから安心して口を開く。
「実はね、日向にプレゼントするために作ってたの」
私がつい口を滑らせると、日向がびくりと肩を震わせた。
不安そうな横顔に私は慌てて首を振る。
「日向に言ったんじゃないよ。さっきの人達。ほんとくだらない。嫌になっちゃう」
私がそう言うと、日向はちょっと安心したように顔を緩めて、それから困ったように笑った。
「飽き飽きしちゃう、同じことばっかり。ちょっとはパターンを増やすべきだよね」
廊下をずんずんと二人で歩きながら、私は日向にそう訴えた。
日向はちょっとだけ面白そうに笑って、うんうんと頷きながら話を聞いてくれた。
「大体、女子と男子が一緒にいて、何が悪いっていうの? 私達が友達で、あの人達に迷惑をかけたことがある?」
実は私もクラスメイトに「あのよく一緒にいる隣のクラスの子とは、いつから付き合ってるの?」なんて聞かれたことがある。
男女が一緒にいるからってすぐに付き合っていると断言してしまうことには、本当に飽き飽きしているのだ。どうしてそんなに短絡的なのだろう。
私と日向が二人で楽しくしていることに、土足で踏み込んで来ないでほしい。
「日向も散々だね、あんな人達とクラスメイトで。愚痴があったら聞くからね」
私は日向の友達だもの、と胸を張って言うと、日向は曖昧に笑って首を振った。
「うん、ありがとう。でも、あの人たちが、多分、普通だから」
日向のお得意の普通という言葉。昔と変わらないあの悲しい決まり事。
私はきゅっと眉を寄せたけど、私と同じくらいの背丈で、うつむき気味の日向はきっと気づいていない。
「いま、日向が言った普通って、そういう人が多いって意味の普通?」
「え、うん、そう、かな?」
私の必死で怒りを押し殺した問いかけに、日向はちょっと悩む素振りを見せてから頷いた。
なんだそんなこと、と私はむしろ笑って見せる。
「数が多いという理由だけで大きい顔をする人の意見なんて、無視すればいいのよ」
「そうかなぁ」
「私と日向はとってもいい友達。それのどこが変で普通じゃないの?」
例えそれが普通じゃないと百人の人が言ったとして、それがなんだっていうの。
日向は私の大切な友達。それに変わりなんてない。
日向は嬉しさと困惑を半分半分にしたみたいな顔をして、それでも嬉しさが勝ったみたいに笑ってくれた。
「紗穂ちゃんは僕には勿体無いくらいの友達だと思ってる」
「嬉しい。でも勿体無くはない。だって日向はとっても素敵」
私の素敵な大切な友達、と本当は手を繋ぎたい気持ちを堪えて言う。
こんな時、手を繋いで気持ちを伝えられたらもっと素敵なんだけど、日向が嫌がることはしたくないから我慢する。
日向はどうして私に触られたくないのだろう、と少しだけ考えて、詮索は良くないことだと考えを振り切った。
「ねえ、日向は今日は何を作るの?」
楽しくない話をいつまでもしていても楽しくなんてならないから、私は話を手芸部のことに移した。
何がいいかなぁ、と頬を綻ばせる光を見て、やっぱり日向はこうやって笑っている方がいい、と私もつられるように笑った。
二人でそそくさと部室に潜り込むと、私の口から意図せず深い息が漏れた。
ぐぅ、と伸びがしたくなるこの身軽すぎる感覚。
やっぱり私と日向はここにいるべき存在、とつくづく思い知らされる。
「そういえば、さっき紗穂ちゃん、なんて言おうとしたの?」
私がぽーんと学生鞄を放り投げたい衝動をなんとか抑えて適当に椅子の上に転がしている時、日向がそう尋ねてきた。
待ってました、とばかりに私は胸を張ってさっき考えていたことを話す。
私達の手は慣れたもので、話す間も的確に部活の準備はされている。
「確かに、そうかもね」
ぺらぺらと私が中学校の制服の不条理さについて話しながら席に着いた辺りで、うんうんと話を聞いてくれていた日向がそう首肯してくれた。
「日向もやっぱり他の服がいい?」
日向が肯定してくれた、と私は喜ぶあまりそんな風に尋ねてしまう。
日向はうーんそうだねぇと曖昧に首を動かした。
頷いているのか振っているのかいまいち分からない動きだ。
「あと鞄もそう。私、小学校のローズピンクのランドセル、とっても好きだったから」
日向は困ってるのかなと思って私が話題をちょっと変えるつもりで言うと、日向は今度こそ困ったように笑った。
「僕、青色だったから」
そういえばそうだった、と私はすぐに反省する。
日向は恐らく好きだった淡いピンクとかそういったものを選びたかったのだと思うのだけど、周りの目を気にして青を選んでいたのだ。
ランドセルをひどく重いもののように背負っていた日向のことをまだ覚えている。
「青色も素敵だけど、日向は他の色が好きだもんね。んー、そう考えたら、ランドセル卒業は良かったのかな」
そうかも、と私が笑うのに合わせて日向も笑ってくれた。
「好きな布でカバンを作るのも楽しそう」
私の提案に、いいねと今度こそ弾けるような日向の笑い声。
やっぱり日向は笑っている方がいいし、この部室はいつも笑い声で満ちているべきだ。
日向の笑い声に背中を押されるみたいに、私は不意に、今だ! と思った。
今だ、今この瞬間に言うべきだ。そう悟った私はあるものを取り出しながら、平静を装って日向に声を掛ける。
「この前、私が何作ってるのか聞いてきたでしょう」
「うん、聞いた。あ、教えてくれるの?」
もうすぐ分かるって言ってたもんね、と日向が笑ってくれたから安心して口を開く。
「実はね、日向にプレゼントするために作ってたの」
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