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1話 かわいいもの

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 私は小さい頃から、かわいいものが好きだった。
 幼い私の一番のお気に入りは母に強請って買ってもらったメイクセットだった。
 母の持っている銀色に輝く化粧品とは違ったけれど、きらきらと透き通った愛らしいピンクのメイクセットは私にとって宝物だったのだ。
 明るいピンクのリップクリームに、五色に分けられたアイシャドウ。
 柔らかな色合いのチークや、ふわふわのブラシ。
 ピカピカの鏡と、カラフルなネイルチップ。
 この世の綺麗な物と可愛い物がぎゅうと集められたようだった。
 心をときめかせずにはいられないものたちだった。

 だから、幼馴染の日向が家に遊びに来た時、私は真っ先にそのメイクセットを持ち出した。
 わあ、と日向が目を輝かせるのを私は満足気に見つめた。
 その顔が見たかったのだ。見れると知っていた。
 普段は恥ずかしがって口にはしないけど、日向がかわいいものを好んでいるということを、私はよく知っていたのだ。
 それは私の持ち物をこっそり羨ましそうに見てきたり、かわいいねと小さな声で告げてきたり、どこで買ったのと恐る恐る尋ねてきたりすることからも明らかだ。
 だから日向が喜んでくれて私は本当に嬉しかった。
 かわいいもの、好きなもの。それらを見ると幸せな気持ちになることを私はとてもよく知っていたから。


「ほーら、かわいくなった」


 いいよ、悪いよ、と遠慮する日向を説き伏せて、私は日向に淡い化粧を施した。
 仄かに色づいた唇に頬。いつもと違う日向はこっちまでドキドキしてしまうほどに可愛らしかった。
 半月のような形をしたまぶたにキラキラとした桃色のアイシャドウは目眩がするほどよく似合うのだ。
 日向ははにかみながら、とても喜んでくれた。


「これで仕上げね」


 そう言って私はメイクセットと同じくらいお気に入りのリボンの髪飾りを日向の髪につけてあげた。
 これは本当に大好きなお気に入りだから私も滅多につけないのだけど、日向になら特別にいいかなと思った。
 前に私が付けているのを見たとき、かわいいとたくさん褒めてくれたから。
 紗穂ちゃん、かわいいね。と笑ってくれる日向は本当にかわいいのだ。
 私はそんな日向に大好きな髪飾りが合わさったらどんなにいいだろうと前から密かに思っていて、それは正解だったと今知った。


「ありがとう、紗穂ちゃん」


 日向は本当に嬉しそうに笑ってくれた。自分の髪を愛おしそうに触れる日向が可愛らしかった。
 自慢のメイクセットと髪飾りで幼馴染を喜ばせることの出来た嬉しさに私はしばらく浸っていた。
 それなのに日向はメイクセットに備え付けられた鏡に自分の顔を映した途端、眉を下げて悲しそうな顔をしたのだ。


「やっぱりだめだよ」


 私も日向とお揃いの化粧をしてみようかな、なんて考えていた私は、日向の言葉に本当に驚いた。
 手に握っていたリップがころりと床に転げ落ちたことにも気づかないほどに、本当に本当に驚いた。


「なんでだめなの?」

「だって、こんなのしても、かわいくないから」

「なに言ってるの。日向はかわいいよ」


 そう言って励ましながらも、どうして、どうしてそんなことを言うのだろうと思って混乱していた。
 私は本当に分からなくて、日向の柔らかな手をぎゅっと握った。
 私の手も同じくらい柔らかな子どもの手をしていた。


「なんでそんなこと言うの。かわいいよ」

「……でも、そんなの、普通じゃないから」


 あまりにもわけのわからないことを泣きそうな顔で言うから、私はさらに慌てながら問いかけた。


「どうして? どうしてそんなこと言うの」

「だって」


 私の言葉に問い詰められていると感じたのだろうか。
 だって、だって、と日向は泣きそうな声で言った。
 日向の目尻に滲んだ涙が窓から差し込む光に反射してきらきらしていたことを、今もよく覚えている。
 そのきらきらは残酷なほどに綺麗だった。


「だって、ぼくは男の子だから。男の子は、普通はこういうことしないから」


 日向の言葉に、私はどうしてか分からないほどの怒りを覚えた。
 その時の感情を怒り以外のなんと表せばいいだろう。
 とんでもないほど大きな激情を伴った怒りだった。
 日向に向けてじゃない。もっと他のものに向けて、私は怒りを覚えていた。
 でも、昔の私にそんなことは理解できなかった。
 ただただ激しい怒りに身を任せて、日向を問い詰めるように尋ねたのだ。


「日向のいう、普通ってなあに」


 その時の日向の答えを、私は中学生になった今もよく覚えている。


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