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9.この苦しみはなんでしょう
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「……昔は、いたんですけどね、他に後継ぎが。兄がいたんです。流行り病で亡くなりましたが」
ミアの淡々とした口調がある意味悲惨さを語っていた。
でもそれはもう遠い過去であり、ミアの目元には涙ひとつ浮かばない。
だからこそ家の為に早く帰らなければ、とミアは思っていた。ほんの少し前まで。
(でも、今は早く帰らなければとは思わない。どうせ私は帰ってもどこかの家に入るのだろうし、もう少しすれば弟も仕事が手伝えるようになるだろう。そんなに急がなくても……)
少し前なら絶対に思わなかったことを考えている自分に気づき、ミアは内心狼狽えていた。
自分はどうしてしまったのだろう。そう思いながら先程から黙っている皇子へと目を向けた。そして静かに息を飲んだ。
「どうして、殿下が泣くんですか」
ぽろぽろと最初の夜のように、いやそれ以上に泣く皇子にミアはぎょっと体を遠ざけた。
「家族を失うのは辛いことだな」
そう言ってミアの顔を見つめる皇子は変わらず真っ直ぐだから、ミアは思わず微笑んでしまった。
(自分も母を失った過去があるからこんな風に泣けるのだろうか。……いや、違うな)
皇子が優しいからこんな風に泣けるのだろうとミアは思った。だから思わず手を伸ばしそうになった。
泣く幼い弟を慰めるように。いや、それ以上の何かに突き動かされるように。
「失礼しました」
それでも伸ばされた手は皇子の頬に触れる寸前で逸らされた。
宙を彷徨った手はすぐに戻される。口を突いた謝罪に皇子は何故か複雑そうに顔を歪めた。
「……いや、構わない」
約束を破りかけたことを怒っているのだろうか。
自分から言いだしたことなのに守れないなんて、とミアが俯いていると、皇子が取りなすように口を開いた。
「そ、そういえば、こんなに後宮に通うのは初めてだから、そろそろ、その先に進めたらいいんじゃないか、なんて皆から勧められている」
急な話題転換はきっと気を遣ってくれているのだろうと、ミアは頬を緩めた。
「大丈夫ですよ。私は正妃にしろだなんて、そんな大それたことは頼みませんから」
「……そう、だな」
皇子の引き攣る顔を見ながら、そんなに強く勧められているのだろうかとミアは眉を寄せた。何事も急ぎすぎるのはよくないというのに。
(ここまで手を出したのだから、私も殿下にちゃんとしたお相手が出来るまでは側にいないと)
そこまで考えて、いつか皇子の隣に他の人が並ぶことをミアは想像した。
その人はこんな風に近い距離で寝台に皇子と共に寝そべるのだろう。そして、もちろんそれ以上もするのだ。
ミアと皇子がしたことのないことまで、当たり前のようにこなすのだろう。
そう考えると胸の奥が苦しくなった気がして、後宮という環境に慣れないせいだろうかとミアは首を傾げた。
ミアの淡々とした口調がある意味悲惨さを語っていた。
でもそれはもう遠い過去であり、ミアの目元には涙ひとつ浮かばない。
だからこそ家の為に早く帰らなければ、とミアは思っていた。ほんの少し前まで。
(でも、今は早く帰らなければとは思わない。どうせ私は帰ってもどこかの家に入るのだろうし、もう少しすれば弟も仕事が手伝えるようになるだろう。そんなに急がなくても……)
少し前なら絶対に思わなかったことを考えている自分に気づき、ミアは内心狼狽えていた。
自分はどうしてしまったのだろう。そう思いながら先程から黙っている皇子へと目を向けた。そして静かに息を飲んだ。
「どうして、殿下が泣くんですか」
ぽろぽろと最初の夜のように、いやそれ以上に泣く皇子にミアはぎょっと体を遠ざけた。
「家族を失うのは辛いことだな」
そう言ってミアの顔を見つめる皇子は変わらず真っ直ぐだから、ミアは思わず微笑んでしまった。
(自分も母を失った過去があるからこんな風に泣けるのだろうか。……いや、違うな)
皇子が優しいからこんな風に泣けるのだろうとミアは思った。だから思わず手を伸ばしそうになった。
泣く幼い弟を慰めるように。いや、それ以上の何かに突き動かされるように。
「失礼しました」
それでも伸ばされた手は皇子の頬に触れる寸前で逸らされた。
宙を彷徨った手はすぐに戻される。口を突いた謝罪に皇子は何故か複雑そうに顔を歪めた。
「……いや、構わない」
約束を破りかけたことを怒っているのだろうか。
自分から言いだしたことなのに守れないなんて、とミアが俯いていると、皇子が取りなすように口を開いた。
「そ、そういえば、こんなに後宮に通うのは初めてだから、そろそろ、その先に進めたらいいんじゃないか、なんて皆から勧められている」
急な話題転換はきっと気を遣ってくれているのだろうと、ミアは頬を緩めた。
「大丈夫ですよ。私は正妃にしろだなんて、そんな大それたことは頼みませんから」
「……そう、だな」
皇子の引き攣る顔を見ながら、そんなに強く勧められているのだろうかとミアは眉を寄せた。何事も急ぎすぎるのはよくないというのに。
(ここまで手を出したのだから、私も殿下にちゃんとしたお相手が出来るまでは側にいないと)
そこまで考えて、いつか皇子の隣に他の人が並ぶことをミアは想像した。
その人はこんな風に近い距離で寝台に皇子と共に寝そべるのだろう。そして、もちろんそれ以上もするのだ。
ミアと皇子がしたことのないことまで、当たり前のようにこなすのだろう。
そう考えると胸の奥が苦しくなった気がして、後宮という環境に慣れないせいだろうかとミアは首を傾げた。
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