吉原に咲く冴えた華

蒼キるり

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9.猫

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 言いたいことが言えたと安堵する深雪とは裏腹に、男は驚いたような顔をして深雪を見ていた。
 先生、と呼びかける深雪の声に、はっとした顔を見せる。
 それから、ふわりと笑顔を見せる。


「変わっていて、それでもいい、なんて。そんな風に言われたのは、初めてだな」


 男はいつだってよく笑う人であったが、その目はいつもとは違う気がした。
 そんな目で見られるのは落ち着かなくて、深雪は必死に他の話題を探した。


「今までは猫を相手にしていたのに、よくここに来ようと思いましたね」

「ああ、それは猫の名前が雪だったんだよ」


 男の言葉に今度は深雪が目を丸くする番だった。


「白いから雪。単純だろう?でも、なんとなく慣れ親しんでしまってね。君の名前が深雪だというから、背中を押された気持ちになってね。こうして会いに来たんだよ」


 それで先生の望むものは見つけられたのか、なんて野暮なことは深雪には聞けなかった。
 ただ、満足そうな男の笑みにそっと笑いかけた。




 不運が重なったとしか言いようがない日だった。
 以前はよく来ていた深雪の馴染みの客が来たのだ。この頃、とんと顔を見せなかったと思っていたが、どうやら男が先に買っていて会えなかっただけらしく、深雪を買うなり酷い剣幕であった。
 金払いは良いためにどうしようもなく、深雪は黙って怒らせないように相手をした。
 流石にそれなりの地位にある深雪という商品を傷つける客は出入り禁止になってもおかしくはないから、手を上げられることはない。
 それでも執拗に苦しませようとするように夜が明けるまで深雪は抱き潰された。
 全くよくそんなに体力が持つものだと、深雪はほとほと呆れていた。
 次からはこんなことがないようにと、くどくどと説教をする男におざなりに頷きながら布団の中から見送る。
 その日はほとんど眠る暇もなく、重く辛い体を抱えて昼見世に出る。最近では男が来ることも多く、こんな風に寝不足になることは少なかったからなおさらに辛かった。
 それでも、疲れた顔をあの先生に見られたくはないから、今日は来ないでほしい。なんて、深雪はうつらうつらとしながら思っていた。
 けれど、深雪は運が良いとは言えない身の上だ。


「どうしたんだい、顔色が悪いじゃないか」


 聞き慣れたその声が上から降ってきて、その本当に心配そうな顔を見て、深雪は困ったように笑うしかなかった。
 今日は会いたくなかった、なんて言えるはずもない。そう言いたくなる理由も深雪はまだ知らなかった。
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