8 / 11
8.見えるもの
しおりを挟む
深雪が男から目を離せないことに、男はまるで気づかないままに話し始める。
「ああ、いつもうちに通って来てくれる可愛い子がいてね。話してはくれないけど、お転婆な子だったから、見ているだけで本当に色々な想像が掻き立てられたんだよ」
男はとても懐かしそうに目を細めながら、手慰みのように近くの本の背をそっと撫でた。
深雪は自分の胸がずきりと痛むのを感じていた。その理由は分からないままに。
「ずっと、通ってくれたら嬉しかったんだけどね」
男の寂しそうな瞳を見て、何も悟れないほどに深雪は幼くはなかった。
「それは……つらい恋を、したんですね」
この人が恋を、そう思うとなんだか胸がざわつき、深雪はさっと目を逸らした。
逸らしたことにより男の背後を見透かすことが出来た。それによって深雪の力が発揮される。
今まで発揮されなかったのは、偏に男をずっと見つめていたからだろう。
「ん、え、猫?」
深雪が思わずその声を上げてしまうのも仕方のないこと。
男がいかにも恋をしていましたと言いたげに目を伏せていた背後には、なんとも愛らしい白い猫が見え隠れしていたのだから。
「え、ああ、そうだよ。猫、見えた?」
かわいいでしょ、と男は微笑む。深雪はぽかんとしたままその光景を見つめ、辛い恋をしたのではなく、猫がどこかで息絶えてしまったのだろうと男が想像していることを知る。
なんて早とちりをしてしまったのだろう、と深雪は自分がおかしかった。
「あの子が来なくなって、全然書けなくなってねえ、猫になんてうつつを抜かすからだって、すっかり変人扱いだったよ」
「そう、ですか」
「おかしいだろう?」
自嘲気味に笑う男の顔はとても珍しいもので、深雪は咄嗟に大きく首を振っていた。
自分でも何を言おうか決めていないうちに、思わず体が先に動いたのだ。
「……先生が猫を好こうと、先生が先生であることに変わりはしません」
深雪の言葉に男は目を丸くする。自分の思ったままを、何の飾りさえ付けずに深雪は言った。
「それに先生は元から変わったお方です。それが先生なんだから、それでいいじゃないですか」
自分で自分を貶めるようなことを言うなんて、そんなの先生らしくない。と深雪は心の中で思っていた。
いや、思おうとしていた。理由なんて関係なく、この人にそんな顔をして欲しくなかったのだ。
その気持ちがどこからやって来るのか、深雪にはまだ分からなかった。
ただ、ただ、真っ直ぐに男を見つめていた。他のものなど見えない眼差しで。
「ああ、いつもうちに通って来てくれる可愛い子がいてね。話してはくれないけど、お転婆な子だったから、見ているだけで本当に色々な想像が掻き立てられたんだよ」
男はとても懐かしそうに目を細めながら、手慰みのように近くの本の背をそっと撫でた。
深雪は自分の胸がずきりと痛むのを感じていた。その理由は分からないままに。
「ずっと、通ってくれたら嬉しかったんだけどね」
男の寂しそうな瞳を見て、何も悟れないほどに深雪は幼くはなかった。
「それは……つらい恋を、したんですね」
この人が恋を、そう思うとなんだか胸がざわつき、深雪はさっと目を逸らした。
逸らしたことにより男の背後を見透かすことが出来た。それによって深雪の力が発揮される。
今まで発揮されなかったのは、偏に男をずっと見つめていたからだろう。
「ん、え、猫?」
深雪が思わずその声を上げてしまうのも仕方のないこと。
男がいかにも恋をしていましたと言いたげに目を伏せていた背後には、なんとも愛らしい白い猫が見え隠れしていたのだから。
「え、ああ、そうだよ。猫、見えた?」
かわいいでしょ、と男は微笑む。深雪はぽかんとしたままその光景を見つめ、辛い恋をしたのではなく、猫がどこかで息絶えてしまったのだろうと男が想像していることを知る。
なんて早とちりをしてしまったのだろう、と深雪は自分がおかしかった。
「あの子が来なくなって、全然書けなくなってねえ、猫になんてうつつを抜かすからだって、すっかり変人扱いだったよ」
「そう、ですか」
「おかしいだろう?」
自嘲気味に笑う男の顔はとても珍しいもので、深雪は咄嗟に大きく首を振っていた。
自分でも何を言おうか決めていないうちに、思わず体が先に動いたのだ。
「……先生が猫を好こうと、先生が先生であることに変わりはしません」
深雪の言葉に男は目を丸くする。自分の思ったままを、何の飾りさえ付けずに深雪は言った。
「それに先生は元から変わったお方です。それが先生なんだから、それでいいじゃないですか」
自分で自分を貶めるようなことを言うなんて、そんなの先生らしくない。と深雪は心の中で思っていた。
いや、思おうとしていた。理由なんて関係なく、この人にそんな顔をして欲しくなかったのだ。
その気持ちがどこからやって来るのか、深雪にはまだ分からなかった。
ただ、ただ、真っ直ぐに男を見つめていた。他のものなど見えない眼差しで。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
肩越の逢瀬 韋駄天お吟結髪手控
紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
江戸吉原は揚屋町の長屋に住む女髪結師のお吟。
日々の修練から神速の手業を身につけ韋駄天の異名を取るお吟は、ふとしたことから角町の妓楼・揚羽屋の花魁・露菊の髪を結うように頼まれる。
お吟は露菊に辛く悲しいを別れをせねばならなかった思い人の気配を感じ動揺する。
自ら望んで吉原の遊女となった露菊と辛い過去を持つお吟は次第に惹かれ合うようになる。
その二人の逢瀬の背後で、露菊の身請け話が進行していた――
イラストレーター猫月ユキ企画「花魁はなくらべ その弐」参加作。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



愚鈍(ぐどん)な饂飩(うどん)
三原みぱぱ
歴史・時代
江戸時代、宇土と呼ばれる身体の大きな青年が荒川のほとりに座っていた。
宇土は相撲部屋にいたのだが、ある事から相撲部屋を首になり、大工職人に弟子入りする。
しかし、物覚えが悪い兄弟子からは怒鳴られ、愚鈍と馬鹿にされる。そんな宇土の様子を見てる弟弟子からも愚鈍と馬鹿にされていた。
将来を憂いた宇土は、荒川のほとりで座り込んでいたのだった。
すると、老人が話しかけてきたのだった。

命の番人
小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。
二人の男の奇妙な物語が始まる。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる