吉原に咲く冴えた華

蒼キるり

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8.見えるもの

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 深雪が男から目を離せないことに、男はまるで気づかないままに話し始める。


「ああ、いつもうちに通って来てくれる可愛い子がいてね。話してはくれないけど、お転婆な子だったから、見ているだけで本当に色々な想像が掻き立てられたんだよ」


 男はとても懐かしそうに目を細めながら、手慰みのように近くの本の背をそっと撫でた。
 深雪は自分の胸がずきりと痛むのを感じていた。その理由は分からないままに。


「ずっと、通ってくれたら嬉しかったんだけどね」


 男の寂しそうな瞳を見て、何も悟れないほどに深雪は幼くはなかった。


「それは……つらい恋を、したんですね」


 この人が恋を、そう思うとなんだか胸がざわつき、深雪はさっと目を逸らした。
 逸らしたことにより男の背後を見透かすことが出来た。それによって深雪の力が発揮される。
 今まで発揮されなかったのは、偏に男をずっと見つめていたからだろう。


「ん、え、猫?」


 深雪が思わずその声を上げてしまうのも仕方のないこと。
 男がいかにも恋をしていましたと言いたげに目を伏せていた背後には、なんとも愛らしい白い猫が見え隠れしていたのだから。


「え、ああ、そうだよ。猫、見えた?」


 かわいいでしょ、と男は微笑む。深雪はぽかんとしたままその光景を見つめ、辛い恋をしたのではなく、猫がどこかで息絶えてしまったのだろうと男が想像していることを知る。
 なんて早とちりをしてしまったのだろう、と深雪は自分がおかしかった。


「あの子が来なくなって、全然書けなくなってねえ、猫になんてうつつを抜かすからだって、すっかり変人扱いだったよ」

「そう、ですか」

「おかしいだろう?」


 自嘲気味に笑う男の顔はとても珍しいもので、深雪は咄嗟に大きく首を振っていた。
 自分でも何を言おうか決めていないうちに、思わず体が先に動いたのだ。


「……先生が猫を好こうと、先生が先生であることに変わりはしません」


 深雪の言葉に男は目を丸くする。自分の思ったままを、何の飾りさえ付けずに深雪は言った。


「それに先生は元から変わったお方です。それが先生なんだから、それでいいじゃないですか」


 自分で自分を貶めるようなことを言うなんて、そんなの先生らしくない。と深雪は心の中で思っていた。
 いや、思おうとしていた。理由なんて関係なく、この人にそんな顔をして欲しくなかったのだ。
 その気持ちがどこからやって来るのか、深雪にはまだ分からなかった。
 ただ、ただ、真っ直ぐに男を見つめていた。他のものなど見えない眼差しで。
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