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7.思いつき
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男が深雪の元を訪れるようになって、しばらくが経った。
いつものように男に話をした後、深雪は借りた本をぱらぱらとめくっていた。
男は今日も深雪に何もしない。それはそれで楽な仕事ではあったが、安くない金を払っているのだから最大限楽しめばいいのに、とは思ってしまう。
つくづく変わった人だと、深雪はこっそり笑みを浮かべた。
それから、ふと思い出したことを深雪は口にした。
「先生はどういう時に話を思いつくんですか」
深雪の作家はどんな時に話を思いつくのかという純粋な興味からの質問に、男は不思議そうに首を傾げた。
聞かれている意味が分からないと言いたげな男に、そんなに難しいことを聞いただろうか、と深雪も首を傾げる。
「え、そりゃあ、君と話してる時だよ」
「それは、いま書いてるお話はそうでしょうけど」
そうではなくて、他の話の時だ。と深雪が説明すると、男は困ったように笑う。
何か聞いてはいけないことだったのだろうか、と深雪が謝ろうとしたその矢先に男が口を開く。
「僕は自分で一から思いつくのが苦手でね。何かから着想を得ないと、どうにも」
作家としてお恥ずかしい限りだと男は頭に手をやりながら笑う。
まさかそうだとは知らなかった深雪が目を丸くする。深雪の話を聞いて物語に仕立てる男はどこか辿々しい雰囲気があったから、こうして人の話を聞いて物語を作るのは初めてなのだろうと漠然と思っていたのだ。
深雪を題材にしたお話は割と好評のようで、よく売れているという。深雪も見せてもらったが、自分が主人公だとは思えないほど面白い読み物だった。
未だに深雪が題材となっていることに気づかれたことはない。色々と変えてあるので当然ではある。ちなみに物語の中で深雪は男になっているが、深雪の話を聞くのは女になっている。
「じゃあ先生は、ここに来る前はどうやって話を思いついていたんですか?」
誰か、面白い経験をする友人でもいるのか、と問いかける。
それなら今は自分のところに来るのはどうしてだろう。単純に興味だろうか。
男は深雪の問いかけにふっと笑みをこぼした。それはとても寂しい笑い方で、深雪は男のこんな顔を見るのは初めてだった。
いつだって子どものようにころころと笑う、楽しげな人なのだ。
なにかとんでもないことを聞いてしまったのではないか、と深雪は体を強張らせた。
そんな深雪に気づく様子もない男はつらつらと語り始めた。
それは寂しげではありつつも、どこか懐かしそうで、深雪は不思議とそんな男から目を離せなかった。
いつものように男に話をした後、深雪は借りた本をぱらぱらとめくっていた。
男は今日も深雪に何もしない。それはそれで楽な仕事ではあったが、安くない金を払っているのだから最大限楽しめばいいのに、とは思ってしまう。
つくづく変わった人だと、深雪はこっそり笑みを浮かべた。
それから、ふと思い出したことを深雪は口にした。
「先生はどういう時に話を思いつくんですか」
深雪の作家はどんな時に話を思いつくのかという純粋な興味からの質問に、男は不思議そうに首を傾げた。
聞かれている意味が分からないと言いたげな男に、そんなに難しいことを聞いただろうか、と深雪も首を傾げる。
「え、そりゃあ、君と話してる時だよ」
「それは、いま書いてるお話はそうでしょうけど」
そうではなくて、他の話の時だ。と深雪が説明すると、男は困ったように笑う。
何か聞いてはいけないことだったのだろうか、と深雪が謝ろうとしたその矢先に男が口を開く。
「僕は自分で一から思いつくのが苦手でね。何かから着想を得ないと、どうにも」
作家としてお恥ずかしい限りだと男は頭に手をやりながら笑う。
まさかそうだとは知らなかった深雪が目を丸くする。深雪の話を聞いて物語に仕立てる男はどこか辿々しい雰囲気があったから、こうして人の話を聞いて物語を作るのは初めてなのだろうと漠然と思っていたのだ。
深雪を題材にしたお話は割と好評のようで、よく売れているという。深雪も見せてもらったが、自分が主人公だとは思えないほど面白い読み物だった。
未だに深雪が題材となっていることに気づかれたことはない。色々と変えてあるので当然ではある。ちなみに物語の中で深雪は男になっているが、深雪の話を聞くのは女になっている。
「じゃあ先生は、ここに来る前はどうやって話を思いついていたんですか?」
誰か、面白い経験をする友人でもいるのか、と問いかける。
それなら今は自分のところに来るのはどうしてだろう。単純に興味だろうか。
男は深雪の問いかけにふっと笑みをこぼした。それはとても寂しい笑い方で、深雪は男のこんな顔を見るのは初めてだった。
いつだって子どものようにころころと笑う、楽しげな人なのだ。
なにかとんでもないことを聞いてしまったのではないか、と深雪は体を強張らせた。
そんな深雪に気づく様子もない男はつらつらと語り始めた。
それは寂しげではありつつも、どこか懐かしそうで、深雪は不思議とそんな男から目を離せなかった。
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