吉原に咲く冴えた華

蒼キるり

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6.先生

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 夜こそが吉原の華ではあるが、昼間も遊女たちの休む時間はない。
 夜遅くまで務めを果たしていた女たちは眠たげに目を細めながら、うつらうつらと昼見世に出るのだ。
 男たちも女を買うものは夜が多く、冷やかしのような客相手はおざなりに済ませながら、夜までの時間をなんとか潰すのが遊女たちの昼間の仕事だ。

 それは千里眼と噂される深雪ももちろん例外ではない。
 嫌だと思っても、眠たいと思っても、逆らう術はないのだから。
 一番上の花魁ならともかく、深雪のような遊女は来る日も来る日もつまらないそれを続けていた。
 皆が書くような手紙を書くのも深雪にはひどく億劫で、しかしそれをしなければ客が遠のき叱られるので仕方なく筆を走らせる。
 早く年季が明けないかと叶わないことばかりを考えるのだ。
 しかし、この頃は数日に一度は苦しい昼見世から深雪は解放されるようになった。





「先生」


 部屋の中で客の男に深雪はそう呼びかけた。
 作家だという男が深雪の元を訪れるようになって、もう幾分か過ぎ、体を重ねない関係は続いていた。
 主さん、と決まり通りに呼んでいた深雪もいつしか男を先生と呼ぶようになっていた。


「……なんだか、慣れないなぁ、その呼び方」


 男は苦笑いしながらも深雪に笑みを見せる。
 作家は時間が作りやすいからと言って、男は昼間に尋ねて来ることが多かった。
 いつも深雪の頼んだ本を持ち、それを深雪に読ませてやるのだ。そして深雪も自分の体験を男に話す。
 男は大抵、次の日の朝までいることが多かった。それではお金を使い過ぎるだろうと深雪が気を使ったこともあるが、大して変わらないと男は言い切った。
 それに、深雪のことを思えば夜にも寝られる方がいいだろうと言うのだ。
 深雪はその言葉を聞いた時、しばし呆然としていた。そのような言葉を掛けられたのは初めてだったからだ。


「これはなんと読むのですか?」


 廓言葉はなんとなく聞き取りずらいという男に深雪はこっそりと町の言葉を使うようになっていた。
 もちろん店のものに見られてはお叱りを受けるから、ひっそりと小さな声で二人きりの時だけである。

 ああ、これは。と男が優しく深雪に教える。一冊の本を覗き込むために、体と体が近づくのを、深雪は不思議な気持ちになるのを感じていた。
 幾度もこの部屋で男たちと身体を重ねてきたが、この男とは重ねていない。
 それなのに誰よりも心が近くにあるのはこの人だという思いが深雪には確かにあった。
 それは不思議なような、決まり切ったことのような、曖昧な思いを抱えながら、深雪は男を見つめていた。
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