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3.見えるもの
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「ただ、他のお人には見えないものが子供の頃から見えるというだけのお話でありんす。大したことではござりんせん」
深雪のその言葉を聞いた男の目がまるで幼子のようにきらきらと輝き始めた。
昔はそれが自分にしか見えないものだとは知らなかったのだと深雪は語る。
皆見えるものだと思っていたから特に口にすることもなかったが、ふとした拍子に話してしまい我が子が普通ではないと親に知られてしまったのだと。
それまでも家に金はなく複数いる娘の誰かを売らなくてはどうにもならないというところで深雪を売ろうと決められたらしい。
そしてここ吉原遊郭に来てこうして遊女として働いているのだという。
どんな風に何が見えるのか、ということは上手く話せないと深雪は言う。
何故なら自分にとってはあまりに当たり前の光景で常人がどう見えているのかも分からない深雪からすると説明が難しい。
ただ、それは明確に見えるものではなく、なんとなく薄らぼんやりとした靄のような姿で見えるのだそうだ。
それは例えばその人がいま考えていることだったり、強く心に残っていることだったりするらしい。それは今まで生きてきた経験則から分かったことだと深雪は言う。
「それは大したことじゃないか」
凄いことだ、とまるで筆でも走らせたいという風に男は身を乗り出す。
「作家様ともあろうお方がそのような言葉を使わないでおくんなんし」
くすくすと深雪がわざとらしく笑う。さして気にしていないことに口を出しているかのようだ。
男は曖昧に頷いて、それから興奮気味に話し始めた。
「僕が聞いた話はこうだ。とある遊女が客からもらった大切な物を失くしてしまったと。どこを探してもなくて、どうにかしてそれを見つけなければ客の機嫌を損ねてしまうかもしれない。そんな中で、それを見つけたのが深雪だというのは本当なのかい」
深雪はその言葉にひっそりと笑う。紛れも無い肯定の笑みだった。
どうやって知ったんだい、と男はふと不思議そうな顔をする。
「だって、そうだろう?君が見えるのはその人のことで、失くしたものの心当たりが無いから困っているのに見えるっていうのはおかしな話だろう?まさかその人の自作自演というのなら、まあ筋は通るけど」
深雪はくつくつとひどく興味深そうに笑った。久しぶりに面白いものを見たという風に。
「主さんは頭のよろしいお方のようでありんすね。他のお人なら大抵この辺りで満足するものなのに。なら、わっちもきちんと話すことにしなんす」
深雪のその言葉を聞いた男の目がまるで幼子のようにきらきらと輝き始めた。
昔はそれが自分にしか見えないものだとは知らなかったのだと深雪は語る。
皆見えるものだと思っていたから特に口にすることもなかったが、ふとした拍子に話してしまい我が子が普通ではないと親に知られてしまったのだと。
それまでも家に金はなく複数いる娘の誰かを売らなくてはどうにもならないというところで深雪を売ろうと決められたらしい。
そしてここ吉原遊郭に来てこうして遊女として働いているのだという。
どんな風に何が見えるのか、ということは上手く話せないと深雪は言う。
何故なら自分にとってはあまりに当たり前の光景で常人がどう見えているのかも分からない深雪からすると説明が難しい。
ただ、それは明確に見えるものではなく、なんとなく薄らぼんやりとした靄のような姿で見えるのだそうだ。
それは例えばその人がいま考えていることだったり、強く心に残っていることだったりするらしい。それは今まで生きてきた経験則から分かったことだと深雪は言う。
「それは大したことじゃないか」
凄いことだ、とまるで筆でも走らせたいという風に男は身を乗り出す。
「作家様ともあろうお方がそのような言葉を使わないでおくんなんし」
くすくすと深雪がわざとらしく笑う。さして気にしていないことに口を出しているかのようだ。
男は曖昧に頷いて、それから興奮気味に話し始めた。
「僕が聞いた話はこうだ。とある遊女が客からもらった大切な物を失くしてしまったと。どこを探してもなくて、どうにかしてそれを見つけなければ客の機嫌を損ねてしまうかもしれない。そんな中で、それを見つけたのが深雪だというのは本当なのかい」
深雪はその言葉にひっそりと笑う。紛れも無い肯定の笑みだった。
どうやって知ったんだい、と男はふと不思議そうな顔をする。
「だって、そうだろう?君が見えるのはその人のことで、失くしたものの心当たりが無いから困っているのに見えるっていうのはおかしな話だろう?まさかその人の自作自演というのなら、まあ筋は通るけど」
深雪はくつくつとひどく興味深そうに笑った。久しぶりに面白いものを見たという風に。
「主さんは頭のよろしいお方のようでありんすね。他のお人なら大抵この辺りで満足するものなのに。なら、わっちもきちんと話すことにしなんす」
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