重くて甘い愛の証

蒼キるり

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前編

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 太陽の光さえ遮ってしまう、深く暗い森の中を少女は走っていた。
 少女が纏っている薄いネグリジェは葉に塗れ、白い素足は草に傷つけられている。赤い切り傷が痛々しい。
 少女──ジェーンの顔には恐怖とは少し違う違う困惑の表情が刻まれていた。
 それでもジェーンは走る足を緩めない。走り続けるままに小さく後ろを振り向くと、かさかさと草を掻き分ける音がする。ジェーンがその音に気を取られている間に、疲れ切った足がもつれて転倒してしまう。


「あっ」

 ジェーンが小さく甲高い声を上げて、惨めにも草の上に転がってしまった。
 ジェーンはそのまま慌てて立ち上がろうとした瞬間に、ジェーンの背後から男が現れた。それに気づいたジェーンは顔を硬ばらせるのに対し、現れた男は優しく微笑む。しかしその目は笑っていない。
 男は足早にジェーンに近づき、決して逃がさないとばかりに強く腕を掴んだ。

「やっと見つけた……僕のジェーン」

 ドサッと倒れこむように、男はジェーンに覆いかぶる。
 優しい声とは裏腹に細いジェーンの腕を掴み、身体を抑え込む事で緩やかに拘束する。
 耳元で囁く男──ヴィルにジェーンは困惑を隠せない。
 ジェーンとヴィルは元婚約者だった。お互い名高い貴族の子であり、婚約まではトントン拍子に進んだものの、ジェーンの家はここ数年で落ちぶれる一方だった。
 もちろん早々に婚約は破棄され、幼い頃から仲の良かった二人は離れ離れになった。
 ジェーンの家族は森にほど近い小さな屋敷でやり直す事になった。もう二度と会う事のないヴィルの事をジェーンが忘れることはなかったが。
 そんな時、ヴィルが屋敷を訪ねて来て結婚を申し込んで来たのだ。

「ねえ、ジェーンは僕の事嫌いだったの?」

「それは……」

「昔はあんなに一緒に居たのに。……こうして迎えに来た途端、逃げ出すなんて」

 ヴィルの哀しそうな顔を見ると、違うと否定しそうになりジェーンは唇を噛み締める。
 夜遅くに二人で話がしたいというヴィルを振り切って逃げて来たのは、ヴィルが嫌いだからという理由では決してない。それでもその理由を話すわけにはいかないのだ。
 ジェーンは決心が鈍らないようにヴィルを睨む。そうする度に心が悲鳴をあげるが、ここで許してしまってはヴィルは駄目になってしまう。

「そう……そんなに嫌いなら仕方ないよね」

 やっと分かってくれたのかと、嬉しくなると同時にどうしてか寂しくなる。ふっ、と止めていた息を吐くと同時にヴィルに口付けられた。
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