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11.唯一無二
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何かに囲まれている気配がして、私は重い頭を起こした。
「起きた?」
「起きたねえ、起きちゃったね」
「起きなくても、良かったのにねえ」
あーあ、と落胆したような子どもの声にハッとして上を見ると、そこにはあの双子が立っていて、私を正しく見下ろしていた。
「慎司は? 慎司はどこ?」
私が何よりも先にそう尋ねると、しんじ? と二人は不思議そうな顔をして、それから、そういえばと言いたげに同時に頷いた。
「ああ、慎司ならあそこだよ」
二人が指差した方に目を向ける。慎司は向こう側に顔を向けていたけど、それでも間違いなく慎司だった。
本当は今すぐに駆け寄りたいのに、体がなかなか動かない。どうしてだろう。
必死に身動きをしている私のことなど気にも留めず、二人はきゃらきゃらと楽しんそうに話をしている。
「私たちの子ども、食通さんだから、私たちと同じ食料しか食べたくないんだって」
「そう、僕たちと同じ二人がいいんだって」
「一緒に生まれて、ずっと愛し合ってる二人がいいんだって」
二人の声に何か違和感を覚えた。慎司の顔は横顔だけなら見える。私と同じ顔をした、髪型以外は全て同じ、横顔が確かに見える。
それは確かに慎司なのに、どうしてだろう、途方も無い違和感がある。慎司、慎司、私はここにいるのに、どうしてこちらを見ないの。靄のかかった頭で私は懸命にもがく。
「困っちゃったよね、なかなか会えないから」
「愛の力だねえ、慎司は妹のこと、守りたかったんだねえ」
「わかるよ、でも、だめだよねえ。赤ちゃんはいっぱい食べなきゃいけないんだから」
ねえ、と二人が声を張り上げた途端、慎司の体が不気味にごろりと動いた。
慎司の顔が見える。私と同じ顔が。でもそこに、顔はなかった。顔の半分が獣に食い千切られたかのように、そこには空しかなかった。
私の双子の片割れで、兄で、唯一無二の恋人は、無惨に左半身が全てもぎ取られたようにしてそこにあった。
「あ、いや、いやああああああ」
私の口から耐え切れないように悲鳴が溢れた。それでも頭は妙に冴えていて、泣くこともできなくて、ただただ叫んでいた。
冴えた頭が私の身体がどうして動かないのかという答えを導き出す。足が誰かに掴まれているからだ。
恐る恐る下を見ると、そこには何かがいた。
何か、としか言いようのない、けれどそれがあの子と呼ばれる子どもであることだけは本能で分かった。
紅い肉のようなものが剥き出しになり、顔も体も何もかも分からないほどにぐちゃぐちゃで、手の残骸らしきものが考えられないほど凄まじい力で私の足を抑え込んでいる。
「いっぱい、お食べ」
「ちゃんと食べられてね、そしたら」
「ずうっと、一緒だよ」
双子の楽しげな声が響く。子どもをあやしているものに近く、けれどそんな二人も変わらず子どもで、子どもしか持てない残酷な無邪気さが虚空に響いていた。
足に篭った鋭い痛さに口は悲痛の叫びを上げるけど、どこか他人事で私は慎司だけを見つめていた。少しでも慎司の側にいたくて、慎司、慎司と呼びかけた。
こんなになってまで私を守ろうとしてくれた愛しい人に涙が浮かぶ。
慎司、慎司、ごめんね。来るなと言ったのに来てしまって。
でもね、こんなことになるって分かってても私は来てたと思うよ。だって慎司のいない世界なんてなんの意味もない。
私の伸ばした指が慎司のどこにも触れないまま痛みによって引き攣って、虚空をかく。
こうなってしまった今、慎司とずっと一緒に居られるということだけが、私にとっての唯一無二の救いだった。
「起きた?」
「起きたねえ、起きちゃったね」
「起きなくても、良かったのにねえ」
あーあ、と落胆したような子どもの声にハッとして上を見ると、そこにはあの双子が立っていて、私を正しく見下ろしていた。
「慎司は? 慎司はどこ?」
私が何よりも先にそう尋ねると、しんじ? と二人は不思議そうな顔をして、それから、そういえばと言いたげに同時に頷いた。
「ああ、慎司ならあそこだよ」
二人が指差した方に目を向ける。慎司は向こう側に顔を向けていたけど、それでも間違いなく慎司だった。
本当は今すぐに駆け寄りたいのに、体がなかなか動かない。どうしてだろう。
必死に身動きをしている私のことなど気にも留めず、二人はきゃらきゃらと楽しんそうに話をしている。
「私たちの子ども、食通さんだから、私たちと同じ食料しか食べたくないんだって」
「そう、僕たちと同じ二人がいいんだって」
「一緒に生まれて、ずっと愛し合ってる二人がいいんだって」
二人の声に何か違和感を覚えた。慎司の顔は横顔だけなら見える。私と同じ顔をした、髪型以外は全て同じ、横顔が確かに見える。
それは確かに慎司なのに、どうしてだろう、途方も無い違和感がある。慎司、慎司、私はここにいるのに、どうしてこちらを見ないの。靄のかかった頭で私は懸命にもがく。
「困っちゃったよね、なかなか会えないから」
「愛の力だねえ、慎司は妹のこと、守りたかったんだねえ」
「わかるよ、でも、だめだよねえ。赤ちゃんはいっぱい食べなきゃいけないんだから」
ねえ、と二人が声を張り上げた途端、慎司の体が不気味にごろりと動いた。
慎司の顔が見える。私と同じ顔が。でもそこに、顔はなかった。顔の半分が獣に食い千切られたかのように、そこには空しかなかった。
私の双子の片割れで、兄で、唯一無二の恋人は、無惨に左半身が全てもぎ取られたようにしてそこにあった。
「あ、いや、いやああああああ」
私の口から耐え切れないように悲鳴が溢れた。それでも頭は妙に冴えていて、泣くこともできなくて、ただただ叫んでいた。
冴えた頭が私の身体がどうして動かないのかという答えを導き出す。足が誰かに掴まれているからだ。
恐る恐る下を見ると、そこには何かがいた。
何か、としか言いようのない、けれどそれがあの子と呼ばれる子どもであることだけは本能で分かった。
紅い肉のようなものが剥き出しになり、顔も体も何もかも分からないほどにぐちゃぐちゃで、手の残骸らしきものが考えられないほど凄まじい力で私の足を抑え込んでいる。
「いっぱい、お食べ」
「ちゃんと食べられてね、そしたら」
「ずうっと、一緒だよ」
双子の楽しげな声が響く。子どもをあやしているものに近く、けれどそんな二人も変わらず子どもで、子どもしか持てない残酷な無邪気さが虚空に響いていた。
足に篭った鋭い痛さに口は悲痛の叫びを上げるけど、どこか他人事で私は慎司だけを見つめていた。少しでも慎司の側にいたくて、慎司、慎司と呼びかけた。
こんなになってまで私を守ろうとしてくれた愛しい人に涙が浮かぶ。
慎司、慎司、ごめんね。来るなと言ったのに来てしまって。
でもね、こんなことになるって分かってても私は来てたと思うよ。だって慎司のいない世界なんてなんの意味もない。
私の伸ばした指が慎司のどこにも触れないまま痛みによって引き攣って、虚空をかく。
こうなってしまった今、慎司とずっと一緒に居られるということだけが、私にとっての唯一無二の救いだった。
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