9 / 12
8.楽しい夢の中
しおりを挟む
暗い部屋に二人の男女が身を寄せ合うようにして座り込んでいる。
二人は錆び付いた柵の向こうにいた。そこは座敷牢だった。お世辞にも衛生的とは言えないその空間に二人はいた。暗く寂しい場所なのに二人は笑っている。
「もうすぐだ」
「もうすぐたね」
くすくす、と薄暗い部屋に二人の笑い声が響く。
「あの子を大きくしてあげなくちゃ」
「子どもはいっぱい食べなきゃいけないからね」
「お腹が空くのは辛いもんね」
二人は互いの薄っぺらい腹を見つめ、それから男が女の腹を柔く何度か撫でた。
そして、まるでお互いを食い合うかのように唇を寄せ合った。
それは口づけなどと称するにはあまりに原始的で本能じみたやり取りだった。
ぐちゃぐちゃと似通った顔が混ざり合うように周りの空間がぐるぐると歪む。
白や黒が混沌と揺れ始めたところで、誰かが身動ぎしたような、不気味な音が響いた。
こちらに来るな、と言いたげなその音は数度響いた後に、力尽きたように消えた。
ふ、とまるで肩でも叩かれたかのように自然に目が覚めた。そこは私が降りる駅だった。
ふらふらと覚束ない足取りで電車を降り、改札を抜けて、道を歩き始めた。見覚えのある道。どちらへ向かえばいいのか怖いほどによくわかる。
人通りは少ないけれど、でも確かに数人は歩いている道をどんどん通り過ぎて、いつしか寂しい道になる。それでも私の足は止まらない。
草が生えた道に不意に掠れて読めない標識を通り過ぎると、もう誰も住んでいないであろう壊れかけた家が見えた。
その奥にもまばらに家が見える。ここだ。私が来るべきだったのはここだ。
そう誰に言われるでもなく分かった。私の慎司はここにいる。
早く、早く慎司の元へ行かないと。そう思って一歩足を踏み出した時、さあっと風が通り過ぎて、不意に背後からカサカサと風によるものではない物音がした。
慌てて振り返ると、そこには腰の曲がった小さな老人がいた。老人は皺の入った顔をくしゃくしゃに歪めて、大きく目を見開いていた。
「こんなところに、なんの用で……」
嗄れた声が私に向けられているのだと、一拍置いてようやく気づく。
ただ事ではない様子に私は少し躊躇ってから口を開く。
いつもの返答をしようとして、それならこんなところで何を繕う必要があるのかと正直に答えることにした。
「……恋人を、探しに来ました」
あなたは、と尋ねると墓参りだと短く答えられる。この人はどこから来たのだろう。
さっき幾つか新しそうな家も見かけたから、そちらから来たのかもしれない。
老人はとてもおかしなものでも見るかのように私を見つめていた。その手には何も握られていない。
そして悩んだ挙句仕方なくだとでもいうように、私がもう行ってもいいだろうかと思った時に、老人はもごもごと口を開いた。
「ずっと昔にこの村は壊れた」
自分は結婚してこの村を出たから詳しくは知らないのだけど、と前置きをしてからその人は語り始めた。
私にとってはさして興味のない話ではあったが、あしらって追いかけられたり心配されて警察なんて呼ばれるのは御免だったから、少しだけ聞いてあげることにした。
二人は錆び付いた柵の向こうにいた。そこは座敷牢だった。お世辞にも衛生的とは言えないその空間に二人はいた。暗く寂しい場所なのに二人は笑っている。
「もうすぐだ」
「もうすぐたね」
くすくす、と薄暗い部屋に二人の笑い声が響く。
「あの子を大きくしてあげなくちゃ」
「子どもはいっぱい食べなきゃいけないからね」
「お腹が空くのは辛いもんね」
二人は互いの薄っぺらい腹を見つめ、それから男が女の腹を柔く何度か撫でた。
そして、まるでお互いを食い合うかのように唇を寄せ合った。
それは口づけなどと称するにはあまりに原始的で本能じみたやり取りだった。
ぐちゃぐちゃと似通った顔が混ざり合うように周りの空間がぐるぐると歪む。
白や黒が混沌と揺れ始めたところで、誰かが身動ぎしたような、不気味な音が響いた。
こちらに来るな、と言いたげなその音は数度響いた後に、力尽きたように消えた。
ふ、とまるで肩でも叩かれたかのように自然に目が覚めた。そこは私が降りる駅だった。
ふらふらと覚束ない足取りで電車を降り、改札を抜けて、道を歩き始めた。見覚えのある道。どちらへ向かえばいいのか怖いほどによくわかる。
人通りは少ないけれど、でも確かに数人は歩いている道をどんどん通り過ぎて、いつしか寂しい道になる。それでも私の足は止まらない。
草が生えた道に不意に掠れて読めない標識を通り過ぎると、もう誰も住んでいないであろう壊れかけた家が見えた。
その奥にもまばらに家が見える。ここだ。私が来るべきだったのはここだ。
そう誰に言われるでもなく分かった。私の慎司はここにいる。
早く、早く慎司の元へ行かないと。そう思って一歩足を踏み出した時、さあっと風が通り過ぎて、不意に背後からカサカサと風によるものではない物音がした。
慌てて振り返ると、そこには腰の曲がった小さな老人がいた。老人は皺の入った顔をくしゃくしゃに歪めて、大きく目を見開いていた。
「こんなところに、なんの用で……」
嗄れた声が私に向けられているのだと、一拍置いてようやく気づく。
ただ事ではない様子に私は少し躊躇ってから口を開く。
いつもの返答をしようとして、それならこんなところで何を繕う必要があるのかと正直に答えることにした。
「……恋人を、探しに来ました」
あなたは、と尋ねると墓参りだと短く答えられる。この人はどこから来たのだろう。
さっき幾つか新しそうな家も見かけたから、そちらから来たのかもしれない。
老人はとてもおかしなものでも見るかのように私を見つめていた。その手には何も握られていない。
そして悩んだ挙句仕方なくだとでもいうように、私がもう行ってもいいだろうかと思った時に、老人はもごもごと口を開いた。
「ずっと昔にこの村は壊れた」
自分は結婚してこの村を出たから詳しくは知らないのだけど、と前置きをしてからその人は語り始めた。
私にとってはさして興味のない話ではあったが、あしらって追いかけられたり心配されて警察なんて呼ばれるのは御免だったから、少しだけ聞いてあげることにした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》
【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】
廃村双影
藤雅
ホラー
【あらすじ】
かつて栄えた山間の村「双影村(そうえいむら)」は、ある日を境に忽然と地図から消えた。
「影がふたつ映る村」として伝説化していたこの地には、村人の誰一人として生還できなかったという恐ろしい記録が残る。
現在、都市伝説ライターの片桐周(かたぎり あまね)は、ある読者からの匿名の情報提供を受け、「双影村」の謎を調査することになる。心霊スポットとしてネット上で囁かれるこの村は、政府の機密指定区域にもなっており、公式には「存在しない村」だという。しかし、片桐は仲間たちとともにその禁断の地へと足を踏み入れてしまう。
そこには、「自分の影が増えると死ぬ」という奇妙な現象が存在し、次第に仲間たちが恐怖に飲み込まれていく。
50話に渡るこの物語は、失われた村の秘密、影の呪いの正体、そして片桐自身が背負った宿命を解き明かす壮絶なジャパニーズホラーサスペンスである。

不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
ゾンビばばぁとその息子
歌あそべ
ホラー
呼吸困難で倒れ今日明日の命と言われたのに、恐るべき生命力で回復したばあさんと同居することになった息子夫婦。
生まれてこのかたこの母親の世話になった記憶がない息子と鬼母の物語。
鬼母はゾンビだったのか?

子籠もり
柚木崎 史乃
ホラー
長い間疎遠になっていた田舎の祖母から、突然連絡があった。
なんでも、祖父が亡くなったらしい。
私は、自分の故郷が嫌いだった。というのも、そこでは未だに「身籠った村の女を出産が終わるまでの間、神社に軟禁しておく」という奇妙な風習が残っているからだ。
おじいちゃん子だった私は、葬儀に参列するために仕方なく帰省した。
けれど、久々に会った祖母や従兄はどうも様子がおかしい。
奇妙な風習に囚われた村で、私が見たものは──。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる