君は唯一無二の愛しい子

蒼キるり

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8.楽しい夢の中

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 暗い部屋に二人の男女が身を寄せ合うようにして座り込んでいる。
 二人は錆び付いた柵の向こうにいた。そこは座敷牢だった。お世辞にも衛生的とは言えないその空間に二人はいた。暗く寂しい場所なのに二人は笑っている。


「もうすぐだ」

「もうすぐたね」


 くすくす、と薄暗い部屋に二人の笑い声が響く。


「あの子を大きくしてあげなくちゃ」

「子どもはいっぱい食べなきゃいけないからね」

「お腹が空くのは辛いもんね」


 二人は互いの薄っぺらい腹を見つめ、それから男が女の腹を柔く何度か撫でた。
 そして、まるでお互いを食い合うかのように唇を寄せ合った。
 それは口づけなどと称するにはあまりに原始的で本能じみたやり取りだった。
 ぐちゃぐちゃと似通った顔が混ざり合うように周りの空間がぐるぐると歪む。
 白や黒が混沌と揺れ始めたところで、誰かが身動ぎしたような、不気味な音が響いた。
 こちらに来るな、と言いたげなその音は数度響いた後に、力尽きたように消えた。



 ふ、とまるで肩でも叩かれたかのように自然に目が覚めた。そこは私が降りる駅だった。
 ふらふらと覚束ない足取りで電車を降り、改札を抜けて、道を歩き始めた。見覚えのある道。どちらへ向かえばいいのか怖いほどによくわかる。
 人通りは少ないけれど、でも確かに数人は歩いている道をどんどん通り過ぎて、いつしか寂しい道になる。それでも私の足は止まらない。

 草が生えた道に不意に掠れて読めない標識を通り過ぎると、もう誰も住んでいないであろう壊れかけた家が見えた。
 その奥にもまばらに家が見える。ここだ。私が来るべきだったのはここだ。
 そう誰に言われるでもなく分かった。私の慎司はここにいる。

 早く、早く慎司の元へ行かないと。そう思って一歩足を踏み出した時、さあっと風が通り過ぎて、不意に背後からカサカサと風によるものではない物音がした。
 慌てて振り返ると、そこには腰の曲がった小さな老人がいた。老人は皺の入った顔をくしゃくしゃに歪めて、大きく目を見開いていた。


「こんなところに、なんの用で……」


 嗄れた声が私に向けられているのだと、一拍置いてようやく気づく。
 ただ事ではない様子に私は少し躊躇ってから口を開く。
 いつもの返答をしようとして、それならこんなところで何を繕う必要があるのかと正直に答えることにした。


「……恋人を、探しに来ました」


 あなたは、と尋ねると墓参りだと短く答えられる。この人はどこから来たのだろう。
 さっき幾つか新しそうな家も見かけたから、そちらから来たのかもしれない。
 老人はとてもおかしなものでも見るかのように私を見つめていた。その手には何も握られていない。
 そして悩んだ挙句仕方なくだとでもいうように、私がもう行ってもいいだろうかと思った時に、老人はもごもごと口を開いた。


「ずっと昔にこの村は壊れた」


 自分は結婚してこの村を出たから詳しくは知らないのだけど、と前置きをしてからその人は語り始めた。
 私にとってはさして興味のない話ではあったが、あしらって追いかけられたり心配されて警察なんて呼ばれるのは御免だったから、少しだけ聞いてあげることにした。
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