蝶の羽ばたき

蒼キるり

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十六話

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 二十五の時だった。
 話があると前置きして二人の家で二人と向き合った。
 なんの話をするのかと二人もいつもより真剣な顔をしていたように思う。
 緊張していてよく覚えていないけど。


「あのさ、一応聞いておくけど良い話? 悪い話? 俺たちどういう心算で聞けばいい?」

「えー、良いとも悪いとも……別に悪い話ではないと思う。とりあえず、提案話だから」


 ふーん、と微妙に納得していない表情で誠が頷く。
 ちなみにこの時の誠と家族のいざこざは、一歩進んでは二歩下がるという絶望的な繰り返しだと聞いていた。


「美羽が改まってって珍しいね」


 気負いのない冬真の言葉に背中を押され、私は話し始めた。


「まあ二人とも知ってると思うけどさ、私は今まで生きてきて好きになった人もいないし、この歳になるとこれから好きになることも多分ないだろうなぁって思ってる。これ前提ね。だから結婚とか考えなかったし、子どもを産むってこともないと思って生きてきたの」


 いきなりなんの話かと思われているに違いない。
 でも二人は黙って聞いてくれている。
 それがとてもありがたかった。


「そもそも子どもがめちゃくちゃ好きってわけでもないし。でも人生の経験として子どもを産むことにマイナスなイメージがあるわけじゃないし、考えたらそれもいいなってちょっと思ったの。ごく最近だけど」


 一息に告げて言葉を止めた。
 大きく息を吸って、それでもこの先をいうのをほんの少し躊躇った。


「つまりどういうことだ?」


 今度は誠の言葉に背中を押された。
 責められてるようにも問い詰められているようにも思わなかった。
 ただ私の言葉を聞いていた。


「私が二人の子どもを産むって、どう思う?」


 疑問系になってしまったのは、私の不安の表れだと許してもらいたいところだ。
 断言してしまうほどの勇気は出なかったのだから。
 でも短くはない時間で考えて考えて出した結論だった。



「……美羽、それって俺が」

「ああ、確かに冬真の言葉がきっかけだったけど、それはあくまで考えるきっかけだから。別に無理して言ってるわけでもなんでもないよ。ただそれが一番いいんじゃないかなって思っただけ」


 冬真の言いたいことはなんとなく察したから、慌てて付け足した。


「馬鹿なことって言われるかもしれないけど、私は二人との目に見える繋がりが欲しいの」


 私が一人放って置かれたと思ったことなんてないし、二人の世界に入れないとかそんなことを言うつもりもない。
 それでも私は繋がりが欲しかった。
 ずるいと言われようと卑怯と言われようと、それが私の出した答えだった。
 二人と一緒に眠ったあの日から、ずっと考え続けていた答えをやっと出せた。


「……どうやって、とか考えてるのか?」

「一応、なんとなくは。人工授精がいいんじゃないかなって」


 というかそれ以外となると一気に飛び越えて体外受精という選択になってしまう。
 まずは医学的な手を借りない選択肢は元から無視している。
 そういう関係になりたいわけではないので、タイミング法とかは全面的にノーと言っておきたい。


「結婚してなくてもできるのか?」

「病院による。でも出来るとこもあるし、探せば幾つかあったよ。まあその前に私が妊娠できる体かどうか調べないといけないし、すぐにすぐの話じゃないよ。もっと考えないといけないだろうし、そもそもちょっと調べたらものすごくお金かかるし」


 目玉が飛び出る値段だった。
 いや世間ではそれが常識的なことになってるのかもしれないけど、そういった方面に一切目を向けていなかった私としては驚きの一言だった。
 少子化対策とか言ってるなら全部負担してやれよ、と思ってしまった。
 助成金などはあるらしいけど、この辺りの地域だと夫婦にしか適用されない。
 世知辛い世の中だ。



「あくまで提案だからね。二人が少しでも乗り気じゃないなら無理にすることなんて全然ないし、これからも三人で仲良くしていくのが第一だから」


 この発言が発端で喧嘩とか気まずくなったりとかそれこそ後悔するのでそういうのは無しでお願いしたい。


「……美羽がいろいろ考えてくれたこと、すごく嬉しい。美羽の言葉で一瞬、ああそういう未来もあるんだなぁって見えた気がした」


 冬真が柔らかく笑った。でもそれは一瞬のものでもすぐに陰ってしまった。


「でも、それっていいのかな。だって生まれた子どもは絶対的に他の子とは違う環境だよね。それってその子にとって幸せとは言えないかもしれない。それでも俺たちの勝手でその子を生むのは間違ってないのかな」

「……あくまで私の考えだけどさ、間違ってるか間違ってないかなんて、私たちには分からないと思う。そもそも産むって言ってもさ、子どもが生んでくれって言うわけじゃないよね。私たちが勝手に決めることだし。でも、それはどんな子どもでも同じこと」


 冬真のきょとんと丸く開かれた目が私を見つめる。


「子どもは大人のエゴから生まれてくるんじゃないかな。だってこの世界は完璧でもなんでもないし、嫌なことがいっぱいあるのを知ってる。それでもこの世界に産み落とそうとするって、もうエゴ以外の何物でもないよ。でもそれはみんな同じこと。みんなエゴから生まれてるの。私も冬真も誠も」


 誠が私の言いたいことを察してか、口元で小さな笑みを浮かべた。


「全ての子どもがエゴで生まれるなら、二人の子どもだってなんにも変わらないよ。大人のエゴで生まれるの。だから精一杯その子が幸せになれるように育てるしか私たちにできることってないと思う」

「概ね同意だけどさ、一つだけ違うところがないか?」


 誠がすぐさまそう言って、にやりと笑った。
 冬真は不思議そうな顔をしていたけど、どうしてだろう。
 私は誠が何を言いたいか分かっていた気がする。


「だってそれってもう、俺と冬真の二人だけの子どもじゃないだろ。俺たち三人の子だろ」


 その言葉がどんなに嬉しかったかを、誠に伝えられることはもうない。
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