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十五話
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人の家というのはこんなに慣れないものだったのか、と冬真の家に来て最初に思ったのはそんなことだった。
冬真と誠の家は自分が借りていた部屋よりよっぽど居心地がいいから、そんなことも忘れてしまっていた。
「本当に貴方たちが結婚してくれてよかったわ」
顔立ちが冬真とよく似た顔立ちをした冬真の母親がさっきからひたすら話し続けている。
隣に座る冬真の父親はあまり喋らない。少し私の父親に似ている。
「もう本当に嬉しくって」
ありがとう、なんて言われる。
どうして私はこの人にお礼を言われなければいけないのだろう。
嫌味ではなく純粋にそう思った。
「今だから言えるんだけどね、私もお父さんも冬真は男が好きなんじゃないか、なんて疑ってたのよ。笑っちゃうでしょ」
ぴくりと私の隣に座る冬真の肩が跳ねた。
私は驚きすぎて一周回って冷静になってしまった。
どうして笑っているのだろう、この人は。どれだけ無神経なのだろう。少しも笑えない。
目の前にいるのに、手を伸ばせば触れられるほど近くにいるのに、まるで生きてる世界が違うみたいに遠い。
どれだけ傷つければ気がすむのだろう。
冬真は一人息子だからとても大切だと先ほど私に告げた同じ口で、どれだけ酷い言葉を放っているかなんてこの人はきっと一生気づかないのだろう。
机の下で冬真の手を握った。冬真は少しも狼狽えずに握り返してくれた。
「そうね、ええ。誠くんのことは残念だったわ。でも貴方たちが仲良くしてることがきっとあの子の供養にもなると思うの」
私たちの暗い様子にやっと気が付いたのか、取り繕うようなことを言ってくる。
ああ、知っていたのか、と思う。
この狭い地域なら流石に知っているか。
一緒に暮らしていることも一応は知っているだろうし。
それでもそれがどれだけ私たちの心を締め上げる言葉なのかは想像すらしていないのだろう。
そんな風なことを思えるほど私たちは大人ではない。
親友がいなくなったことを、残念だった、なんて一言で片付けることが大人なら私は大人になんてなりたくない。
「誠は関係ないよ」
冬真がひどく淡々とした口調で告げた。
冬真の母親の微笑みが引きつる。
私たちの結婚と誠は関係ないのだ。
だって誠の意見なんて聞いていないのだから。
もう二度と聞けないのだから。
誠がいなくなったから、私たちは二人で生きる道を選んだのだから。
冬真と誠の家は自分が借りていた部屋よりよっぽど居心地がいいから、そんなことも忘れてしまっていた。
「本当に貴方たちが結婚してくれてよかったわ」
顔立ちが冬真とよく似た顔立ちをした冬真の母親がさっきからひたすら話し続けている。
隣に座る冬真の父親はあまり喋らない。少し私の父親に似ている。
「もう本当に嬉しくって」
ありがとう、なんて言われる。
どうして私はこの人にお礼を言われなければいけないのだろう。
嫌味ではなく純粋にそう思った。
「今だから言えるんだけどね、私もお父さんも冬真は男が好きなんじゃないか、なんて疑ってたのよ。笑っちゃうでしょ」
ぴくりと私の隣に座る冬真の肩が跳ねた。
私は驚きすぎて一周回って冷静になってしまった。
どうして笑っているのだろう、この人は。どれだけ無神経なのだろう。少しも笑えない。
目の前にいるのに、手を伸ばせば触れられるほど近くにいるのに、まるで生きてる世界が違うみたいに遠い。
どれだけ傷つければ気がすむのだろう。
冬真は一人息子だからとても大切だと先ほど私に告げた同じ口で、どれだけ酷い言葉を放っているかなんてこの人はきっと一生気づかないのだろう。
机の下で冬真の手を握った。冬真は少しも狼狽えずに握り返してくれた。
「そうね、ええ。誠くんのことは残念だったわ。でも貴方たちが仲良くしてることがきっとあの子の供養にもなると思うの」
私たちの暗い様子にやっと気が付いたのか、取り繕うようなことを言ってくる。
ああ、知っていたのか、と思う。
この狭い地域なら流石に知っているか。
一緒に暮らしていることも一応は知っているだろうし。
それでもそれがどれだけ私たちの心を締め上げる言葉なのかは想像すらしていないのだろう。
そんな風なことを思えるほど私たちは大人ではない。
親友がいなくなったことを、残念だった、なんて一言で片付けることが大人なら私は大人になんてなりたくない。
「誠は関係ないよ」
冬真がひどく淡々とした口調で告げた。
冬真の母親の微笑みが引きつる。
私たちの結婚と誠は関係ないのだ。
だって誠の意見なんて聞いていないのだから。
もう二度と聞けないのだから。
誠がいなくなったから、私たちは二人で生きる道を選んだのだから。
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