蝶の羽ばたき

蒼キるり

文字の大きさ
上 下
15 / 19

十五話

しおりを挟む
 人の家というのはこんなに慣れないものだったのか、と冬真の家に来て最初に思ったのはそんなことだった。
 冬真と誠の家は自分が借りていた部屋よりよっぽど居心地がいいから、そんなことも忘れてしまっていた。


「本当に貴方たちが結婚してくれてよかったわ」


 顔立ちが冬真とよく似た顔立ちをした冬真の母親がさっきからひたすら話し続けている。
 隣に座る冬真の父親はあまり喋らない。少し私の父親に似ている。


「もう本当に嬉しくって」


 ありがとう、なんて言われる。
 どうして私はこの人にお礼を言われなければいけないのだろう。
 嫌味ではなく純粋にそう思った。


「今だから言えるんだけどね、私もお父さんも冬真は男が好きなんじゃないか、なんて疑ってたのよ。笑っちゃうでしょ」


 ぴくりと私の隣に座る冬真の肩が跳ねた。
 私は驚きすぎて一周回って冷静になってしまった。
 どうして笑っているのだろう、この人は。どれだけ無神経なのだろう。少しも笑えない。

 目の前にいるのに、手を伸ばせば触れられるほど近くにいるのに、まるで生きてる世界が違うみたいに遠い。
 どれだけ傷つければ気がすむのだろう。
 冬真は一人息子だからとても大切だと先ほど私に告げた同じ口で、どれだけ酷い言葉を放っているかなんてこの人はきっと一生気づかないのだろう。
 机の下で冬真の手を握った。冬真は少しも狼狽えずに握り返してくれた。


「そうね、ええ。誠くんのことは残念だったわ。でも貴方たちが仲良くしてることがきっとあの子の供養にもなると思うの」


 私たちの暗い様子にやっと気が付いたのか、取り繕うようなことを言ってくる。
 ああ、知っていたのか、と思う。
 この狭い地域なら流石に知っているか。
 一緒に暮らしていることも一応は知っているだろうし。

 それでもそれがどれだけ私たちの心を締め上げる言葉なのかは想像すらしていないのだろう。
 そんな風なことを思えるほど私たちは大人ではない。
 親友がいなくなったことを、残念だった、なんて一言で片付けることが大人なら私は大人になんてなりたくない。


「誠は関係ないよ」


 冬真がひどく淡々とした口調で告げた。
 冬真の母親の微笑みが引きつる。
 私たちの結婚と誠は関係ないのだ。
 だって誠の意見なんて聞いていないのだから。
 もう二度と聞けないのだから。
 誠がいなくなったから、私たちは二人で生きる道を選んだのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛しくて悲しい僕ら

寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。 それは、どこかで聞いたことのある歌だった。 まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。 彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。 それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。 その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。 後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。 しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。 やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。 ※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。 ※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

お嬢様と魔法少女と執事

星分芋
青春
 魔法少女の嶺歌(れか)はある日をきっかけに不思議なお嬢様ーー形南(あれな)とその執事の兜悟朗(とうごろう)二人と関わりを持ち始める。  引き合わせ、友好関係の築きあげ、形南の隠された過去と様々な事態を経験していき少しずつ形南との友情が深まっていく中で嶺歌は次第に兜悟朗に惹かれていく。  年の離れた優秀な紳士、兜悟朗との恋は叶うのか。三人を中心に描いた青春ラブストーリー。 ※他の複数サイトでも投稿しています。 ※6月17日に表紙を変更しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

cherry 〜桜〜

花栗綾乃
ライト文芸
学校の片隅に植えられていた、枝垂れ桜。 その樹に居座っていたのは、同じ年齢に見える少女だった。 「つきましては、一つ、お頼みしたいことがあるのです。よろしいですか」

【完結】匿名希望

NANA
ライト文芸
文通相手は誰でしょう? あなたに届く手紙は温かいものですか?

坂の上の本屋

ihcikuYoK
ライト文芸
カクヨムのお題企画参加用に書いたものです。 短話連作ぽくなったのでまとめました。 ♯KAC20231 タグ、お題「本屋」  坂の上の本屋には父がいる ⇒ 本屋になった父親と娘の話です。 ♯KAC20232 タグ、お題「ぬいぐるみ」  坂の上の本屋にはバイトがいる ⇒ 本屋のバイトが知人親子とクリスマスに関わる話です。 ♯KAC20233 タグ、お題「ぐちゃぐちゃ」  坂の上の本屋には常連客がいる ⇒ 本屋の常連客が、クラスメイトとその友人たちと本屋に行く話です。 ♯KAC20234 タグ、お題「深夜の散歩で起きた出来事」  坂の上の本屋のバイトには友人がいる ⇒ 本屋のバイトとその友人が、サークル仲間とブラブラする話です。 ♯KAC20235 タグ、お題「筋肉」  坂の上の本屋の常連客には友人がいる ⇒ 本屋の常連客とその友人があれこれ話している話です。 ♯KAC20236 タグ、お題「アンラッキー7」  坂の上の本屋の娘は三軒隣にいる ⇒ 本屋の娘とその家族の話です。 ♯KAC20237 タグ、お題「いいわけ」  坂の上の本屋の元妻は三軒隣にいる ⇒ 本屋の主人と元妻の話です。

処理中です...