蝶の羽ばたき

蒼キるり

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十四話

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 いつからか週末は二人の家に泊まり込むようになっていた。
 うちに呼んでもいいのだけど、一人暮らしだから少々手狭になってしまう。
 こういう時は近くに住んでいてよかったなぁ、とつくづくこちらの事情に合わせてくれた二人に感謝する。


「誠は何時に帰って来るんだっけ」


 夜ご飯を一緒に食べるために家を訪れたものの、誠はまだ帰っていなかった。
 そういえば最近仕事が忙しいと言っていた。
 私の職場は基本的に残業がない仕事なので大変だなぁと思う。


「さあ、何時って言ってたかな」

「……コミュニケーション不足ですか?」

「別に話すことだけがコミュニケーションじゃないと思うけどね」


 いや、まあそれはそうですけど。ニュアンスを察してほしいところではある。
 待ってなくていいと言われているので、私と冬真は先に食べ始めた。
 麦茶を注いだグラスを重ねて乾杯する。
 二人でいる時は誠がいる時よりも少しだけゆっくりと会話が進む気がする。

 途中で誠が帰って来ればいいのにと思っているから、ちびちびと食事を進める。
 きっと冬真も同じだろう。箸があまり進んでいない。
 冬真の表情がほんの少しだけいつもより暗いように見えた。


「なんか、あったの?」

「え、なんで?」

「いや、なんとなく。そんな気がしただけ」


 勘違いならいいと言ったのに、やっぱり何かあるのだろう。
 冬真がへらりと笑って、んーと小さく声を出しながら首をひねった。


「いや、うん。なんて言えばいいかな」

「大まかに言うと?」

「うーん、誠とのことなんだけど」


 喧嘩? と尋ねてみたものの首を振られてしまった。
 二人とも些細なことならば怒りはすぐ引くタイプなので、二人は滅多に喧嘩しない。


「なんかね、誠の家族が俺たちのこと勘付いてるらしくて、やたら家に帰って来させようとしたり、見合いらしきものを勧めてきたりするんだって」

「それは、またなんとも……誠はなんて?」

「いまどきなに言ってんだ、うちの親は」


 言いそうだ。ついでにちょっと笑ってそうだ。
 そういえば、前に電話はしてるけどあんまり帰ってないと言っていたけど、気持ちはわかる。
 私だってその状況で帰りたくない。


「まだうちに突撃訪問とかはされてないんだけど」

「それはめちゃくちゃ気まずい」

「うん、俺が一人の時だったら窓からでも飛び出してやろうと思ってる」


 その時はうちに逃げておいで、と言っておいた。
 ありがと、と冬真がくしゃりと笑う。


「まあ、それはね、あんまり気にしないってか気にしないようにしてる。でも、なんかさぁ」


 冬真が困ったように笑って、箸をちょいちょいと動かす。
 冬真の好きなおかずをちょっとだけ分けてあげた。


「誠、子ども好きじゃん」

「あー、うん。ちょっと意外だよね。あんまり好きじゃなさそうに見える」

「うん、俺も最初びっくりした。でも好きじゃん」


 いつも仏頂面のくせに、子どもを見ると誠自身が子どもに返ったように笑うのだ。
 妹と弟がいると聞いているし、誠の妹とは中学が一年被ったこともあるから見たこともある。
 下にいるのが理由なのか、はたまた関係ないのかは姉しかいない私には分からないのだけど、誠は子どもが好きだ。
 迷子らしき子どもを見たら真っ先に話しかけに行く程度には。



「でも子どもとか、そういうの、俺といる限り一生無理なのかぁとか思うと、まあなんかちょっと考えるところがないわけではないっていうか」

「……それで別れようとか言ったら、誠めちゃくちゃ怒ると思うけど」

「いや、言わないけど」


 本当だろうか。こっちにまでとばっちりが来そうだから無駄な争いは控えてほしい。


「養子は難しいのかな、日本だと。あー、でもそうか、出来ないこともないんだろうけどな。んー、いっそ外国に行く?」

「えー、それ美羽付いてきてくれるの?」

「そりゃ、まあ考えますけど。英語圏がいいなぁ」


 英語も得意というほどじゃないけど、少しでもわかる言語と全く未知の言語では安心感がまるで違うと思う。


「でも俺、和食好きだし」

「うーん、それ大事?」

「食べるものは大事だよ。ていうか、別にこの国が嫌いとかそんなんじゃないし、すっごい好きってわけでもないけど、でもこれから先もここで暮らしていきたいし……全部欲しいって欲張りなのかなぁ」


 欲張りじゃない。と断言したかった。なんにも間違ってないよ、と言ってあげたかった。
 でも、望めば手に入るのかと言われればそれはやっぱり難しくて、そんな大それた願いを持っているわけではないのに、望むことすら許されないのってどうしてだろう。

 私だったら自分の親より二人みたいな人に育ててもらう方が嬉しいと思うのだけど。
 親は子どもを選べないなんて言うけど、子どもだって選べないのだ。
 もっと言うなら生まれてくるかこないかの選択肢だって持っていないというのに。
 それを大人が勝手に判断してしまうのってなんなのだろう。


「ただいま」


 私が悶々と考え込んでいる間に玄関から聞き慣れた声が聞こえた。
 考えるのは後にして、私は冬真と一緒におかえりと声を合わせた。
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