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八話
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その日は高校の創立記念日で私たちは休みだった。
どこかへ遊びに行くのもなんとなく億劫で、その日私以外の誰も人がいない私の家に二人は来ていた。
うちに呼んだのはさすがに初めてだった。
母がいる時に呼べば、彼氏か何かだと騒ぐに決まっているからだ。
私たちは同じ高校に入学して、中学の頃とあまり変化のない生活を続けていた。
むしろみんな他人にあまり興味がなくなるのか、私たちの関係について口を挟む人が少なくなって楽になったくらいだった。
世界が平和に近づいたと私はひどく満足していた。
「なんか飲み物持ってくるね」
一緒にいるといっても特に何かするわけではなくて、時折思い出したように会話をしたりちょっとゲームをしてみたり、そんな感じの緩い空間なのだけど、それがとても楽しい。
一言告げてから部屋を出た。
ついでに二人の分も持って来てやろうかと思いつつ、菓子くらいは出してもいいかもしれないとふと気づいた。
一応お客なわけだし、それくらいしてもバチは当たらないだろう。
何がいいか尋ねるために今出たばかりの部屋のドアを何の迷いもなく開けた。
そこに広がっていた光景は意外なものだった。
先ほどまで床に寝転がって漫画を読んでいた誠が体を起こし、ベッドを背もたれに携帯を触っていた冬真に顔を寄せていた。
あとほんの数センチで触れ合いそうだとやけに冷静に推測してしまった。
ドアを開ける音のせいで私が帰ってきたことには二人はすぐに気づいたようで、固まったままこちらを凝視していた。
大きく開かれた目が零れ落ちそうだなんて馬鹿なことを考える。
「えっと、私は廊下に出てた方がいい?」
我ながらこの質問はどうかと思った。
でも驚いたゆえの突拍子のない言葉だったので許してほしい。
誠は躊躇いなく吹き出して、なんだよそれと笑っていたのでなんとなく部屋に入ることにした。
二人の体はもういつもと同じ距離に離れていた。冬真も笑っている。
むしろいつもと同じ状態なのが不思議なくらいなのに、私も驚くほど落ち着いていた。
「……付き合ってるの?」
別に付き合ってないならしてはいけないとか、そんなことを言うつもりではないのだけど。
真っ先に思い浮かんだ質問はそれだった。
「たぶん」
冬真がへらりと笑う。
なんだその頼りない答えは、と私は眉を寄せた。
冬真の笑い方が少し寂しげに見えたからかもしれない。
「多分てなに、多分て。誠、どういうこと」
「いや、付き合ってるって。ちゃんと。なに言ってんだ、冬真」
誠の言葉を聞いて、一瞬きょとんとした冬真は掴み所のない顔でけらけらと笑いだした。
誠も私もそんな冬真には慣れっこだから、一つため息を吐いただけで特には気にしない。
「なんで黙ってたの?」
「んー、冬真が美羽に話すのはちょっと考えさせてって言うから」
誠も誠でなんとも頼りない答えだ。
むしろ言われたら従うのか。
いや誠の場合、だって聞かれなかったからとか平然と言いそうなので、私に言おうという発想があったことを褒めるべきだろうか。
「そんなことでさ、私がどうこう言うとでも思ってたわけ?」
「ううん。美羽はなんにも言わないだろうとは思ってたんだけどさ、いつまで続くかもわかんないし。すぐに別れたらわりとそっちの方が気まずいかなって」
「いや、なんだよそれ、別れねーぞ」
意外に誠が似合わない誠実な答え方をするので、私はつい笑ってしまった。
普段は先のことなんてわからないってスタンスのくせに。
「いつから?」
私が顔を引き締めて真面目な表情を意識して尋ねてみた。
「えっと、中学卒業前くらい?」
「結構前じゃん」
冬真がなんでもないように言うから、いま何月か知ってるのかとカレンダーを突きつけたい衝動に駆られた。
「確か美羽が先生に呼び出されてたまたま二人だった時に、冬真から言われたんだよ。俺さぁ、だいたい告白される時って相手のことよく知らないから断ってただろ? でも冬真なら知ってるし断る理由ないし、むしろ告白されて嬉しいくらいだったから、もしかして俺も好きなのかなぁと思って付き合うことにした」
話すことにしてしまえば躊躇う必要がないのか、誠がぺらぺらと話してくる。
冬真が居心地悪そうに誠からじりじりと離れていった。
まあ、気持ちはわかる。誠はデリカシーというやつがない。
「……言ってよ、そういうことはさぁ。嫌ならまあ、無理強いはしないけど」
飲み物をやっぱり持って来れば良かったなぁと今更ながら思う。
やけに喉が渇いていた。
なんて答えるんだろう、と何故かふいに心配になるのが不思議だった。
私を見つめる二人の目は驚くほど澄んでいた。
「本当はさ、俺らが付き合ってるって言ったら美羽がどう思うかなってちょっと怖かった。ごめん」
冬真の混じり気のない顔で謝られてしまうともう文句を言うこともできない。
怖がる気持ちも理解できる。
でも理解できることが嫌だった。
言うのを躊躇う理由を仕方ないと思ってしまう自分も嫌だ。
だって二人が二人であることに変わりなんてないのに。
「……私たちが親友だっていうことに変わりはないんじゃないの」
辛うじてそれだけ言うと、冬真も誠も顔を見合わせて当たり前だろと言ってくれた。
それがなにより嬉しかったから、二人が隠し事をしていたことは許してあげることにした。
でもやっぱりほんの少しむかつくから、お菓子を出すのはやめにした。
どこかへ遊びに行くのもなんとなく億劫で、その日私以外の誰も人がいない私の家に二人は来ていた。
うちに呼んだのはさすがに初めてだった。
母がいる時に呼べば、彼氏か何かだと騒ぐに決まっているからだ。
私たちは同じ高校に入学して、中学の頃とあまり変化のない生活を続けていた。
むしろみんな他人にあまり興味がなくなるのか、私たちの関係について口を挟む人が少なくなって楽になったくらいだった。
世界が平和に近づいたと私はひどく満足していた。
「なんか飲み物持ってくるね」
一緒にいるといっても特に何かするわけではなくて、時折思い出したように会話をしたりちょっとゲームをしてみたり、そんな感じの緩い空間なのだけど、それがとても楽しい。
一言告げてから部屋を出た。
ついでに二人の分も持って来てやろうかと思いつつ、菓子くらいは出してもいいかもしれないとふと気づいた。
一応お客なわけだし、それくらいしてもバチは当たらないだろう。
何がいいか尋ねるために今出たばかりの部屋のドアを何の迷いもなく開けた。
そこに広がっていた光景は意外なものだった。
先ほどまで床に寝転がって漫画を読んでいた誠が体を起こし、ベッドを背もたれに携帯を触っていた冬真に顔を寄せていた。
あとほんの数センチで触れ合いそうだとやけに冷静に推測してしまった。
ドアを開ける音のせいで私が帰ってきたことには二人はすぐに気づいたようで、固まったままこちらを凝視していた。
大きく開かれた目が零れ落ちそうだなんて馬鹿なことを考える。
「えっと、私は廊下に出てた方がいい?」
我ながらこの質問はどうかと思った。
でも驚いたゆえの突拍子のない言葉だったので許してほしい。
誠は躊躇いなく吹き出して、なんだよそれと笑っていたのでなんとなく部屋に入ることにした。
二人の体はもういつもと同じ距離に離れていた。冬真も笑っている。
むしろいつもと同じ状態なのが不思議なくらいなのに、私も驚くほど落ち着いていた。
「……付き合ってるの?」
別に付き合ってないならしてはいけないとか、そんなことを言うつもりではないのだけど。
真っ先に思い浮かんだ質問はそれだった。
「たぶん」
冬真がへらりと笑う。
なんだその頼りない答えは、と私は眉を寄せた。
冬真の笑い方が少し寂しげに見えたからかもしれない。
「多分てなに、多分て。誠、どういうこと」
「いや、付き合ってるって。ちゃんと。なに言ってんだ、冬真」
誠の言葉を聞いて、一瞬きょとんとした冬真は掴み所のない顔でけらけらと笑いだした。
誠も私もそんな冬真には慣れっこだから、一つため息を吐いただけで特には気にしない。
「なんで黙ってたの?」
「んー、冬真が美羽に話すのはちょっと考えさせてって言うから」
誠も誠でなんとも頼りない答えだ。
むしろ言われたら従うのか。
いや誠の場合、だって聞かれなかったからとか平然と言いそうなので、私に言おうという発想があったことを褒めるべきだろうか。
「そんなことでさ、私がどうこう言うとでも思ってたわけ?」
「ううん。美羽はなんにも言わないだろうとは思ってたんだけどさ、いつまで続くかもわかんないし。すぐに別れたらわりとそっちの方が気まずいかなって」
「いや、なんだよそれ、別れねーぞ」
意外に誠が似合わない誠実な答え方をするので、私はつい笑ってしまった。
普段は先のことなんてわからないってスタンスのくせに。
「いつから?」
私が顔を引き締めて真面目な表情を意識して尋ねてみた。
「えっと、中学卒業前くらい?」
「結構前じゃん」
冬真がなんでもないように言うから、いま何月か知ってるのかとカレンダーを突きつけたい衝動に駆られた。
「確か美羽が先生に呼び出されてたまたま二人だった時に、冬真から言われたんだよ。俺さぁ、だいたい告白される時って相手のことよく知らないから断ってただろ? でも冬真なら知ってるし断る理由ないし、むしろ告白されて嬉しいくらいだったから、もしかして俺も好きなのかなぁと思って付き合うことにした」
話すことにしてしまえば躊躇う必要がないのか、誠がぺらぺらと話してくる。
冬真が居心地悪そうに誠からじりじりと離れていった。
まあ、気持ちはわかる。誠はデリカシーというやつがない。
「……言ってよ、そういうことはさぁ。嫌ならまあ、無理強いはしないけど」
飲み物をやっぱり持って来れば良かったなぁと今更ながら思う。
やけに喉が渇いていた。
なんて答えるんだろう、と何故かふいに心配になるのが不思議だった。
私を見つめる二人の目は驚くほど澄んでいた。
「本当はさ、俺らが付き合ってるって言ったら美羽がどう思うかなってちょっと怖かった。ごめん」
冬真の混じり気のない顔で謝られてしまうともう文句を言うこともできない。
怖がる気持ちも理解できる。
でも理解できることが嫌だった。
言うのを躊躇う理由を仕方ないと思ってしまう自分も嫌だ。
だって二人が二人であることに変わりなんてないのに。
「……私たちが親友だっていうことに変わりはないんじゃないの」
辛うじてそれだけ言うと、冬真も誠も顔を見合わせて当たり前だろと言ってくれた。
それがなにより嬉しかったから、二人が隠し事をしていたことは許してあげることにした。
でもやっぱりほんの少しむかつくから、お菓子を出すのはやめにした。
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